鯖男
2026-02-11 23:09:30
2142文字
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頭目厶と剣契(予定)グ リライト

以前書いたはなしをリライトしました。当然ながら剣契グは未実装。

化物、と。
震える仲間の声で、ムルソーは改めてその化物の姿を見上げる。
裏路地の端の端。今はもう建物の様相を成していない瓦礫と、死にかけのネオンライトが点滅を繰り返す忘れ去られた住居区であった。
瓦礫の上には化物が鎮座している。その様はまさに王と呼ぶに相応しい。
しかし極彩色のライトにて浮かび上がる表情は、王というよりも罪人だ。
悲惨で悲痛で──救いがない。
「やめろ……逃げて……逃げろ!!」
叫びとは裏腹に、男は腕を振り上げる。
死神の鎌を連想させる異形の腕。枝分かれし、四方八方に広がった。
放たれた刺突は、眼前まで一瞬。鋭利な点が眼球に触れる寸前、抜刀の音すら置き去りにした斬撃で落とす。転がる鎌は、二三度跳ねてから沈黙した。
嗅ぎ慣れた血腥さが、鼻を刺激する。ムルソーは弾かれたように、部下へ振り返った。
瓦礫に飛び散る鮮血。頭蓋を貫かれた仲間のひとりは空を見つめていた。見開かれた眼球が小刻みに痙攣し、やがて虚ろとなる。
抵抗がないのを理解したのか、異形の一部は頭蓋を砕き、背骨を砕き、石畳を貫いた。ぐらりと揺れる身体には支えなどなく、倒れ込むと同時に身体が半分に割れた。
溢れた脳漿は夜色の装束を更に黒く染め上げ、鮮血は石畳に広がった。
痛いほどの静寂。浅い呼吸音が幾重にも重なる。鞘と鍔がぶつかり合う金属音。重心の乗っていない身体。
ムルソーは瞳を閉じ、一度深呼吸をする。再び目を開いたとき、眼前の異形以外すべて排除した。
構えた刀はぬるりと濡れており、刀身に指を滑らせる。皮手袋越しとはいえ、血液でないことはすぐにわかった。
……全員、下がれ」
「頭目!」
「下がれ」
………っ」
笠の切れ目から覗く鋭い眼光。その奥に潜む青い炎。
ひとりのこめかみから汗が伝う。ひとりは口を開くものの、息を吐くだけで言葉は出てこない。残りは同じように視線を地面へ落とし、拳を強く握った。
やがてひとりが後ずさる。それを皮切りにひとり、またひとりとその場から離脱する。
残されたのは、廃墟の王と剣士のみ。
「あんたも、逃げろよ……!」
身体ごと刻々と変化していく腕を押さえ込むが、腕は枝分かれを繰り返し、鋭利な切っ先をゆらゆらと揺らしていた。
ムルソーは足先で石畳を踏みしめる。わずかに軋む音と同時に、すべての先端がこちらへ向いた。そこに敵意はない。ただ認識した敵を討ち滅ぼさんとする破壊そのもの。
「貴様を残したらのちの憂いとなろう」
ムルソーは構えを解き、両手を垂らす。弛緩した身体のまま、瓦礫に立つ男を見上げた。
斬る。
ただそれだけ。
余計なものを削ぎ落とし、残った白刃だけを手に剣士はただそこにいた。
男は唇をわななかせ、地を這う呻きをあげる。そして頭を掻きむしり、上擦った声で叫ぶ。
「──ああ、くそ、くそくそ! じゃあ斬ってくれ! 俺の腕を斬ってくれ!」
死ぬまで、と。
悲鳴混じりの懇願に「あいわかった」と告げる。
それが開始の合図だ。
空気を裂く音を置き去りに、無数の刺突が放たれる。周囲から襲いかかるそれは、どう避けたところで致命傷は免れまい。革手袋が鳴る。刀と手が一体となった。
刀が走る。一合、二合。刀は速度を増す。三合、四合。銀の斬撃が無数に増える。五、六、七。最後のひとつを斬り落とす。迷いなき太刀筋。腕の体液が瓦礫を濡らし、饐えたニオイを漂わせる。

ごぼ。泡の破裂音。それは切断面からだ。瞬時に再生した凶器は、速度を増してムルソーの心臓を狩りに来る。
闇夜を舞う枝。極彩色のライトがそれらを照らす。一合、二合。斬り捨てた側からの再生。三合、四合。再び斬り離す。五、六、七。やることは変わらない。ただひたすらに。
一振りの刀となった剣士の役割だ。

遠くの空が白ずみ始め、闇夜は青く変わっていく。
シミと異臭を纏った瓦礫と、腕の一部だったものが二人の周囲を埋め尽くす。
しかし男の腕は健在だ。枝分かれはしていないものの、一本の刃だけが残っていた。男は手のひらで切っ先を覆う。たかだか肉の壁だ。数秒すら稼げないまま、最後の枝はまっすぐムルソーの喉元に走る。
ムルソーは構えることなく、悠然と切っ先を見つめた。森の奥に潜む湖のように静謐な双眸だ。
枝は喉元の薄皮に触れる。それが最期だった。
先端から崩れ、灰となる。地面に落ちる前に風に吹き飛ばされ、影も形も見えなくなった。
夜が終わる。ムルソーは染みる朝日を、笠で遮った。
隻腕となった男は、恐る恐る何もない腕の付け根に触れ、何もないことに瞳を震わせる。何度も何度も触れ、確かめ、やがて身体を丸めて嗚咽を漏らした。そのときバランスを崩し、瓦礫から転がり落ちる。ムルソーの足下でようやく止まり、緩慢に身体を起こした。泣くべきか笑うべきかわからず、引きつった頬はひどく不格好だ。
再度指先で腕の付け根に触れる。指はもう震えていなかった。
「俺の、腕……もう、生えてこない……?」
「断言はできない。私はただ斬り伏せたのみ」
ああ。それは感嘆だったのか歓喜だったのか。
「ありがとう、ございます……頭目殿……!」
男は地面に頭を擦りつけ、溢れかえる感謝の念を告げる。
本日をもって化物は打ち倒された。