鯖男
2023-07-16 17:30:51
1858文字
Public
 

仔犬の秘事

電信柱⛈️×囚人🪲 獣のエゴを使用したことがヒスの気持ちが溢れた話

E.G.Oとは。
正式名称『幾何学的器官の根絶』──とある囚人の砂を噛んだような表情から、自称天才は「幻想体から抽出した武器あるいは防具で、かつてのL社が保有していた特異点でもある」と説明を付け加えた。


紫電が踊る。獣が哮る。
ロングコートにも似た漆黒の毛皮を靡かせながら、獣は鈍器を振るう。ぐしゃり、と今はもう聞きなれた頭蓋が割れる音と雷が落ちる音はほぼ同時だった。
《戦闘終了。お疲れ様》
後方から囚人達の管理人であるダンテの声がする。一般の感覚ならば雷が至近距離で落ちた衝撃で身を縮めそうなものだが、両の指では収まらないほどの戦闘経験で、卵の殻は早々に脱ぎ捨てたようだった。
《ヒースクリフのそのE.G.O、使い勝手良さそうだね》
「あいつの性格と噛み合ってるしな」
鎌を思わせる異形の腕を振るい、グレゴールは苦笑する。遠心力で壁に赤の斑模様を描いた。
ヒースクリフが使っているE.G.Oは『電信柱』
僻地の番犬から抽出されたE.G.Oだった。
外見もその幻想体に酷似しており、月明かりのない夜のような毛で覆われた獣の耳と尾。鋭く伸びた爪は、正しく番犬だ。
《っと……そろそろ移動しようか。連戦なんてしたくないし》
「そりゃそうだな。……お、どうした、ヒースクリフ」
ふ、と影が落ちる。グレゴールが見上げれば、そこには未だ『電信柱』のE.G.Oを纏ったヒースクリフが立っていた。それだけならいい。だがグレゴールが問うたのはヒースクリフの表情を見たからだ。
先ほどの好戦的なものから打って変わって、随分と静かだった。穏やかとはまた違う。無表情ともまた違う。森の奥に潜む水面の揺れ一つない湖畔のような静謐さ。──普段のヒースクリフとはイコールで結べないものだった。
「旦那……コレ……
《E.G.Oは使い終わったら自動的に解除されるはず》
ダンテの分針がカチカチと普段より早く動く。それはダンテが狼狽えていることに相違ない。そもそもダンテの言うとおり、E.G.Oは使い終われば自動的に解除される。パッドを通して変換する人格とは異なるのだ。
「旦那は手を出すなよ。何が起こるかわからん」
突き出された手にカチン、と分針の音で答える。その際、不服そうに感じたがグレゴールは見ない振りをした。自身が傷ついたところでダンテが時計の針を戻せば回復する。だがダンテが死にかかれば回復する術はないのだ。
「どうしたヒース~? 電気たくさん出して疲れちゃったか~?」
視線を泳がせながらの猫なで声。以前、仲間内から散々なじられた演技の下手さがここで響いていた。どれ程響いていたかというと、ダンテが天を仰ぎ、いるかどうかも分からない神に祈りを捧げているのを視界の端で捉えたほどに。
「あ、はは……
残されたのは虚しい乾いた笑い。その間、ヒースクリフの表情は変わることはなかった。
だが次の瞬間、二人は息を呑んだ。
なにせヒースクリフがグレゴールの首筋に顔を埋めたからである。
後天的に生えた耳がグレゴールの頬を撫でる。尾がグレゴールの足に絡みつく。すうはあ、と熱い息が首筋を擽り、引きつった悲鳴をあげる。
《だ、大丈夫、グレゴール?》
「だ、だ、だいじょばない。息が、首に、」
《まあ命の危険はないし、それぐらいだったら我慢し、》
ボーン! 言葉を言い切る前にダンテの悲鳴とも呼べる時計の音が鳴る。悲鳴。正しく悲鳴である。
ヒースクリフは事もあろうに、下半身をグレゴールの腰にこすりつけていた。
動物を飼ったことがない(記憶喪失なので飼ったことはあるのかもしれないが)ダンテにはもう『そういう行為』にしか見えなかった。身体を擦り付けてニオイを嗅いで下半身を擦り付ける。これで性的な意味がないわけがない!
《グレゴール、その、えっと、》
まさか同僚に性的に見られていたなんて伝えられるはずもなく、ダンテは両手を振りながら言葉を選ぶ。
まさか獣のE.G.Oを使ったから本能に従ったってこと?
「──旦那」
グレゴールの声には危機感が滲んでいた。
まさかヒースクリフの気持ちに気づいてしまったのか?
ダンテの両手は左右に広げられたまま止まり、まるで磔にされた罪人のような思いだった。
ええん……同僚の色恋沙汰に巻き込まれるなんて……
「もしかして餌だと思われてんのかな?」
「ばーーーーーーーーか!」
時計の音がダンジョン内にこだまする。
その間もヒースクリフはグレゴールの腰に下半身を押しつけ、首筋のニオイを嗅いでいた。