鯖男
2024-03-04 23:00:14
1682文字
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雲のけだものたち

🪓が剣契いた前提。🪓新人時代にもう🪲に目をつけられていた。

闇夜に紛れるは二色の黒。月明かりに煌めくのは複数の銀。
激しい剣戟の音があちらこちらから聞こえる。剣戟による空気の震えが、グレゴールの肌を叩き、血を沸かせた。口元がつり上がるのを抑えきれない。
だが今回の抗争での副組長であるグレゴールの役目は、取り逃した残党の処理だった。
なんともつまらない。
だが組長の命に口を挟むつもりもない。そもそも今回の抗争は小競り合いと言った方がいいぐらい小規模なものだ。副組長が出張らなくてもいいほどのそれ。
まあ、新入りの実戦経験積みってところか。
背に小気味良い剣戟を聞きながら、グレゴールは新人達の無駄死にを防ぎに行く。
折れそうな新人がいれば発破をかけ、有望な新人がいれば一声かける。学校の教員のような生ぬるい見守りをしながら戦地を歩いて行けば、倒壊した雑居ビルの先端が見えた。五階ほどしかないビルなのに、倒壊してますますこじんまりしてしまった。
そんな瓦礫が無数にある中、冴えた剣戟がグレゴールの鼓膜を揺らす。
音の発生源は二色の黒からだ。時折輝く白銀が両者の位置を教えてくる。薄闇の中、影が踊っていた。
時折瓦礫に飛び移り、縦の空間を使いながら縦横無尽に跳ね回るは剣契であろう。やつらは剣士というより曲芸師に近い剣さばきをしていた。
対するは見慣れない女だ。その豊満な身体を包む馴染みのある黒スーツで黒雲会であることは察しがつく。
女は防戦一方で、剣契は勝利を確信したのか踏み込みを深くする。瓦礫を踏み割り、弾丸の如き突出に女は笑った、のだろう。表情は見えなくとも、グレゴールはそう理解した。なにせグレゴールも同じ表情を浮かべていたのだから。
自分から相手の間合いに入ってくるなんて馬鹿な奴だ。
女の剣が燦めき、次の瞬間には鞘に収められていた。まるで間の映像が切り取られたかのような奇妙さ。
抜刀術。黒雲会ではそう呼ばれた技だ。
「最近入った新人だよな。慣れたもんだな」
グレゴールは先ほどの剣契を見下ろし、つま先で遺体をひっくり返す。身体には一筋の斬撃のみが刻まれていた。切り傷は鮮やかなもので、とても素人とは思えない。
剣を持って数ヶ月の新人と異なり、目の前の女の剣さばきは堂に入っていた。
「だが剣契の剣術使えばもっとスムーズにできたかもな?」
「──は、」
それは動揺の一息か、威嚇の一息か。動揺を隠すための威嚇と見て、グレゴールは口元を緩ませる。
冬の女王じみていたというのに、はったりはまだ苦手か。
「剣契に抜刀技術はないのか? 抜刀の瞬間、剣を握り込んでいただろう。そのくせあの早さは脅威っちゃ脅威なんだが、本来は親指と人差し指で挟み込み、残りの指は添えるだけでいいんだ。そうしたら──ほら、な」
グレゴールは構えていなかった。少なくとも女が見ている間は。
だが説明しながら柄に手のひらを這わせ、鍔が親指に触れた瞬間、切っ先は女の瞳に向いていた。
女の瞳には、グレゴールの抜刀が見えなかった。しかし裏路地育ちの負けん気が、黙っていることを許さない。
……鞘を引く?」
……ほう、」
グレゴールの右目が獰猛な光を宿す。一度抜刀して見せ、最後の仕上げが分かったのは数少ない。少ない利口な新人は残らず優秀な戦闘員となった。
剣士ではなく戦闘員に。
グレゴールは踵を返す。剣戟の音が徐々に少なくなってきた。新人研修も終わりの時刻Sである。
「上に報告するの」
その場に残された女は、グレゴールの背に問いかける。
「なんでえ?」
「敵組織にいた奴なんて信用できないでしょ」
「裏切ったら残念だが殺すしかねえなあ」
ちっとも残念そうではない口ぶりで嘯く。その態度に女の緊張は緩んだ。
面倒ななんやかんやより、斬った斬られたの方が単純でいい。
女の思考は単純明快だった。
「だがまあ、」
今は抜ける気はねえんだろ?
確信じみた言葉と共に振り返る。
表情は人好きがするような朗らかさに満ちているというのに、右目だけは炯々としていた。まるで獲物を見つけた獣のようで、女──ロージャは無意識に剣の柄に手を伸ばしていた。