鯖男
2026-05-11 01:14:03
1599文字
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青い夜、赤いしるし

イシヤシ。キスマークのはなし。

《グーニーズ》は基本的に客はいない。
というのも、店主であるエド・サイラスに客商売をする気がないからだ。
酒はある程度の種類を揃えてはいるが、どれも安酒であり、バーとして来るには肩すかしなところだろう。ならばツマミに力を入れているのか。
答えは否。ツマミはどれもこれも冷凍ものか、そのまま提供できる加工品ばかり。挙げ句の果てにデリバリーのメニュー表が何店舗が控えてある。
エドに愛想がないのも問題だろう。新規顧客を得ようという気概がない。
そのため、《グーニーズ》は万年閑古鳥が鳴いていた。
月曜夜の勇者限定開放のときも同様に、見知った顔しか店内にはなかった。
指定席というわけではないが、決まった人間しか訪問しないせいもあり、各々慣れたテーブルがある。ヤシロ、イシノオ、ジョーも例外ではなく、いつもと変わらない最奥にある丸テーブルにて雑談に花を咲かせていた。
ただ内容は仕事の失敗や商売敵の情報で、咲かせた花はラフレシアそのものだ。
「師匠、首のところ、虫に食われてますよ」
話に混ざろうと周りをうろうろとしていたセーラー服の少女が、自身の首筋を指さす。バーに不釣り合いなセーラー服の彼女は、城ヶ峰亜希。師匠と呼ぶ現役勇者であるヤシロの一番弟子……を吹聴するアカデミーの生徒だ。
首。
ヤシロはおもむろに自身の首筋を指でなぞる。指先に違和感などなく、腫れてはいないようだ。ただ首では自身で確認することもかなわない。かといって鏡を持ち歩く習慣もなく、手洗い場に行くほど重要視もしていない。
少しぬるくなったビールで喉を濡らしながら考えるも、面倒が先立ち、億劫そうに手を振る。
「別に出血があるわけでもねえし、放っといていいだろ」
「いえ、何かの病気の前触れやも! 食生活が物語っていますからね」
「なめてんのか」
こめかみを震わせるヤシロだが、城ヶ峰のいうこともあながち間違ってはいない。ジャンクフードとビールばかりの不規則な生活。そのうえ薬物《E3》を頻繁に打ってる常習者一歩手前。
病気のひとつやふたつ、潜んでいても不思議ではないだろう。といったところで、一度生えた面倒の芽は枯れることはない。
席を立つ手間を誤魔化すように、再びビールを口に含み、天井を仰ぐ。油がべったりとこびりついた古い店のものだ。ヤシロが駆け出しの頃から変わっていない。
「どうぞ、ヤシロさん」
視線を落とすと、手のひらに収まるほどのステンレスミラーを差し出すイシノオの目とかち合う。眼鏡越しの男の目は、相変わらず真意が読めない。
とはいえ求めていた道具である。ヤシロは不承不承に受け取り、首筋を写す。確かに鎖骨付近に赤い腫れのようなものがあった。再度指でなぞるも、腫れを感じられず、痛みすらない。
「ダニですか」
「そこまで汚くねえよ」
「マダニでしょうか」
「ぶっ飛ばすぞ」
城ヶ峰が首をかしげる視界の端で、イシノオが身体を曲げて喉奥で笑う。いつもと変わらない外野からのヤジだが今回は違和感があり、ヤシロはそちらに視線を向けた。
イシノオは曲げた身体を戻し、目を細めながら自身の首筋を指先で叩いた。
そこはヤシロの謎の痕と同じ場所だ。
細い指が何度も同じ場所を叩く。思い出せ、といっているようで、一定の指の動きが記憶を遡らせていく。
瞬間、ヤシロは自身の首筋を激しく平手打ちをした。突然の奇行に、城ヶ峰とジョーの目を丸くなる。だがイシノオだけは、薄い三日月のような口のまま、ヤシロを見ていた。
まるで面白い生き物を眺めるかのように。


青い夜だった。
二つの影が一つとなり、いびつに揺れる。
ほんの気まぐれかいたずらか。はたまた情事が現実であることの突きつけか。熱に浮かされ口元が緩く上がる。
受け手は身を焼くほどの快楽に翻弄され、自身の身に刻まれた痕など知るよしもなく。
赤いしるしだけが、その夜の証だった。