鯖男
2026-06-13 23:19:51
2023文字
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からっぽのしにがみ

本編イ×眷属ifヤのイシヤシでなんか夢の世界のはなし。
※この眷属ifヤと柩とそういうことしてます。

瞬きをしたら景色が変わった。
見慣れない部屋だった。
一番最初に目についたのは、ダブルサイズのベッドだ。ヘッドボードにはキルティング加工が施されており、一昔前のデザインを彷彿とさせる。
それだけに金をかけたのか、部屋の装飾は散々だ。壁紙の至る所が剥がれ、ベッド脇のサイドボードを指でなぞれば線が引ける。
これで照明までピンクなどと昭和のラブホテルのつくりをしていたら、イシノオは即座に回れ右をしていただろう。幸いなことに、灯りは弱いものの、通常の蛍光灯だ。
イシノオはおもむろに自身の首に触れる。傷など存在しないまっさらな首。
自分の身に何があったのか。
記憶の糸をゆっくりと辿る。
夜の路地裏。刻々と迫るエーテル知覚の使用時間。止まない雨。増え続ける追っ手。嫌な脱力感。徐々に動かなくなる身体。冷たい指先。死んでいく感覚。意識。最期に見たのは不満げな男の顔。
──細いため息が終了の合図だった。
ぼくは既に死んでいるのか。
外傷はひとつもなく、脈も心臓も動いている。
だが不思議と納得がいった。
ではこの男も死んだのだろうか。
視線の先にいるのは、ベッドに横たわる男だった。
動きを阻害しない程度の遊びがある白スーツ。重厚感とシルエットの美しさから、オーダーメイドであることを察した。
決して目下の男の財力では届かない品だ。
他人のそら似も可能性として考えるも、ベッドサイドに立てかけられた剣が否定する。
情報というピースは集まっているのに、うまく嵌まらない違和感。身体の裡から湧き上がる警戒心から、腰の剣の柄を触れさせていた。
「う……ん、」
細い声と同時に、イシノオは半歩下がる。右手は柄から離れない。
見知った男は身体を起こし、数束下りた髪を後ろへ撫でつける。眠そうに開かれた瞳は、周囲から浮くほどに赤い。首筋から這い上がるようなアザを数回撫で、男はようやく目の前のイシノオを認識した。
「う……あ? イシノオ? マジか」
「随分な挨拶だ。もしかしてヤシロさん、死んじゃったんですか?」
現実的ではないが、死を認めているイシノオがいるということは、ヤシロも死んだのではないかと思うのが自然だ。
そんな軽口だが、イシノオの目は冷静にヤシロを観察する。
眼前のヤシロは薄く笑っていた。自嘲じみた嫌な笑みだ。
少なくとも、イシノオの記憶の中にいるヤシロはしないもの。
また情報のピースは増え、また嵌まらない。
違和感。
警戒心が一層深まっていく。
「ヤシロさん、ですよね」
「俺以外のヤシロがいるなら連れてきてくれよ。しかし──随分長い間、お前の顔、見てなかったな」
そうして笑う。
柔らかく満たされたように笑う。
見たことのない顔で笑う。
きもちわるいな。
気づいたときには抜刀していた。使い慣れたショートソードの切っ先をヤシロへ向け、喉元へ狙いを定める。
「こんな人の真似するなんて悪趣味ですね」
「マネ?」
「ヤシロさんはそんな、」
仄暗い──自分みたいな目で笑わない。
瞬間、ちか、と小さく光るものがイシノオの視界に入った。ヤシロの耳につけられた飾り気のないフープピアス。
嫌な感じがした。
「ピアスなんて、空けてましたっけ……
「ん? 空けさせられた」
ヤシロは輪の隙間に指を引っかけ、所在なさげに遊ぶ。
「服も身につけるもんも全部あいつが選んだんだ」
宙を見ながらヤシロは言う。定まらない視線は彼の現状のようで、違和感の塊に向けていた剣の切っ先がわずかに揺れる。
「あいつ」
「《嵐の柩》卿」
赤い目が細められた。
人外じみた濡れた赤。
ああ、他人か。
風を切り裂く音。鋭い突きが、ヤシロの喉元へ繰り出される。
ヤシロは止めようとしない。虚空を見つめる瞳が、ただただイシノオを見ていた。懐かしげに、眩しげに細められた目は、イシノオの神経を逆撫でするだけだった。
慣れ親しんだ鋼同士の拒絶の音。
イシノオの一撃は、立てかけてあったバスタードソードによって防がれた。
人間には無茶だとしても、ヤシロのエーテル知覚ならば可能な防御。
「E3使ってない状態で無謀だろ」
はは、と口角を歪め、笑う。
視線を落として笑う様は、攻撃を防いだというのに無様に見えた。
「はは、大丈夫。殺さねえって。……殺すわけねえだろ」
ヤシロの趣味と思えないブランドもののネクタイを外し、大仰に捨てる。大きく開けた首元には、アザと花が散っていた。
「な、イシノオ。これ夢だろ。中毒者がみるバカでハッピーな夢だ」
洞に響く空虚な笑い声。
もはや完全に別人なヤシロとして、イシノオは受け止める。
「夢でしかできないことしようぜ。そしたらつまんねえ現実もちょっとは頑張れる」
次はジョーやマルタも出てほしいな。
子どもみたいに声を弾ませながら、ヤシロはベッドへ寝転がった。
──ああ、なんだ。
この人、独り取り残されたのか。
ここにいるのは空っぽの死神だった。