bon_to4ga2
2026-07-15 21:05:36
8936文字
Public れめしし
 

最年少に学ぶ恋人の甘やかし方

れめしし+まふ
タイトル詐欺だけどタイトルの通り

※恋愛遍歴含む捏造有
※お互いのことがかなり好きな😈🦁

「あなた、叶には随分甘えるのだな」
「え゛……!?」

 村雨からそう指摘をされたのはある夜のことだった。
 比較的自由が利く職業の獅子神と違い村雨は多忙極めるお医者様である。仕事、ギャンブル、趣味の手術の合間を縫って仲間内の集まりに参加する男のなんと健気なことか。久しぶりに全員が揃った席で村雨は冒頭のように言い放った。
「そ……んなコトはねーよ!!」
 たぶん、きっと、恐らくは!
 口から突いて出た否定の声は思った以上に大きいものだった。
 獅子神の焦りとは反対に目の前の男の表情は意外にも平坦であった。人を揶揄している時の意地の悪さは伺えず、彼の目に映った客観的な事実を述べただけのように見える。
 そんな調子だったので共に卓を囲んでいた他の三人も冷やかしたりすることなく、話題は自然と別のものへと切り替わる。突然巻き込まれた叶は肯定も否定もせずニコリと笑むだけで普段のよく回る舌が嘘のようである。この場で慌てているのは獅子神のみでそれが少し恥ずかしかった。
 握り締めていた箸を持ち直しサラダへと伸ばす。レタスをちびりとつまみ飲み込むその間にも獅子神の脳内では村雨の発言が文字となり、大きく張り出されていて決して目を逸らすことができないでいる。一瞬で流れた話題とは言えど、村雨の指摘が獅子神にのみ向けられた点は見過ごせなかった。
 恋愛事に疎そうな村雨でさえ気付いてしまう程獅子神が明らさまだったことは、恥じらいや男のプライド云々があるものの事実として受け入れよう。問題なのは村雨視点では叶はそのようには見えなかったことで、そこで獅子神は己が叶に甘えてばかりで、恋人である彼を充分に甘やかしたり癒したりできていなかったことに気付いてしまったのだ。
 他人の目から見てどうかはこの際関係がない。獅子神から叶へのそういったアクションがこれまでに無かったことに想像以上の衝撃とダメージがあった。
 食事のリクエストに応えたり記念日以外でささやかな贈り物はしていたものの、いかにも形式的である。それは甘えには入らないだろうし、叶だって本当はそういう欲求があるかもしれないのに自分を優先して見てあげられていなかった。身勝手な恋人だと思われていても仕方がない。
 獅子神はこのままではいけないのだ!
 ミネラルウォーターを煽りモヤつく思考を押し流す。このまま察し悪く魅せられずお別れ、なんて事態だけはどうしても避けたかった。

■□

 獅子神にとって同性の恋人は叶がはじめてだ。年上と付き合った経験自体はあり二、三歳離れた相手であった。
 相手の女性が年上と言えどリードするのは決まって獅子神の方だった。それが男として当然だと思っていたし身を委ねるのが苦手な性分であったため不満に思ったことはない。経済的に余裕を持ち始めた頃でもあったので年齢というのは互いを構成する記号でしかなかった。
 未知の世界を知る時間は楽しい。獅子神が知らないことを語るその横顔は頼りがいのある大人のように目に映り、大層魅力的であった。
 しかしそれもベッドに上がり急所を晒し合えばたちまちに色褪せてしまう。しなやかな身体は柔らかくふかふかとして、抱き締めればすっぽりと収まってしまう程華奢。猫撫で声を上げて愛を請う様からは、昼間垣間見えた理知的な姿はどこにも見当たらない。
 それを見る時、獅子神は脆い存在である彼女を守ってやらねばという気分になる。真正面から抱き締めあった時や横並びで寛ぐ時、寄りかかる訳にはいかないと思う。獅子神は重いのだ。あの細い腕ではぽっきりと折れてしまうだろう。
 言葉選び、仕草、視線の運び方、完璧なエスコート。その一挙手一投足に喜ぶ彼女達の姿を見ると、己にいつしか虚しく開いていた穴がほんの少しの間埋まる感覚を覚えていた。
 望まれるものをそっくりそのまま差し出すのは、見限られない間違いのない愛情表現であった。しかし与え続けるのには限界がある。獅子神の隙を欲しがる女性はいなかったし、臆病者であったから自ら見せることもできずにいた。
 結局穴は塞がらないままフチから乾いてひび割れて、相手を満たして得られる達成感だけでは食いつなぐこともできずに限界に達しては破局を迎える。それを何度か経験してからは恋人を作るのをやめてしまった。
 これまでの彼女達が悪いのではなく、獅子神の心の方に問題があったのだ。これ以上巻き込む訳にはいかないだろう。
 ギャンブルを始めた理由の一つには穴の存在が大きい。

 叶も同性との交際は初めてなのだと言う。
 スタートを切った際に『友達の延長線上みたいなものだし、気楽に行こうよ』と言った叶の言葉の通りになった。彼に隠せるものは何一つなかったからだ。
 暴くところが見てみたいとそう願った通りに、本当は見てほしかった所も誰にも見せたくなかった所も、自分が知らなかった部分すらも見つけて取り出しずらりと並べて見せた。プライドなんてあったものじゃない。グズグズでボロボロで、それなのに見放すどころか『魅力的』だとほざく。
 酷い振る舞いなのにそれは結果的に獅子神を満たすことに繋がり、固く閉ざした口を開くと『よくできました』と言わんばかりにご褒美は必ずやってくる。それは癖になって当然で、二つ上の恋人から施される躾は恐ろしく心身に馴染んだ。
 何より触れ合った時のあの安心感と来たら!
 叶は身長の割に細身ではあったがフレームがしっかりとしていてその上筋肉も備わっているタイプらしい。角張った肩、背中の広さに腰周りの厚み。本気で喧嘩でもすれば獅子神に軍配が上がるだろうが寄りかかったり少し押しても大丈夫そうな、そんな身体付きをしていた。
 男同士の抱擁などなんて事ないと高を括っていたがとんでもない。おいで、と誘われるまま抱き合えば離れ難く、やわらかな拘束からは抜け出せなくなる。
 ありのままを受け入れる度量と肉体的な安心感。獅子神が心の底で求めていたモノと全く同じ形をしているそれ。
 誰でもいい訳ではない。そうでなくても好きになっていた。ただ、好意を抱いた人が"こう"であったからたちまち骨抜きにされてしまったのだ。
 知らず知らずの内に友人達の前でそういった態度が出てしまっていてもおかしくはない。
(甘え過ぎた)
 だからこそ反省が必要であった。
 叶が与えてくれるモノに夢中になって、獅子神自身は何もできていないではないか。今度はこちらの番だ。
 だが、しかし、そもそも。
(叶が喜ぶコトって何だ……?)

「っつーワケでだ」
「そんな雑な」
 当たり障りのない部分だけを話し真経津に助言を求めた。
 ネット検索で出てくるのは大多数の意見で叶黎明個人にフォーカスしたものではない。自分で考えてみて分からないのならば、彼の人となりをよく知る友人に聞くのが一番だ。その中で一等、人に甘えるのが上手いのは真経津なので白羽の矢が立ったのだった。
 椅子に腰掛けた真経津は「御手洗君がお迎えが来るまでね」と言いつつ、レジ袋から道中買ってきたのであろうドーナツを取り出す。
 アイスやケーキを専門店で買うのを好む叶と違い、真経津はどこで買うかに頓着しない。流行りのために並ぶくらいなら馴染みのある商品を選ぶ。皆で集まっている時なら卓上がもっとカラフルだったろうなと思いつつ、冷蔵庫のレギュラーメンバーになっているジュースをグラスに注いで出した。
「村雨さんに言われたことまだ気にしてるの?」
「いやそれはそんなにだけどよ、……オレは叶に何もしてやれてねぇからそこが引っかかってる」
「へー」
 まるで興味がなさそうな相談相手はドーナツをかじる。口に入り切らなかった所から欠片がポロポロと落ちた。
 親身にならないところが有難いと思う。二十六がする恋話にしては幼い内容なだけに冷静でいてくれる方が嬉しいのだ。ずいと差し出されるカロリー爆弾を辞しつつ無糖の炭酸水で唇を湿らせてから獅子神は口を開いた。
「それでオメーは、どう甘やかされるのが一番嬉しい? 参考までに聞かせてくれ」
「え?」
 口に運びかけたドーナツを一旦下ろす。ぽかりと口を開き眉を下げるのは真経津が戸惑いや呆れた時に見せる表情だ。
「甘やかし方が知りたいの? ……甘え方じゃなくて?」
「村雨が見抜いちまったように、オレはもう十分甘えてっからな。今度は叶の番だ」
……叶さんは獅子神さんが甘えてくれた方が嬉しい方だと思うんだけどな」
 グラスに差したストローで氷を突っつきながら告げられた言葉は慎重に選ばれたように聞こえる。首を横に振りかけて、否定するのも如何なものかと思い傾けるだけに留めた。
 ただ聞き役に徹するだけと思っていたのか真経津は考える素振りを見せる。その間にドーナツを一つ食べ終えて汚れた指をティッシュで拭う。ジュースを飲み、一呼吸置いた。
「そもそもボクにどんな答えを期待してるの?」
「それは……
「ボクと叶さんは別の人間だし、友達としての叶さんしか知らないから獅子神さんが望むようなことは言ってあげられないよ」
 叶と真経津は違う人間、そんなことは分かりきっている。それでも獅子神が彼を頼ったのは、恋人の望むことが分からないままでいることが情けなかったからだ。友人達と過ごすのとはまた違った時間を共有していながら与えられてばかりいることに焦ったから、下手なことをして失敗するより安全な方を取りたかったから。
 グラスから手を離すことも煽ることもできずに、またもう一つドーナツを口に入れるところをただ見つめる。
「なんか、テストみたいに確実に正解しないといけないとでも思ってるみたい」
……そうかもな」
 獅子神が彼女達にそうしてきたように、叶が獅子神にそうするように、過不足なく応えることが正解だと思っている。それが円滑なコミュニケーションだと信じている節があった。
「間違いがない方がいいとは思うけど、ボクに言われたことをそのまま実行しちゃったらさ、それこそ『オレを見ろ』って怒られちゃうんじゃない?」
 あっという間に食べきってしまうと、真経津は親指と人差し指で輪を作りそこを覗き込むようにして獅子神を射抜いた。
「喧嘩した訳でもなくてサプライズの相談でもない。碌に会話もしないで他人に答えを求めるなんて、そんなの怠慢だ」
 叶さんはそういうのを嫌うよね、恋人じゃなくても分かるよ。真経津はゆるりといつもの笑みを浮かべまたストローへと口をつけた。
 ようやくグラスから手を離し、冷えた指を握り込む。
 ……全くその通りだ。反論の余地もない。
 コミュニケーションをサボっている。人間離れした洞察力を持つ友人達に囲まれているせいなのか、これまでの失敗を忘れていたのか。言葉を交わさずとも理解できて当然だと勘違いをしていた。
「わりい……
 獅子神には叶の望みが分からないから、だからそれを悩みとしていたにも関わらずこの有様だ。最年少に咎められ楽をしようとした自身を恥じた。
 ピンポーンと迎えの合図が鳴った。試合とは聞いていないから次回顔を合わせた時に満身創痍ということはないだろう。
 真経津は残りを袋に片付けて席を立ち「叶さんのこと、上手く甘やかせたらいいね」とひらりと手を振った。
 最早出迎えや見送りが必要ない距離感にいる友人だ。好きな時に無断で侵入してきて最後は鍵を掛けて帰っていく。獅子神はその後ろ姿をぼんやりと眺めてからひとつ溜息を吐いた。
 反省その二。獅子神はこれから面と向かって叶に請わなければならない。しかしそれをどうやって切り出すべきなのか糸口が見つからないでいる。思考をクリアにするためにもまずは卓上を片付けるべきかと飲み干されたグラスに目を遣った。

──音がしたのはその瞬間だった。
 忘れ物かと思い顔を上げる。そこにいたのは先程の相談相手ではなく話題の中心にいた男だった。
「叶……?」
 はて、彼は今日訪ねてくる予定だったか。メッセージを確認したくてポケットに入れたままにしていたスマートフォンに手を伸ばす。それを阻めるのはもちろん、眼前にまで迫ってきていた叶だけだ。
……どうした?」
「敬一君さ」
「? おう」
「どうしてオレじゃなくて他の男を頼ったの?」
「は……!?」
 肘の下を掴む手が手首まで下りてくる。拘束は今までになく強くアイラインが吊り上がった目を強調させて、機嫌の悪さを隠そうともしない。痛みには多少耐性があるものの恋人から受けるのには慣れていない。獅子神は顔を歪めつつ誤解を解きにかかる。
「男ってそんな言い方……真経津だろ? っつーかお前、いつから見て──」
 そこから先の言葉を飲み込んだ。
 個性が強いコンタクトを嵌めていようと片目が前髪で隠れていようと、その眼差しは雄弁に語る。獅子神がどう感じていようと叶は看過できなかったのだ、下手なことを言えば余計拗れるに違いない。
……いや、悪かった。それについてちょうど話がある」
……
 負けじと真っ直ぐ見返してそう言うと、叶は溜息を吐いてあっさりと拘束を緩めてしまった。掴んでいた所を労わるように指先が滑る。
「晨君だったからいいんだけどさ、誰にもしないでよ、そんなこと」
 ツンと唇を尖らせ拗ねた顔が言う。その声は怒りのようなものは孕んでおらず、張り詰めた空気が弛緩するのを感じ取り胸を撫で下ろした。
「わりい、反省してる」
「そういうのが付け入る隙になるんだよ」
……叶には、オレがそういうことする奴に相談するように見えるのか?」
「そんな風には見えてないよ。それに晨君も礼二君もユミピコもそんな奴じゃないって知ってる。だけど単純に面白くない。なんでオレじゃないの」
……そう、だな」
 同じ立場だったら獅子神もそう思っただろう。観測不足だ。
「オレのことはオレに聞いて」
「わかった」
「他の奴のこともオレに聞いて」
「聞くほど気になる奴なんていねぇよ」
「それならいいんだけどな?」
 今度はもう片方の手が手首をさする。
 こういうところが獅子神が甘えてしまう原因になるのだ。賭場や配信上で見せる姿よりもずっと優しいから許されているような気がしてつい調子に乗ってしまう。
「それで、どう甘やかされるのが一番か、だっけ?」
「お前……最初から聞いてたのかよ」
 くるりと表情を変え、ニコリと細くなる瞳はどこか楽しげである。切り替えの早い男だ。
「オレばかり良い思いをしてちゃいけないだろ。どうしたらって考えてみたけど自分じゃ思い付けなくて、それでつい真経津を頼っちまった」
……んー」
 獅子神から離した手を顎に添え、視線は宙を見る。言葉を選んでいるのか、はたまた順序立てているのか。それもそう長くは続かなかった。人差し指をピンと立てる。
「まず、晨君が言うようにオレは敬一君が甘えてくれるのが嬉しい方。そして今の現状にも不満はない」
「全部聞こえてんのかよ……
「周りが静かだとドア越しでもよく聞こえるな」
 真経津が来るまでこの家には家主と雑用係しかいなかったはずだ。出迎える前に勝手に上がられたから玄関周りは見ていないが来たタイミングは二人ほとんど一緒だろう。
 その考えを見透かしてか叶はグルじゃあないぞ、とのんびり言った。
「どうやったらオレを甘やかせるのか知りたいんだよな? それなら先に敬一君が一番嬉しいことを教えてくれよ」
「なんでオレのこと……、言わなくても、叶なら分かるんじゃねえの」
「候補はいくつかあるけど、一番ってのはさすがのオレも分かんないよ。この際だから教え合おうよ」
……
「ここでもいいし、場所を変えたいなら移動してもいい。とにかく敬一君が一番甘やかされてるって思えることを言葉でも行動でもいいからオレにやってみて?」
(……オレの一番?)
 これまで考えてもみなかったことだ。叶といると振り回されることも多いがどうあったって嬉しい。
 頭の回転が早く舌が回り、獅子神が喜ぶ言葉をよく知っている。声や表情などから読み取って先回りをしてくることも多い。満たすのがとことん上手い男なのだ。
 その中でも特に、開いた穴が満たされていると感じるのは。
 見つけるのにそう時間はかからなかった。
「おっ」
 腕と身体の隙間に両の手をそれぞれ差し入れた。背中側へと腕を回して全身を密着させるシンプルな抱擁だ。肩に顔を預ければ叶自身の匂いが鼻腔をくすぐる。
「こうしてもらうのが嬉しいの?」
……悪りぃか?」
「ううん、全然」
 ふふふ、と浮ついた声が漏れるのをすぐ近くで聞いた。獅子神の背にも腕が回るとより一層密度が増す。
 場所は問わないができれば静かな所がいい。二人の体温が混ざり合って境目が分からなくなるのが好きだ。他は何もしてくれなくて構わない、特別な言葉もいらない。寄りかかるのをそのまま受け止めてくれたら大満足だ。
 目を閉じてただじっと叶の息遣いや身動ぎを享受して、いつかやってくる眠気を待つ時間が好きだ。子が親の腕の中で安心して眠る、その感覚に近いのかもしれない。今回は立ったままなのでさすがに寝てしまうことはないが。
 それに、本来の目的はこれではないことを忘れてはならない。
「叶、もういいだろ」
「うん」
「? もういいって」
 身体を離そうとした獅子神に対し叶の手は背に回されたままだ。離れ難く思ってくれているのならそれは嬉しいことだがこれでは本題に入れない。軽く背を叩いて促すも動かないのを焦れったく思う。
「次はオメーの──」
「オレもこれがいいなって思って」
……は、オレは今真面目に言ってんだぞ」
「待ってよ。実は敬一君はひとつ勘違いをしているんだ」
 解放を拒んだ叶は手だけは依然触れさせたまま、身体を離した。にんまりとした笑みには揶揄のようなものは感じられないものの、少しだけ困ったような色が乗せられている。
「勘違い……?」
「敬一君は自分ばかりって言ってたけど、その認識が間違ってたってことだ」
 単に無意識ってことなんだけど、とワンクッション置き、そして語り出す。
「同じベッドで寝てても敬一君だけが先に起きる日があるだろ? オレがつられて目を覚ましたら『まだ寝てろよ』って言って、また眠るまで見守ってくれるのが好きなんだ。たまに頭を撫でてくれるのも嬉しい」
「な……!? っんで、覚えてんだよ……!」
「あとオレがのしかかった時、しょうがないなって顔しながらちゃんと受け止めてくれるところとか。甘やかされてるなって思うよ」
……っ」
 二度寝直前のことが記憶に残っていたとは。思わず顔を赤くする。
 しょぼしょぼした目にあちこち跳ねた寝癖がかわいらしくてつい手が伸びてしまうのだ。頭の形の良さが分かるまん丸なヘアスタイルもいいが、自然発生した無造作なスタイルもキュンとする。人の頭を撫でる機会なんてまずないのでちょっとした楽しみでもあった。
 身を預けてきた彼を受け止めるのだって、なんだかんだ言って獅子神に得があって嬉しいからだ。
 グッと息を飲んだ。
(……そんな事でいいのか、そんな事でよかったのか)
「言っただろ? オレは甘えてくれるのが嬉しい方で現状に不満はないんだって。だから敬一君の一番をオレの一番にしたいって思うんだ。お互いにとって最高の形だと思わないか?」
……、なあ、オレの勘違いだって気付いてたのか?」
「いや? 礼二君に言われたことを気にしてるのかそれ以外の何かなのか、今日まで分からなかったよ。……オレのこといっぱい考えてくれてて嬉しかったな」
 ニッコリとお手本のような綺麗な笑顔を見せる。跳ねたアイラインは表情によって与える印象が異なっていて今は機嫌の良さを際立たせた。
「考えてみて分からないなら聞いたっていいんだ。気楽に行こうって言ったのはそういうこと」
 獅子神が知らないことを教えてくれる叶の語り口が好きだ。ハリのある声がややトーンを落とし、時には浮き立つような軽やかさで紡ぐ言葉はやけに頭に残る。
 指を立てたり手首をくるりと返す、そんなちょっとした仕草ですら様になって話に説得力を持たせた。
「ただ、どう行動に出るのかなって思って見てたら晨君の方にいっちゃったから焦った。これはオレのミスだから反省だ」
「オメーでも焦ることがあるんだな」
「敬一君のことならね」
「自分で言ってて恥ずかしくねーのか、ソレ」
「恥ずかしいことじゃないからな」
 そう言う叶の顔は得意げですらあった。
 個人の問題のつもりでも二人で話し合った方が圧倒的に解決が早く誤解も少ないのだと獅子神は学習する。そしてこれまでコミュニケーションを怠ってきたのが彼女達に対していかに不誠実だったのかを思って悔やんだ。
「こういうのに攻略本はないしノーミスは無理なんだから、あまり自分を追い詰めるなよ」
……優しいよな、お前って」
「そう?」
 人の心の機微に敏感な上に必要とする言葉を選んでポンと差し出せるのは彼の美徳だろう。だからこそ獅子神も甘えっぱなしではいけないと、この人を大切にしたいと心底思う。死が二人を分かつまで、これから先を共にと望むのなら。
「叶も」
「ん?」
「オレに望むこととか、困ってることとかあれば、ちゃんと言ってくれよ」
……、言っていいんだ?」
 瞬きを繰り返し、口の端が持ち上がる。あれ、と思う瞬間と唇が塞がるのはほとんど同時だった。

「おま……っ、言う前にするなよ!?」
「だって言ったら照れるじゃん」
 ワッと吼える獅子神を見て叶は、とても愉快そうに笑った。

■□

「村雨さん、どうして急にあんなこと言い出したんだろ」
「自分が受けた印象とあれの反応を見て答え合わせがしたかったのだろう」
「へー、そうなんだ」
「興味無し、と」
「面白いなとは思うよ」