鯖男
2026-02-06 00:03:10
2057文字
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剣契厶と黒雲グ一触即発 リライト

元の小説消えちゃったんですけど、リライトしました。

怒号と悲鳴でむぶる裏路地の一角。
そこでは二つの派閥がしのぎを削っていた。
どちらが正しい、などはない。
ただ互いに引けない。
関係のない第三者から見れば、その程度の話だった。

男は屋上にいた。
下を見下ろし、血煙舞う戦場を俯瞰する。傍らには眼孔鋭き殺手が控えていた。彼女もまた、男と同じ場所を見やる。
互いの兵が倒れていく。暗闇に慣れた双眸で、命がかき消える瞬間を見納めていく。
何度経験しても慣れない光景であった。男が前線に出れば救えた命もあろう。だがそれは、剣契の最大戦力の消耗に等しい。
革手袋に包まれた拳が強く握られ、革が鳴く。これが素手ならば手のひらに爪が食い込み、剣士の手を傷つけていただろう。幸いにも手は無傷であり、周囲の轟音は革の叫びを覆い隠していた。
視界の端で、夜色の羽織が倒れていく。だが男は動かない。
頭目としての責任が、両足を固定している。今はただ、時が来るまで静観するだけだ。
すると、何重もの剣戟音すら寄せ付けない悲鳴があがった。立て続けに三回。
しかし悲鳴ごと切り裂いたのか声は突然途切れ、再び剣戟音で塗りつぶされる。
「何か……おかしい」
無言を貫いていた殺手は、ビルの縁へと足をかけ、周囲を見回した。男も同じ部分に違和感を持つ。
剣契と黒雲会。技の練度では剣契が。人数では黒雲会に軍配が上がると認識していた。二対一などに持ち込まれない限り、人数で劣っていても大敗することはない。
だというのに、男の心臓は早鐘を打つ。まるで男の願望を嘲笑うかのように。
「いました」
殺手の押し殺した声は、震えがあった。ビルの縁にかけた足下に走るヒビに、理性と本能のせめぎ合いを見る。
男の眉がわずかに顰められた。そして土煙舞い上がる戦場へ視線を向ける。
黒い雲がきらめいた。戦場にて駆ける男が振るう刀。特徴的な黒地の刀は、剣契の相手である黒雲会の証だ。
切り払いからの水月への蹴り。懐に隠し持っていた徳利を投擲し、怯ませてからの奇襲。
剣客というよりごろつきと大差ない。
殺手の視線は更に鋭くなっていく。ごろつき程度にやられる剣契の練度の低さからか、はたまた仲間を殺したのが強者ではなくただのごろつきだったやるせなさか。男は彼女の性格から、両方であることを察す。
瞬間、ビルの縁が欠け落ちた。彼女の限界は近い。
一方その間、男の視線は先ほどの黒雲会へと注がれていた。一際目立つわけではない。だというのに、男は無意識に彼を目で追っていた。
荒々しい剣舞。型があるのかどうかも怪しい斬撃。だが彼の刀はその身を鮮血で染めながらも、切れ味が落ちることはない。
……ウーティスよ、少々私の雑談に付き合ってほしい」
目線を外さぬまま、男は呟く。ウーティスと呼ばれた殺手は、口を開くも寸でで呑み込んだ。
「刀とは斬れればいいというものではない。いくら名刀とはいえ、使い手がろくでもなければ名刀はナマクラとなる」
使い手と刀が一心にならねば、巻藁すら刃は通るまい。
「そのひとつが角度である。刃の角度を正確に見極め、雑念なく振り下ろす。お前も経験があるだろう」
ウーティスは無言だった。男は肯定ととり、滑るように刀を抜いた。
月明かりに照らされた白刃は、玲瓏たる輝きを湛え、戦場を見下ろしている。目下の男の刀とは対象的な洗練された刀身だった。
その美しさから観賞用と見まごう者も少なくないが、頭目としての彼を知っている者なら口が裂けても言えないだろう。
その一つに刀の薄さである。
刀とは切れ味を高めるために、薄く鋭く研がれている。薄くするために微細な角度がつけられており、対象物に対して斜めに切るという行為は、対する刃の角度が鋭くなり、対象物の抵抗が少なくなる。
結果、小さい力で切り落とすことが可能となる。
理論上では。
だが現実ではいくら対象物の抵抗が少なかろうと、雑念があれば切り落とすことは叶わない。薄い刃は曲がり、欠け、使い手の未熟を如実に表す鏡となる。
「──だがあの男、」
黒雲の男はなおも刀を振り回す。ごろつきが振り回すバットのように。
周囲の剣契の首や足が吹き飛ぶ。バネ仕掛けの玩具のようにあっけなく。
雑念まみれにしかみえない太刀筋から想像ができない一太刀であった。
「首が落とせているのだ。手や足など小枝も同然だろう」
型らしい型は見受けられない。だが迷いのない太刀筋だけは熟練のそれだった。
やがて黒雲の男の周りには死体だけになった。
そこだけが異常な静けさを湛えており、声も届かぬほど離れているというのに、ウーティスのこめかみから汗の玉が伝い落ちる。
ゆるりと黒雲の男が振り返った。あれほど暴れ回ったというのに、足下がふらつくような無様はない。炯々と輝く双眸が、男の心臓を射貫く。
おぞましいほどに冷え切った殺気だった。ウーティスの腰の刀に伸びた手を、男は静かに制す。
先ほどの男は頭目の役割を全うしていた。だが武人としての果たし状に、男は身体に血が巡っていくの感じた。