鯖男
2026-02-22 23:01:38
1949文字
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あの日の黒猫

猫の日。ツヴァイ協会ヒス+グレ。ツグって猫みたいに死期悟ったら姿消しそう。

路地裏にいたとき、一匹の野良猫がいた。
誰かに懐くこともなく、しなやかな肢体で塀や屋根を歩く黒猫。
ある日、ヒースクリフは気まぐれで、鳥の骨を投げてやる。猫はわずかについていた肉を器用に外し、か細く鳴いた。その日から猫は度々ヒースクリフの前に姿を現すようになった。
だが明くる日、猫は姿を消した。
野良猫の身勝手さだろう、とヒースクリフは気にもとめない。しかし時たま視線が斜め下を向いてしまい、眉間に皺が寄った。
そして数日後、猫を見つけた。
猫は細道の端で、影に身を隠しながら死んでいた。骨と皮だけの死骸とも呼べない軽さ。
猫は死期を悟ると姿を消す。
教えてくれた男は、おざなりに手を合わせた。ヒースクリフはそれを真似た。

ツヴァイ協会は保護を中心とした協会だ。護衛や警護もまた管轄である。
なので今回のような、大規模戦闘に投入される事態は想定されていなかった。
大規模戦闘が始まる寸前、グレゴールは煙草を吸っていた。いつものことなのでヒースクリフもそこまで気に止めなかったのだが、なにか違和感があった。それは説明ができない些細なもの。だが放っておくのは気持ち悪い。ヒースクリフは違和感の正体を掴むべく、再度グレゴールを見やる。
紫煙が細くくゆる。吸う度に煙草の先端が赤く染まり、その身を黒く燃やしていく。グレゴールは戦場であろう裏路地の一角に視線を向けた。その目は鋭く冷ややかであり、研ぎ澄まされた白刃を連想させる。
「ヒースクリフ」
突然声をかけられ、ヒースクリフの肩が揺れた。
「俺たちの仕事は市民を守ること。ねじれと闘わなくていいからな」
「わかってんよ」
「本当か~?」
少し高い位置にあるヒースクリフの顔を見上げながら、グレゴールは揶揄するように笑う。さっきまでの白刃はなりを潜めており、ヒースクリフは見つめ返すことができず視線を外した。
「だからまあ……死ぬなよ」
そのときどんな顔で言っていたか、ヒースクリフは知らない。

ビルだった瓦礫は、乾いた音を立てながら欠片を落としていく。ヒースクリフは階段状に積み上がったコンクリートのひとつの足をかけ、少しでも高いところに立って周囲を見渡した。
無造作に転がる死体たちは、様々な協会の制服を着ていた。だが遠目からでは、一様に同じに見える。ツヴァイの紺も、リウの赤も、様々な事務所の色彩も、鮮血によって塗りつぶされていた。
周囲のビルも地面も、肉片と血液の血腥さで染められている。
空は鉛色の雲で覆われ、今にでも雨が降りそうだ。
やがてヒースクリフは飛び降り、着地と同時に駆けだす。
複数体のねじれの殲滅戦。本来ならば戦争専門のリウ協会の担当だったが、純粋に人数が足りなかったために、ツヴァイ協会に招集がかかったのだ。最初は分野違いのため断ったのだが、市民への流れ弾の処理のみの申請だったため、やむえなく引き受けた。リウが攻撃のみに集中すれば、人数の少なさもフォローできる。
しかし現実はこの惨状だ。
呼吸をするたびにアバラに響く。だからといって呼吸を浅くすれば走れなくなる。ヒースクリフは奥歯を軋ませ、深呼吸をひとつ。するとアバラ以外も悲鳴をあげた。が、痛みを振り払うように足を踏み出す。
「おっさん! どこだよ!」

猫とグレゴールは、似ても似つかぬ存在だった。
だがヒースクリフには、あの日の黒猫とグレゴールが重なって見えたのだ。
だからかヒースクリフはビルの影や、倒壊寸前の建物の中を重点的に探し回る。
あの日の黒猫の残像がそこら中にあった。
心臓の鼓動がいやにうるさい。落ち着かせるための深呼吸で、肺が悲鳴をあげた。一度咳き込めば止まることを知らず、残骸と化した建物に寄りかかる。──それが功を奏した。
寄りかかった壁に身を隠すように、グレゴールが横たわっていたからだ。
「おっさん! おい、生きてっか!?」
「う……生きてる……。ちょっと、休んでた」
緩慢に身体を起こし、壁に寄りかかる。細く息を吐き、虚ろな双眸でヒースクリフを見上げた。血の気を失った白い顔に、ヒースクリフの背筋が冷たくなる。
……死ぬ気だったろ」
「死ぬかよ。お前泣くだろ」
「泣かねえよ!」
「ふ、ふふ。可愛い後輩泣かせるわけにもいかないからな。さて、業務終了。帰ろうか」
グレゴールはゆっくりと立ち上がり、身体を左右に揺らしながら歩いていく。
「重いから持ってくれよ」
そうグレゴールから渡されたのは、板金やコード、ネジが外れた義手の一部だ。手にかかる重みが腕の損失を物語っており、ヒースクリフは顔をしかめた。
──死ぬかよ、なんて言ってたけど。
本気で死ぬ気なら、俺でも見つけられない場所で独り死んでたんだろうな。
あの日の黒猫みたいに。