鯖男
2024-09-06 21:33:16
2232文字
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アホのつがいはアホ

以前文庫ページメーカーであげたW×助手のムルグレ。食材としての🌇を味見する助手。最後の🚬の略台詞はタイトルです。

空気が澱んだ空間だった。
血腥さがみっちりと詰まった小屋に、一人の男がいた。
男は椅子に座っていた。
正確には『座らされていた』
男の両足は椅子の脚に固定され、腰は椅子の背もたれに固定されていたのだ。それだけだと上半身が支えきれないので、首を後ろに反らせ、体重を後ろにかけることで椅子に座る体にさせた。両手には拘束具はない。だらりと垂らされた両腕を拘束する意味がない。
その姿は糸の切れたマリオネットを連想させた。
唯一点けられた裸電球が、スポットライトのように降りている。
「──いい子に待ってたか、ブル」
ブル、と男を呼びながら暗闇から現れたのは、中華包丁を持った小柄な男だった。皮のエプロンから料理人というより、解体業者といった方が正しいかもしれない。
男は中華包丁を皮の鞘にしまい、作業台へと置く。そして分厚い皮の手袋もその上へ置いた。にんまりと解体業者の口角が上がっていく。解体業者は後ろに反ったままのブルの顔を両手で掴み、自身の双眸を合わせる。
ブルと呼ばれた男は、子どもの頃に読んだ絵本に出てくる首だけの猫を思い出した。
だが瞳だけは違った。
目の前の『食材』に対する熱と使えるかどうか判断する静が入り乱れる琥珀の双眸。
曇りガラス越しの森色をしたブルの両目は、余すことなくその視線を受けるも、弛緩薬を打たれた身体は微動だにしない。目の前の男への衝動を押さえつけられたようなものだ。
小さく漏らされた声を、軽く口を合わせることで抑える。ささくれと無精髭のちくちくとした口づけだった。
声が収まればグレゴールの両手はブルの顔面を揉み、キスの雨を降らせる。額、目尻、鼻先、顎。大げさなリップ音は下品であり欲情的でもある。一通り口づけをしてから、唾液を纏わせた舌が、ブルの視界を覆った。
眼球が、ぬるりと、舐められる。
……ん。涙腺異常なし」
紅潮する頬のまま、眼球を舐めた舌を指先で弄ぶ。熱を帯びた吐息ひとつ。小屋の温度が上がる。
グレゴールは革のエプロンを作業台の上へ置き、ブルの膝上へ乗り上げた。
傷一つない耳たぶに歯を立て、柔らかさを確かめるように力を入れる。食い千切ることはない甘噛み。猫がじゃれるようなそれに、ブルは再び小さく声を漏らす。
……ん。鼓膜も生きてる」
ふう、と一息。てらてらといやらしく濡れる舌がささくれだった唇を濡らす。いやらしさが伝播したように、唇が濡れた。それは男を誘う女性のグロスを彷彿とさせ、ブルの中心が仄かに熱が灯った。
口元が弧を描いた、とふやけた頭が認識した瞬間、薄い唇が重ねられた。弛緩剤により緩く開かれた腔内に舌を差し込み、順番に歯を弄んでいく。それは性欲というより、検査に近い動きだった。瞬間、舌に走る電流に指先が痙攣する。
互いの舌を絡めるのを別れの挨拶に、ゆっくりと唇を離していく。グレゴールの口端には赤い滲みが存在していた。
ああ、舌を噛んだのか。
ゆるんだ脳でも理解できる結論であった。
……ん。唾液も量が多くて良い。血もうまい」
うっそりと微笑みながら、ブルの逞しい胸板にしなだれる。剥き出しとなった首筋を甘噛みし、筋を確かめるように舌で沿っていく。若干の塩味は鎖骨の窪みが一等濃く、ちゅ、とリップ音を立てた。
「脈は……ちょっと早いか? まあ常識の範囲内だからよし」
健康診断の結果、異常なし。
そのとき、丁度弛緩剤の効果が薄まり、緩く手を握る。痺れがあるものの、許容範囲内のものだった。

「なあムルソー、ミートパイ食っていくか? 今回は自信作なんだ」
「食べていこう」
「じゃあちょっと待ってろよ。あと仕上げだけなんだ」
ひひ、と含み笑いのまま、グレゴールはキッチンへ引っ込んだ。
ブル──ムルソーはその後ろ姿を見送り、深く椅子へ腰掛ける。先ほどの簡素な椅子ではなく、しっかりとムルソーの体躯を支えられる客人用のものだ。
「なんだ、『食材』、いたのか」
血腥さが漂う店内でも、声の鋭さは変わらない。だがうっすらと厄介そうな色を纏わせた声が、切れ味の悪さを出していた。
白いコック服を赤の斑で彩った店主──良秀はそれを理解し、小さく舌打ちをする。
「今日は『健康診断』の日だったので」
「物好きだな。あいつの食材になりに来るなんて。いや、家畜か」
家畜。言い得て妙である。
ムルソーは自身の首に提げられたネックレスを服から取り出す。銀のプレートが二枚。ドッグタグだった。二枚とも10桁の番号が記されているのは、識別番号である。
家畜の識別番号。
普通なら怒るべきか、嘆くべきか。
「私は──」
彼を通して夢を見ている。
ムルソーは事実を述べる。淡々と。
グレゴールはひたすらに夢を見ていた。この都市で。それがムルソーには眩しく、羨ましかった。
ムルソーにはないものだった。
「私は彼を通して夢を叶えようとしているのかもしれない」
言葉を繋ぐ。謳うように。
「彼が調理した私の肉を、一番に食べさせてもらう約束をした」
その日のこと、ムルソーは忘れることはないだろう。
初めから狙っていたのだろう。本人から許可をもらった瞬間、笑顔の花が咲いたのだ。本当に嬉しいことが伝わる顔だった。何度も感謝され、喜ばれ、そんなに言葉を重ねずとも理解できるというのに。
「それが彼の夢の一歩になるなら」
私は喜んで肉を差しだそう。
「──は。あ・つ・あ」
ムルソーの告白は、良秀によって鼻で一蹴された。