鯖男
2023-08-14 22:37:23
2541文字
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脳内に居座るコンドーム

🌹🔧ムルグレがコンビニでコンドーム買う話でモブコンビニ店員視点

砂漠の中にひっそりと佇む憩いの場。
燃えるような夕焼けを水墨が押し流していく。空気が冷たさと生臭さを含んだようで、ぼくの足は早くなる。
目的の建物へつくと、そっと裏口から入店する。制服に着替え、タイムカードを押したとき、緊張が和らいでいくのがわかった。
「なんだ、まだ慣れないか」と先輩の揶揄する声に乾いた笑いを返す。
「そりゃそうですよ。この時間、裏路地を出歩くのは結構勇気いります」
治安維持されている巣ならばあり得ないだろうが、裏路地の日が沈んだ頃の治安低下は目に余るものがあった。障害物盗りは当たり前。下手したら人身売買の業者にかち合う場合がある。
そんな危険な時間にバイトに出勤しているのは、ひとえにバイト代の高さだった。
日中に比べると三倍近い。そして深夜近くにもなれば客足が遠のくので、何もせずに給料が発生するのだ。
「じゃあ俺は休憩入るから、店番頼んだぞ」
「了解です」
薄暗いバックヤードから店内に入ると、蛍光灯の白い光が目に痛かった。数回瞬きをし、徐々に慣れさせていく。
店内を見回せば人影はおらず、店内BGMとして、有線で流れている聞いたことのある曲だけが空間を満たしていた。商品の補充や発注は既に完了しており、ホットスナックも適量作られている。仕事がない。
あまり仕事をするつもりはなかったが、さすがに出勤数分後にサボる度量は持ち合わせていない。ぼくは渋々とハタキを持って、スイングドアを開けた。
すると調子外れな入店音に、ハタキをレジ下に放り投げる。
臙脂色の上着の男二人。バラのスパナ工房に務めているフィクサーだ。
ここが裏路地の暴漢に怯えずに経営できてる理由は、彼らにあった。恐らくここに建設した理由もそれだろう。
わざわざ警備巡回させなくとも、近くのフィクサーが立ち寄るようになれば、警備代が浮く。暴漢達もフィクサーが立ち寄る店に強盗に入る愚は犯さないだろう。
勿論立ち寄るフィクサーにも恩恵はある。購入する品物の割引や限定商品の横流し。
こうして軒並み暴漢に寄って潰されたコンビニの中で、唯一の生き残りコンビニが誕生したのだった。
「俺、コーヒー買うけどお前なんか買う?」
「ではエナジードリンクを」
「却下で~す。カフェインの取り過ぎだから水な」
この場に三人しかいないせいか、自然と声がする方に意識が行く。
二人のフィクサーのうち、小さいおじさんは常連客だった。
煙草やコーヒー、軽食などをよく購入する。だが大きい方は初見だ。ぼくのいない時間に来ている可能性も否めないが、かなりシフトに入っているので、それはないと思う。
「少しは食っておけよ。どうせまだ仕事すんだろ」
「あと三つの案件が残ってますから」
「そんなん明日に回しちまえばいいのによ~」
そんな調子でコンビニ内を順繰りに回って、レジに辿り着く。
カゴの中身は飲み物や軽食だ。やはりフィクサーという仕事は忙しいんだろうな。ぼくは将来の進路としてフィクサーにバツをつけた。
「買いたいもんあったら会計前なら買ってやるからな」
……子ども扱いしないでください」
男は不機嫌そうに言うが、そのまま店内を歩き回る。
レジに来たのはおじさんだけだった。
「煙草はいつものでいいですか」
「お、わかってるね。よろしく頼むわ」
棚から煙草を取り、レジに通していく。
「すみません、追加でお願いします」
と、男が血色の悪い顔で小さな箱をカゴに放り込む。ぼくは機械的にそれを拾い、バーコードを読み取った。
コンドームだった。
瞬間、おじさんが吹き出す。
「先輩にコンドーム買わせる奴、いんの……?」
口周りについた涎を袖口で拭い、喉元をヒクつかせた。引いているというより、笑いが収まらないようだった。
かくいうぼくは少し引いた。ぼくにはできない決断。しようとも思わない愚断。
「つーかあんさん、コレ入るのかよ。サイズ小さくない?」
くふくふ、と声に喜色を滲ませながらおじさんは揶揄する。
そうなのだ。男がカゴに入れたコンドームはMサイズで、男の体格から考えるとサイズが合わないだろう。だが万が一、体格に見合わない息子のサイズかもしれないし、一コンビニ店員から言えることはない。
……? これは貴方のですよ」
男は何を言っているのか、と言いたげな視線を一つ寄越す。
「貴方にもコンドーム被せないと仮眠室汚れるでしょう」
「どぉーーーーーー!?!!?」
おじさんは自身の口を覆っていた手で男の口を押さえた。端から見れば、押さえたというより叩きつけたに近いが。
男は叩きつけられた手を剥がし、視線が定まっていない瞳をおじさんに向ける。
ぼくにも経験がある。あれは寝不足の目であり、そんなときに喋ることは脳味噌を通していないのである。
「貴方が零さないならいいんですけど」
「もう黙って頼むから黙って」
「ちなみに私のはもうすぐ切れそうです」
「黙れーーーーーー!!」
揶揄していた時とは一転、おじさんの表情には余裕の欠片などない。震える身体は溢れる感情を抑えてか。そうだろうな。一人で納得する。
ぼくにできることといったら、一刻も早くレジを終わらせ、この時刻から解放してあげることだけだった。
「カードでお願いします」
男は簡素な財布からカードを取り出した。会計が早くて助かる。主におじさんが。
「工房へ戻りましょう」
「ああ……うん」
入店時とは打って変わって、死刑宣告された囚人のように肩を落とすおじさんは、男の後をとぼとぼとついていく。その後ろ姿の寂しさといったら。不幸中の幸いとして、聞いていたのがぼく一人だけだったことだろうか。
自動ドアが閉まる。
ガラスの向こうでは肩を落としていたおじさんが一変、男の襟を掴んで揺さぶっているのが見えた。おじさんが猫なら、全身の毛を逆立てていたに違いない。
だが男は狼狽えた様子も見せずに、おじさんのなすがままにされている。
そして二人はすっかり日の落ちた裏路地に消えていった。
「あれ、お客さん来てたんだ。珍しい。何、バラのスパナの人?」
「あ、はい、そうです」
当たり障りなく答えたつもりだが、ぼくの脳内には、先ほどのコンドームがまだ居座っていた。