鯖男
2024-02-11 10:15:07
1228文字
Public
 

好餌

人魚香水を売る副船長🪲

何重にもカットされたガラスの瓶は光を乱反射し、中の琥珀色の液体を価値高く見せていた。
ポンプを押すと霧状になった液体が空気中に散布される。鼻孔に届くさっぱりとした石鹸の香りは、男に感嘆の声を上げさせた。
「ほお、これは見事だ」
「でしょう、お客さん。これは人魚香水。U社の湖で捕獲された人魚を用いた香水なんです。U社のお土産にいかがですか?」
店員の男は人好きの笑みを浮かべながら、客に人魚香水を手渡す。店員の風貌はとても店員と思えなかったが、フィクサーが兼任していると思えば不思議ではないだろう。鉤爪を装備した右手は一度とてこちらに向けたことはない。その安全性もフィクサーならではなのかも知れない。
「これはアクアマリンという香りで、果物のような新鮮さと石鹸のような清潔さの混ざって一番人気なんですよ。一番わかりやすいのは素肌に吹きつけた時ですね。体温によって香り
が立ちます」
そう言って店員は手首に香水を吹きつけようとするが、寸でで止まる。鉤爪の嵌められた右腕には吹きつける余分など無かった。あんやあ、と間の抜けた声を上げ、別の素肌を晒しているところを探し始めた。とはいえ、店員の服装はきっちりと着込まれており、顔以外素肌を晒しているところは見当たらない。さすがに顔面に香水を吹きかけるような真似はしないだろうが、客の男は自身の腕を捲り、吹きつけやすくする。
「もしよかったら私の腕に」
「いやいや、もしお客さんが気に入らなかったら申し訳ない。……あ、そうだ」
店員の顔がぱ、と明るくなり、鉤爪で結んだ髪を持ち上げる。そして晒した首筋に数回香水を吹きかけた。
「首なら暖かいのでニオイも立ちますよ。どうぞ」
小柄な店員は髪を上げたまま、客の眼前に立つ。
日が当たらない首筋はとても白く、男とは思えないほどにキメが細かい。まるで誘われるように顔を近づける。これは香りを確かめるためだ、と言い訳を唱えながら。首筋と鼻先がくっつくギリギリ。もはや香水の香りなどわからない。客の興奮じみた熱い息は、店員の首筋にぶつけられる。
「香りの方はどうですか、お客さん」
「は、すう、ふう、は、かおり……?」
「やだな、何のニオイ嗅いでるんです?」
瞬間、店員の口元が凶悪に歪んだ。
「お客さん、あんた誰にそんな失礼働いてんだ?」
「──え、」
客が正気を取り戻した頃には、周囲は屈強な男たちで囲まれていた。一目で分かる荒くれ者。どうよく見積もってもフィクサーとは思えない。
そしてそんな男たちに囲まれるよう、店員は立っていた。汚いものかのように人魚香水を指先で摘まみ、隣の男に手渡す。代わりに渡された煙草を咥え、別の男が火をつける。そして煙を吹きかけられ、男の顔は歓喜に歪む。
それは店員の男を中心としたコミュニティであり、異様な空間だった。
「お前ら~、ゲストの方だ。丁重に扱えよ」
野太い了承の声に飲まれながら、客、否、ゲストはコンテナへと連れて行かれた。