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鯖男
2023-06-14 20:14:30
2095文字
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此岸にて地獄
裏槍盾。ラフフィロしんでます。
本当の地獄は此岸で生み出される。
酷い有様だった。
戦争など夢物語なほどに関係ない世界から召喚されてきた元康は、浅く息を吐く。
ついで息を吸えば肺を満たす煙と血のニオイ。
土煙ならまだ救いはあった。煙は家財が焼け落ちた残り香であった。まるで炎の化け物が舐めていくように、火は次々に燃え移っていったのだろう。
既に事が終わってから到着した元康にはあずかり知らなかった。
仲間は置いてきた。それが正解なことに安堵の息を漏らす。
こんな悲惨な光景、彼女たちの瞳に映したくはなかった。
「誰か
……
誰かいないのか!」
声を張れど、未だ黒い煙を残す残骸が声を吸収し、あまり遠くには響かない。それでも元康は少しでも遠くへ、と両手で筒を作り口元へ持っていく。即席のメガホンだ。
「誰か! いないのか!」
留まっていても埒はあかない。見落としがないよう歩きながら、左右に向かって声かけを続けた。
細い黒い棒を見つけた。それは子どもの腕だった。炭化するほどの火力だった。
ロープを見つけた。それは人の腸だった。すぐ近くに持ち主だったであろう男の上半身が落ちていた。
黒く染まった地面を見た。それは多量の血液だった。家の瓦礫の隙間からこぼれ落ちていたようだった。
数歩歩く度に胃が重くなるのを感じ、瓦礫の隅で嘔吐する。すえた汚物を残したとて、廃墟で文句を言う者もいないだろう。その事実に元康は再度吐いた。
「だれ、か
……
」
胃酸が喉を焼く。だが呼びかけを止めるという選択肢はなかった。
一人でも。独りだけでも生存者がいれば。
「誰か、いるのか」
数時間ぶりの他者の声だった。
否。数分ぶりかも知れない。時間の感覚が狂い始めていた。だが元康にはそれでよかった。
認知が狂い始めている。
第三者がいればそう言っていただろう。たらればの話だが。
「──ぁ、」
「尚、文
……
」
声の主はあまり良い関係と呼べない人物だった。
それは相手も同じだろう。突然顔をあわせた気まずさで悪態をつくだろう。
そう思っていた。
「元康、お前、回復魔法使えたよな!?」
「え、ああ、軽いやつなら
……
」
突然の問いに元康は答える。
元康の適正魔法は炎と回復であり、炎を介した回復魔法が微弱だったが使えた。だが回復魔法なら尚文の方が効果が上である。元康も知っていた。
なら今の尚文の問いはなんなのか。歯車が噛み合わないような気持ち悪い違和感が、元康の心をゆっくりとノックする。
「来てくれ。頼む」
言うやいなや、身体がつんのめるほどに腕を引っ張られる。一瞬文句を言おうと口を開くも、空気を食むだけで終わった。
元康は男の横顔を見たのだ。焦燥した顔。眼下の窪みが言い表せない絶望を感じさせた。周囲の状況から、嫌な想像が足下から這い上がろうとする。それを振り切るよう、元康は尚文と併走した。
拓けた広場があった。それは周囲の民家が跡形もなく無くなったためにできたもので、瓦礫の隙間から伸びる手足がそれを証明していた。
広場の中央に二人の人影があった。
地獄の中心だ。
真っ先に浮かんだ言葉は間違いではない。一歩ずつ近づく度にその思いが強くなる。
「フィーロ、ちゃん
……
ラフタリア、ちゃん」
横たわるは少し薄汚れた二人の女の子。
『少し』で留まっているのは尚文が血を拭ったり服を整えたりしたからだろう。三人の関係を思えば容易に想像がついた。
「元康、回復魔法を頼む。俺はMPが尽きて
……
。なあ、頼むよ。何でもするから
……
」
縋り付く手は酷く心許ない。まるで迷子の子どものようで、放っておいたら自壊しそうな危うさを滲ませていた。
「回復って
……
」
少女達の顔を見る。寝ているような穏やかな顔。新雪のように真白な肌。すぐにでも豊かな睫毛を震わせて目を覚ましそうだった。
だが元康は尚文を出会うまでに、両手では収まらないほどの死骸を見てきた。
焼死体や切断された死体と彼女達は比べものにならないが、共通するものがあった。共通するものを理解してしまった。
魂を感じなかった。
「
……
無理、だろ」
「なんで?」
尚文は小首を傾げる。本当に分からない、と言いたげにこてん、と傾けられた首に、背筋が凍った。
ああ、こいつ、ここまでわからなくなってるのか。
哀れみか同情か、はたまたその両方か。元康は鼻の奥がつんと痛くなる。
「回復してくれよ。なあ。もし駄目ならMP回復薬売ってくれ。そしたら自分でやるから」
なあ、と腕を引く。弱くて憐れで悲しい子。
「む、無理、だ。だって──」
二人は死んでるじゃないか。
震える形の良い唇からは、掠れた呼吸ばかりが漏れる。
言えるわけがない。
尚文の命を刈り取るその言葉は、元康の腹の中に滑り落ちる。
いたくて、いたくて、零れる涙が止められなかった。
「元康、泣いてる暇があるなら回復してくれよ。なあ、」
「っぐ
……
ふう、ひぐっ
……
なお、ふみい
……
」
「なあ
……
起きたとき、傷だらけでかわいそうだろ? だから
……
」
そのとき、廃墟の中心で二人の勇者が終わってしまった。
小さな小さな村で起きた小さな小さな地獄のはなし。
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