鯖男
2024-09-17 16:06:31
2885文字
Public
 

お粗末な人形劇

ユーリ入社ifっぽいもの

「だからあ! そっちじゃないですって!」
「うるさい……
「前見る!!」
運転席から聞こえるのは、姉妹の口喧嘩。否、運転手と囚人と呼ばれた従業員の言い争いである。もっとも『言い争い』と言っても、正しいのは囚人──新人のユーリだった。
「今南西向かってますよね? 地図だとそろそろ大通りに出るはずなんですけど……待って。さっきの看板、地図と違う地区書いてありましたよ。カロン、どういうことです」
「地図が間違ってる」
「そんなわけありますか! 反対じゃないですか! 戻りますよ! Uターン!」
『賑やかだねえ』
秒針を刻む音と共に楽しげな声と喧噪が混じり合う。
グレゴールは穏やかと言えない空気感の中、口元を緩ませながら携帯灰皿へ煙草の灰を落とした。
「移動中とはいえ、業務まっただ中なんだがなあ」
『ヴェルギリウスが怒ってないからいいんじゃない?』
横目で案内人の男を盗み見れば、我関せずの態度である。これがドンキホーテやヒースクリフなら、絶対零度の視線と『面談』が待っていただろう。
リンバスカンパニーバス部門初任務である、D社のロボトミーコーポレーション支部での金の枝散策。結果としては失敗に終わったが、代わりに新しい仲間も増えた。
元L社で働いていたユーリである。
未だ以前の会社の制服だが、数日もすれば、制服が届く。そうなれば名実共にリンバスカンパニーの従業員である。
「道はカロンが決める。ぶるんぶるん」
「道は! 既に! 決まってます!」
運転席を殴る音とクラクションが騒がしさを増長させる。よくヒースクリフが文句言わないな、とグレゴールは背後の様子を確認した。
心配そうに狼狽するお人好しや、案内人と同じく我関せずの放任主義。共に騒ぎに行こうとする問題児や成り行きに身を任せる他人任せ。多種多様の反応の中、ユーリに悪感情を向ける者はいなかった。
任務失敗したというのに、囚人たちの雰囲気は悪くない。それも新人社員のお手柄かもしれない。心の中は随分と晴れ渡っている。
気が良くなったグレゴールは、新しい煙草に火をつけ、紫煙をくゆらせた。
……俺、さ」
なんてことない独り言。その小さな呟きは前方座席のダンテにしか聞こえない。
「妹がいたんだ」
返事はない。独り言故に。
だがカチ、と分針が進む音がした。
進む音が。
未来への音だった。

鏡ダンジョンは戦闘スタイルの見直しや、鏡の中で発見した人格の具合を確認する所謂修練場である。
今回ダンテは新たに手に入れた人格を軸に、鏡ダンジョンの攻略を行っていた。
『ふーむ……
休憩ポイントであるコンビニ前。数十分の休憩の中、ダンテは一人PADを操作していた。
指が左右にブレる。それだけで付き合いが長くなってきた囚人たちは、ダンテが編成について思い悩んでいることを理解する。
「旦那、なんか困ったことでもあったか?」
『グレゴール』
ぱ、と顔をあげるダンテに、グレゴールは苦笑を零す。表情なんてないはずだが、その仕草だけで光明が差した!と言わんばかりの破顔を感じたのだ。
『いや、今回使用した人格、なんだかクセが強くて……
「ああ、端から見ててもそう思った」
新規人格を手に入れられなかったグレゴールは、今回控えに回っている。なので人格を被せずに戦況を見ていた。強力ながらデバフ効果が高い人格やE.G.Oが多く、使用者の精神力がどうにも安定しない。
「管理人の腕の見せ所ってところか?」
『うう……頑張るよ……
軽く肩を叩いて励ますも、効果はいかほどか。
「グレゴールさん、少しいいですか?」
「ユーリさん。どうした?」
小走りで駆け寄ってきたユーリは、ダンテがいることを知ると足を止めた。ダンテは手を振って会話が終わったことを告げると、彼女は安堵の息を漏らす。
「武器の扱いについてお話聞きたくて」
ユーリの武器は一般的なショートソードで、駆け出しのフィクサーがよく選ぶありふれたものだった。しかし彼女は役員であり、戦闘技術はほぼないに等しい。
入社当時のシンクレアとの組み手も散々なものだった。なにせ同じように戦闘経験のないシンクレアにすら抑え込まれる始末だったのだから。
だとしても元々生真面目な気質からか、日々の積み重ねで技術は少しずつ伸びていった。
今もまた、貪欲に戦闘経験が多い軍人に教えを請うほどまで。
「うーん、でも俺と武器の種類が違いすぎるからなんとも……。基本的なことなら教えられるんだけど」
「基本的なことだけでも」
彼女の目に曇りはない。そのことがグレゴールの胸を温かく灯す。
「じゃあ武器の扱いはファウストさんに聞くといい。ツヴァイヘンダーとショートソードだと似通ったところもあるだろ」
『ファウスト、ちゃんと聞けば教えてくれるから怖くないよ~』
「怖いわけじゃ……わかりました。ありがとうございます」
会釈をし、踵を返す。みんなの輪に戻ったユーリはすぐさまファウストへ教えを請うた。遠目から見ても、二人の間に流れる雰囲気は悪いものではない。
『お兄ちゃんしてるじゃん』
「茶化すなよ」
『いやほんと。お兄ちゃんみたいだったよ』
「はは──ほんと、くだらない夢だ」
瞬間。世界がひび割れる。世界が壊れる。世界が終わる。
夢の終わりは、鏡の割れる音によく似ていた。

あ、これ夢だ。
グレゴールは夢の中で夢に気づくタイプだった。
というのも、良い夢は視た瞬間に夢と切り捨てる厭世的なところがあり、悪い夢は現実の回想と割り切るところがあるからだ。
今回の夢は、所々穴があるB級映画よりお粗末だった。
バスの座席にユーリの席がなかったり、新規人格の確認だというのにユーリはそのままだったこと。それはグレゴールの認知がそこまで正確でなかったことに由来する。
なんとなくの記憶でユーリを構成し、人形劇のようにチープに動かす。
「グレゴールさん」
吐き気がした。

『──グレゴール?』
…………だん、な?」
冷たい床に寝転んでいたグレゴールの視界には、見慣れた時計しか写っていなかった。視界がぼやけるのは目覚め直前だからではなく、至近距離だからだろう。
『グレゴール! よかった目を覚ました! 具合はどう?』
「結構最悪……悪い、何があったか覚えてないんだが」
「幻想体です」
ファウストはいつもと代わらぬ口調で説明を始める。まるで書籍を読み聞かせるように淡々と。一切の希望を抱かせないようにばっさりと。
「今回、グレゴールさんを襲った幻想体は、戦闘面においてあまり強いものではありません。しかし精神汚染については群を抜いていました。寄生主の望む夢をみせ、精神的警戒心が解けたとき、侵食を強くしていく。時間が経てば……わかりますね?」
「みんなのお陰で最悪を脱せられたことはわかったよ」
ああ、通りであんな夢をみさせられていたのか。
置き去りにした彼女。妹と重ねていた彼女。俺と同じ想いの彼女。

ただ、生きたかったんです。

脳裏に残った顔も朧気な彼女はそれだけ言って消えた。