鯖男
2026-02-21 23:19:40
1920文字
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勇クズ小説3

猫の日投稿。パーソナルスペース激狭ヤシロ(未成年のすがた)のはなし

「イシノオ、拡張パック買ったのか。何入ってた?」
自然と肩を組み、引き寄せる。イシノオも予想外であり、珍しく目を丸くした。
「ジョー、この間催涙弾分けてやったろ。早く返せよ」
上着の裾を引っ張って、意識を向けさせる。身長差からの行動だと理解していたが、随分と子どもじみたやり方に、いつもの調子で軽口が返せなかった。
「マルタ、久しぶりだなあ。再会に乾杯!」
頭を撫でてから肩を組む。マルタも同様に肩を引き寄せ、頬をぶつける。
「師匠、俺もピザ食いたい。奢ってくれ」
鷹宮の脳裏によぎったのは、おんぶお化けだった。肩から覗き込んだ顔は、いつもと変わらない小生意気なもので、突然の接近に裏拳で撃沈させた。

バー《グーニーズ》には新しい客はめったに来ない。というのもマスターであるエド・サイラスの客商売を舐めた態度にあった。
酒はボトルから直に注ぎ、カクテルなんてしゃれたものは置いていない。軽食も冷食ばかりで、電子レンジがフル稼働だ。コンロ付近は物置と化しており、一度火がつけばキャンプファイヤーの如く燃えさかるだろう。
しまいにはエドには愛想というものがなかった。
なので通常運営であるならいざ知らず、勇者だけが来店できる月曜の夜に、愛想のないバーに来る変わり者など常連客以外いなかった。
店内は薄暗く、暖色の灯りはカウンター奥の棚を柔らかく照らす。酒が主役のスポットライトだ。
テーブル席は壁際の一カ所を除いて空席。カウンター席には黒ずくめの男が、テーブル席へ身体を向けている。
男は鷹宮清人。現在トイレに席を外している問題児ヤシロの師匠だ。
…………最近のガキって距離近くないか」
鷹宮は周囲を警戒しながら愚痴をこぼす。実のところ、ヤシロの壊れた距離感に辟易してる筆頭だからだ。自身のパーソナルスペースに土足で踏み入れられて、平然とできない大人だった。
「いや、ここまで近いのあいつだけだろ」
テーブル席からジョーは答える。普段単細胞と小馬鹿にされるが、ひとたび戦場から離れればそれなりに理知的な男だった。それなりに。
「そんなに近いかなあ?」
「マルタさんもヤシロさん側だからわからないでしょうけど、ぼくも最初、面食らいましたからね」
ビールジョッキをあおり、マルタは首を傾げる。
しかしそれはヤシロとマルタが同様だからだ。イシノオは、表情こそ変わらないものの、目だけが笑っていなかった。
「お前が面食らうって相当じゃねえか」
弟子の意外な才能に鷹宮は目を丸くした。だがイシノオのことを笑えない。鷹宮も同じように、パーソナルスペースが広い。
今後も距離感が変わらない場合、鷹宮の心労はうなぎ登りだ。
ジョーは枝豆を口へ放り、ビールで流し込む。そして遠い目をしながら間延びした声を漏らした。
あ。間延びから一転。歯切れのいい母音が声を断ち切る。
「そういや昔の彼女でよお、ファミレスとかでいつも隣座ってくる奴いたな。対面でよくねえか」
「ジョーさんの鼓動を聞き逃したくないんですよ」
「お前の口から聞くとなんか意味が違えな」
目を細め、穏やかに元彼女の肩を持つイシノオに、ジョーは舌を出した。断末魔収集癖の元殺人鬼として聞くと、意味を深読みしてしまう。
「これじゃないのか」
カウンターの執務側にいたエドが、一冊の雑誌を掲げる。
雑誌は中身のなさそうな週刊誌だ。見出しも消耗されるだけのつまらないもの。そんな中、鷹宮はエドの太い指で差された見出しをまじまじと見る。
「猫の生態……?」
「自分のテリトリー主張のにおいづけ、だと」
「猫って信頼の証として、身体を擦り付けるらしいですね」
イシノオはスマホで検索をかけた情報を読み上げた。野良猫と戯れる時間が多いマルタは、納得の声をあげる。
「いや、まさか」
鷹宮の目は落ちつきなく揺らいだ。なにせ生意気で口が悪くて礼儀知らずの未成年だ。当然鷹宮もそういう目で見ていた。
それがテリトリーだったり、信頼だったり。
聞き慣れない用語に、どうにも据わりが悪かった。
「お? まだメダリオンやってなかったのかよ。俺待ち?」
そうこうしているうちに、話題の人物と帰還となり、自然と話題は霧散する。
ジョーは先ほどの話題をおくびにも出さず、いつもの暴言で出迎えた。
「待ってねえよボケ」
「言ってろクソが」
中指を立て、大股でテーブル席の戦場へと向かう。当然カウンター席など目もくれない。ヤシロの背を見ながら、鷹宮はすっかり結露してテーブルを水滴だらけにしたビールジョッキをあおって、再びヤシロの背を見る。
椅子に座ってカードをシャッフルしている弟子の頭に、ぴんと立った猫耳が見えた気がした。