鯖男
2023-08-18 22:33:00
1572文字
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りんばす小話

勉強して覚えたことを試しに書いてみる

右腕を失った神様狸🪲と獣医学部の🌇のはなし

(一人称)
築四十年ほどの安アパートの二階。
そこに私は住んでいた。
ひとたび地震があれば倒壊しそうなほど古びたアパートだが、ただ寝に戻るだけの私にとっては都合がいい。なにせ家賃が安く、大学まで近い。効率的であった。
誰も住んでいないと思われているのか、同じ内容のビラがあちらこちらに貼られている。大家が何もしないならいいのだろう。私も気にしないことにした。
大柄な私は、赤錆目立つ階段を軋ませながら帰宅する。この階段も踏む場所を間違えると底が抜ける危険極まりないものだった。
「ただいま」
「おかえりぃ」
間延びした声は柔らかく穏やかだった。
四畳半の煤けた内装。
綿が抜けた平たい座布団の上には、一匹の狸が丸くなっていた。
「変わりないか」
「ないよ。食っちゃ寝しすぎて太ったかも」
狸は自身の腹を撫で、緩やかに笑った。
狸の名はグレゴール。近くの山を守護する神に位置する狸だった。
『だった』と過去形になっているのは、既にグレゴールには神力が失われているからだ。
神力を失い、ただの狸の姿となったグレゴールは右前足を代償に生き延びたらしい。
全てを失い、生ゴミのように道路に横たわるグレゴールを拾ったのは、獣医学部を専攻していた私だった。
そうして心身ともに療養するために、私のアパートで引き取っている。
──グレゴールは時たま、無くなった右腕を撫でながら山を見つめるのだ。
遠くを見つめるその瞳は穏やかであり、私は背筋が冷たくなる。
長い間、街に貼られ続けているビラ──山の開拓反対デモ。だが便利性を追求する人間が止まるわけもなく。工事の邪魔をする畜生など、気にかけるわけもなく。
お前の腕を切り落としたのは人間なのだろう。どうして恨まない。
以前私がそう言うと、グレゴールは眉を下げ、困ったように笑った。


(三人称一元視点)
築四十年ほどの安アパートの二階。
そこにムルソーは住んでいた。
ひとたび地震があれば倒壊しそうなほど古びたアパートだが、ただ寝に戻るだけのムルソーにとっては都合がいい。なにせ家賃が安く、大学まで近い。効率的であった。
誰も住んでいないと思われているのか、同じ内容のビラがあちらこちらに貼られている。大家が何もしないならいいのだろう。ムルソーも気にしないことにした。
大柄なムルソーは、赤錆目立つ階段を軋ませながら帰宅する。この階段も踏む場所を間違えると底が抜ける危険極まりないものだった。
「ただいま」
「おかえりぃ」
間延びした声は柔らかく穏やかだった。
四畳半の煤けた内装。
綿が抜けた平たい座布団の上には、一匹の狸が丸くなっていた。
「変わりないか」
「ないよ。食っちゃ寝しすぎて太ったかも」
狸は自身の腹を撫で、緩やかに笑った。
狸の名はグレゴール。近くの山を守護する神に位置する狸だった。
『だった』と過去形になっているのは、既にグレゴールには神力が失われているからだ。
神力を失い、ただの狸の姿となったグレゴールは右前足を代償に生き延びたらしい。
全てを失い、生ゴミのように道路に横たわるグレゴールを拾ったのは、獣医学部を専攻していたムルソーだった。
そうして心身ともに療養するために、ムルソーのアパートで引き取っている。
──グレゴールは時たま、無くなった右腕を撫でながら山を見つめるのだ。
遠くを見つめるその瞳は穏やかであり、ムルソーは背筋が冷たくなる。
長い間、街に貼られ続けているビラ──山の開拓反対デモ。だが便利性を追求する人間が止まるわけもなく。工事の邪魔をする畜生など、気にかけるわけもなく。
お前の腕を切り落としたのは人間なのだろう。どうして恨まない。
以前ムルソーがそう言うと、グレゴールは眉を下げ、困ったように笑った。