「これは罰です父上様。この場にいない貴方に代わって罰を与えているだけなのです。赦してください。赦さないでください。俺は貴方に赦される資格はありません。だってあれほど禁じていた人間の血が甘美であることを再認識してしまったのだから。いえ! だからといって飲むことはありません。当然です。貴方が禁じたのですから。でも想像するのです。ラマンチャランドで仲睦まじく歩く恋人達の血を飲んだらどれほどの幸福が満ちるのか、と。幸せそうに眠る赤子の血は? 長年連れ添った老翁老媼達の血は? 腔内に溜まった唾液を飲んでも渇きは消えないのです。父上様、父上様。どうか俺を赦してください。赦さないでください」
それは懇願であり謝罪であり願いであった。
四方壁に囲まれた告解室。
普段ならば家族やアトラクションに来た客が座るべき場所に、グレゴールはいた。グレゴールは神父である故に、いつもなら反対の入り口である聞き手側に座っていたはずだった。しかし『革命』が起きてから、聖堂には人は寄りつかず、告解室にも薄らと埃が積もるほどだ。
グレゴールは爪を噛む。十の爪はどれも不揃いでみっともない。だがどの爪からも血など出てはいなかった。
グレゴールの表情から血の気が引く。噛み殺した呻き声は獣の唸り声によく似ていた。
「グレゴール」
「……ウーティス」
気配から告解室の聞き手側に座ったのがわかった。
「血液バーは食べたか」
「食べた。泥みたいな味だったが、腹が減ってたから十本食べた。まだ空腹だ」
「……血は飲んだか」
「飲んでない。父上様が禁止なされた。飲むべきものではない」
「守る必要のない命令だ。父上様は死んだ。私達が殺したのだ」
「…………俺も一緒に殺してくれればよかったのに」
ウーティス、なあ、ウーティス。
唯一部屋が繋がっている薄いカーテンの仕切り。筋張った手が差し込まれる。五本の爪はすべて噛まれて白い部分がなくなっていた。
「おれをころして」
やすりのようにすり切れた声は、油断してれば聞き逃してしまいそうなほど弱く、薄い。
「できない」
「どうして」
「上位眷属……ロージャ様の命である」
血鬼の頂点であった父上様は死に、現在ラマンチャランドの頂点は、『ドンキホーテ』を継いだサンチョと、その姉妹をいう位置づけのロージャである。
ロージャは『革命』が終わったゴタゴタの中、舞台女優も真っ青なほど通る声で告げたのだ。
「これより血鬼一同、私の許可なく自罰することなかれ。私の許可なく自殺することなかれ。私の許可なく同胞を殺すことなかれ」
血鬼一同、と命ざれているが、ウーティスにはグレゴール名指しとしか思えなかった。
上位眷属の命により、グレゴールは自罰を行えなくなった。
上位眷属の命により、グレゴールは自殺を行えなくなった。
上位眷属の命により、ウーティスはグレゴールを殺してやれなくなった。
グレゴールのすすり泣く声は、哀れで惨めでウーティスの心中にトゲを残していく。
「ロージャ様、どうしてあんな命を」
以前、ウーティスはロージャに訊ねたことがあった。
ロージャは豊かな睫毛に影がかかる程度に俯き、日傘を開く。
「……もう私のものを失うわけにはいかないの」
日傘のせいで彼女がどのような顔をしているのか、ウーティスが見ることは叶わなかった。
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