鯖男
2026-03-26 00:24:11
1811文字
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5分で読める問題剣契と黒雲会編

タイトル通り。5分もかからない。

晩冬。ちらつく雪が男の黒衣に落ちる。溶けずに結晶のまま残った雪を払い、白い息を吐いた。
裏路地の寒さは厳しく、道の端には不自然な雪の塊ができている。暖かくなれば、腐臭と共に姿を現す土饅頭。珍しいものではない。
新人の固い緊張を背に受け、師は僅かに足を速めた。
男たちの目的は、土饅頭の鑑賞などではない。
降り積もる雪から顔を出す道を歩けば、長屋が左右に並ぶ市場へと出る。巣の商店街と異なり、鬱々としながらも、時折爆発じみた哄笑が聞こえる不安定な場所。
新人の師である男の足は、ある店の前で止まる。
赤提灯ぶら下がる店先にて、一際大きな笑い声が聞こえた。笠の隙間から盗み見ると、店外にあるテーブルが騒音の発信源だ。
皆、一様に同じスーツを着崩し、晒した素肌には特徴的な刺青が刻まれていた。
「黒雲会……
新人は唸るように吐き捨てる。既に手は腰の刀へと伸びていた。師はそれを手で制す。
「なぜ。親指なら来ないでしょう。あそこは礼儀にはうるさいが、傘下が殺されたから報復、なんてしない」
「わかっている」
師の声は静かだ。
怨敵とはいえ、むやみやたら殺し合いをするほど、向こう見ずではない。
連なった店のひとつで甘酒を購入し、冷え切った指を温める。そして一口含み、随分遠くにいる甘味に薄く笑った。
瞬間、師は睥睨する。薄氷の視線は、警戒されることなく、黒雲会の観察を始めた。
相手は三人。紅潮した顔と積もった雪に突き刺さる空き瓶で、飲酒量を察する。
腰からぶら下げた刀は、何度も椅子に当たってはがちゃがちゃと身を揺らしていた。黒塗りの鞘で一見分かりづらいが、酒精に混じって仄かな血なまぐささがある。
師の脳裏を駆けるのは、先ほどの土饅頭。
線で結ぶのは、いささか早計か。
とはいえ手入れもおいそれで酒盛りとは。敵対しているとはいえ、相手組織の衰退の一途は、わずかな憐憫を抱いた。
師は薄い甘酒を流し込み、紙コップを握りつぶす。
「──よし、お前。あいつらを狩ってこい」
「どうしたんですか、急に」
新人は目を丸くする。それは年相応の顔つきで、師の手は新人の肩に置かれる。甘酒で暖まった手は、新人の心を活気つけるようだ。
新人の手を自身の鞘へ誘導し、握らせる。
「お前の相棒だ。しっかり働くように温めてやれよ」
「は、はい」
「私が見たところ、あいつらは新人研修に持ってこいだ」
酔っているとはいえ、刀を持った男三人。
素面でも新人一人では、普通荷が勝ちすぎていると判断する。
だが師は決定を覆さない。
笠から覗く口元が、好機につり上がる。
成功体験は、心身を育てるのに必要な養分だ。
組織を強靱にするには、各々が成功体験を積み上げねばならない。
その養分として、黒雲会の末端は栄養価が高かった。

クエスチョン・新入りに黒雲会三人と戦わせる決定打とは?


アンサー

師の視線には温度はない。
ただ静かに事の行く末を見守るのみ。
鮮血が曲線を描く。鮮やかな赤が真白の雪に穢れを散らした。一拍置いて雪に落ちたもの。すっかり血の気を失った黒雲会のひとりだ。
身体だけは相も変わらず席に座っている。自身の変化に気づけていない。
真っ先に正気に戻った人間の悲鳴により、裏路地は蜘蛛の子を散らした。続いて残った黒雲会たちの怒号が響く。
腰の刀に触れ、周囲を見回した。酩酊した頭では、闇の中の不純物に気づくまい。
新人はわざと雪を踏みしめ、音を出した。案の定、音に反応し、男たちの視線が新人に向く。
黒雲会にとって見慣れた黒衣。
剣契。
怨敵であるのは相手も同じ。膨らむ憎悪はどちらのものか。
最初に動いたのは黒雲会。奇声と同時に刀を抜く。二人で行えば、回避の道は限りなく少ない。
白刃が鞘から姿を現した。半身だけとはいえ、雪の眩しさに負けず劣らぬ刀身。だが一点。黒ずんだ血液が疵となる。鯉口も同様に黒い穢れがあった。
居合いの速度は互角。酩酊しているとはいえ、経験差は簡単には埋まらない。
しかし環境が新人に追い風となった。
小数点以下の微細な世界。黒雲会の鞘は引っかかりを見せ、なおかつ刃は疵により摩擦が生まれた。
僅かな差。しかし剣士にとって決定的。
まだ踏み荒らされていない雪化粧された道に、二つの穴が開く。一拍遅れて雪は赤を吸った。
これで終わり。
残された身体は、前のめりに倒れる。
主を失った刀もまた、傍で息絶えた。