鯖男
2023-03-29 18:26:00
4349文字
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憧れの鎧装

夢幻召喚するデイビットくんの話。テスデイのつもり

夢幻召喚(インストール)。
クラスカードと呼ばれる礼装を介して英霊の座へとアクセスし、クラスに応じた英霊の力の一端を写し取り、自身の身体を媒介に疑似召喚すること。
時計塔に属さない小さな魔術師の家系で生まれたものである。
発見された当初、カルデアの研究員は感嘆や困惑の声を上げた。
その魔術式は自身の英霊化に他ならなかったからだ。
当時行われていた『デミサーヴァント計画』の頓挫から、研究員の目がそちらに向くのは当然の帰結であった。

真白に漂白された空間。白亜の箱庭の中央にデイビットは立っていた。
手にあるのは一枚のカード。タロットカードにも見えるそれには、女教皇のような理知的な女性が描かれている。
ガラスを隔てた向こう側には数人の研究員と、それらを統括する才女がいた。
聡明さと有望さ。そして僅かながらの好奇心を瞳に秘め、才女はマイク越しにデイビットに問いかける。
「デイビット、聞こえるかい」
「問題ない」
静かなる是に才女たるレオナルド・ダヴィンチは「よろしい」と鷹揚に頷く。
「今回キミに行ってもらうのは夢幻召喚だ」
実行できれば単純計算として、レイシフトにて連れて行けるサーヴァントが倍になる。よしんばサーヴァントレベルといかなくとも、人間より生存確率は大幅に上がるだろう。レイシフト適正のあるマスターは少ない。
「本来ならば夢幻召喚よりも限定展開の方が実用化が早そうなんだが、できそうな者がいるのに試さない手はないからね」
限定展開(インクルード)。
礼装にクラスカードを読み取らせ、武器のみを顕現させること。
これも夢幻召喚と同じ家系で生まれたものだ。
夢幻召喚と異なり、武器のみの顕現ならば身体の負担も最低限で済む。補給もままならないレイシフトならこちらの方を優先して実用化させるのは当然と言えよう。
だがダヴィンチは敢えて夢幻召喚の実験を決行した。
「ダヴィンチさん、本当に大丈夫ですか」
研究員の一人が問う。この実験に白羽の矢が立った青年を見る目は酷く怯えきっていた。それは実験に対してなのか、はたまた青年に対してか。
「大丈夫なように魔術防壁も物理防壁も何重にもかけたし、デイビットにも防壁加護がついた礼装を身につけさせた」
過剰とまでに思える防壁は、夢幻召喚への未知数の現れだった。最悪、カルデアは貴重なマスターを失うことになる。それでもダヴィンチがこの実験を実行に移したのは、ひとえにデイビット・ゼム・ヴォイドという男の未知数さである。
虚(うろ)のような男。
周囲の人間とは何かが異なる男。
何か。
名状しがたきソレは確かに存在しているが、誰一人として指摘は出来なかった。
『なあなあ』にしたのである。
その『なあなあ』に一条の光を見たダヴィンチが、今回の実験をデイビットに提案したのだった。
「キミに渡したのは調停者(ルーラー)のクラスカードだ。そこから英霊の座へとアクセスし、キミのサーヴァント、テスカトリポカの情報を自身の身体へと降ろす」
ダヴィンチは計算され尽くされた美貌を若干歪める。無茶を言っている自覚はあった。例え力の一端であろうと、サーヴァントは強大である。ましてデイビットのサーヴァントは神霊だ(さすがに神霊をそのままサーヴァントにはできないので、テスカトリポカ自らが依り代として肉体を創ってくれた。なんともありがたい神である)。情報量は並のサーヴァントの比ではない。
「あの……今からでも近代のサーヴァントに変更することは出来ないんでしょうか?」
おずおずと発言する研究員の言葉も尤もだった。優劣をつけるわけではないが、やはり神霊と人間霊では情報量、ひいては夢幻召喚の成功率が変わってくる。勿論ダヴィンチが考えなかったわけではない。
「夢幻召喚の実験を行うための条件として、夢幻召喚を行うならばテスカトリポカ以外は断ると明言した」
「──そういうこと、なんだよね」
デイビットの黄昏色の双眸は、ガラスの向こう側に向けられる。それにダヴィンチ以外はやんわりと目を逸らした。
提出されたプロフィールには魔眼持ちなどは書かれていなかったが、男の瞳には言い知れぬものがあったのだ。自身の裡を覗き込まれるような気味悪さ。未知に手を伸ばすのが研究者と言われようが、根源的な恐れには敵わない。
一方ダヴィンチはというと、眉を下げながらもその顔には落胆はない。
「では、心の準備ができたら始めてくれ」
はあ、と息を吐く声を拾う。ため息ではなく、身体の余分な酸素を吐き出すためだ。それだけでデイビットの準備はできあがった。
テスカトリポカ。
デイビットの呼びかけに唯一応えた全能者。チームメイトにも明かしていない『成すべきこと』に賛同してくれたカミサマ。デイビットの共犯者。
カードへ魔力を送る。正確には『魔力に近しい宇宙由来のもの』を。英霊の座にアクセス。必要な情報を引き出し、自身の身体に転写していく。
自身の身体に英霊の膜を張るように。
自身の身体に神の衣を纏うように。
心臓が早鐘を打つ。身体に負荷ががかかっているからか、とデイビットは他人事のように思う。が、すぐさまいや、と否定する。
テスカトリポカは生贄から心臓を捧げられる神である。テスカトリポカの情報が入ってきたせいで、デイビットの身体が心臓を捧げようとしているのだ。
歓喜するように。
回帰するように。
「ああ、くそ──」
デイビットは珍しく悪態を吐く。自身の堪え性のなさに唾を吐きたい気持ちだった。
慌てるな、と胸を掻く。契約したときからこの心臓は彼の神に。
「テスカトリポカ──」
呟かれた言葉は濃密な魔力の放流によって掻き消される。
余談だが、もしそれが聞かれていたのならば、デイビットが言ったとは思われなかっただろう。
なにせその声は、祈るような切実さを秘め、奮戦の雄々しさを携え、愚直なまでの信頼が込められていた。
一方、ダヴィンチ側の空気は緊張に包まれていた。
研究員の一人の視線が、空間を隔てる強化ガラスの端に向けられる。そこには僅かながら細い罅が走っていた。普段ならば老朽化か、まあ取るに足らないことだろう、と端に置けた。だが今回はそうもいかない。
異例の人体実験なのだ。
十全に十全を重ねられた防護壁の過半数はダウンし、物理魔力双方の加護がつけられた強化ガラスに罅が入る。魔術師としてよりも、研究員としての色が強いカルデア職員にとって、この現場は戦場当然だったのだ。
「だ、だっだ、だ、」
ダヴィンチさん、と情けなくもこの場において最高戦力の彼女へ助けを求める研究員を誰が責められようか。か細く喉を震わせるだけの者と比べれば、声が出るだけ立派なものだった。滑らかな頬を緊張の汗が伝う。それだけでも彼女を美しさを際立たせるオプションとなるのだから最早呪いめいていた。その呪いを男らしく親指で拭い、花が綻ぶかのように表情を和らげる。
「──もうすぐ彼のカミサマが来るよ。もしかしたら怒るか、笑うか……。幸運も不運も彼が司るからなあ。まあ出たとこ勝負ってことで」

「俺に何も言わないで、随分楽しそうなことしてんなあ、おい」
数分後、ダヴィンチの予想通りの来訪で、周囲の研究員達の緊張が高まる。
月明かりを紡いだと言われても納得する美しい金髪、瞳を覆い隠すサングラス、現代風の衣装。一見すればこの場にそぐわない人物だった(研究者とも一般人とも思えない風貌である)。だが同じ空間にいれば、嫌でもその男の特異性に気がつかされる。
たたき込まれる。
「パス繋がってるんだから分かったんじゃないのかい」
「分かってても、直接聞いてねえんだよ」
男は細く長いため息を吐きながら首を振る。俳優のように大仰な動きだが、男の風貌も相まってひどく様になっていた。
男の名はテスカトリポカ。アステカ神話の神であり、デイビットのサーヴァントであった。
「で、うちのマスターは?」
「ガラスの向こうだよ」
ダヴィンチは操作パネルから唯一の出入り口を解錠する。そこを通るとき、テスカトリポカは「まあさ、」と雑談を切り出すかのように口を開いた。
「戦いが激化するのは願ったりだが、『アレ』は人間の手には余るだろ」
『アレ』とは自身のマスターか夢幻召喚か。はたまた両方か。
美女は下品にならない程度に顔を歪ませ、矜持からか口元だけで微笑む。
辛うじてモナリザを保つ。
自覚はあったのだ。
デイビットは成人しているとしても、過去の残滓たる英霊からすれば幼子だ。実験によって生まれたマシュなど本当の意味での幼子である。
悲しい意味での幼子である。
それらを投入しての人理修正。
非人道ここに極まれり。
……ご忠告、痛み入るよ」
苦々しく漏らされた言葉を背に受け、テスカトリポカは手を振りながらデイビットの元へと歩んでいった。
ガラスの向こう側は、霧散した魔力によって濃煙がたちこめる。だがテスカトリポカは『煙を吐く鏡』を冠した神だ。ふう、と一息吹くだけでモーゼの海割りの如く、煙の道が開かれる。そしてその先には目的の人影があった。
「テスカトリポカ」
ぱちり、と視線が合う。
瞬間、テスカトリポカはデイビットの黄昏色の双眸から僅かばかりの喜色に気づいた。それは感情の起伏が穏やかな男にとって珍しいことだった。
今回、ダヴィンチの行ったのは人権を最大限考慮されているが、簡単に言えば人体実験だ。『人は善い行いをする』という呪いじみた言葉を寄る辺にしているデイビットなら、二つ返事で引き受けるのも理解している。どこに喜色を滲ませるような琴線に触れたかがわからない。
「どうだろう、魔力の膜は確認できるのだが、サーヴァントからみて戦闘に耐えうるだろうか」
自身の状態について淡々と評価する姿は普段のデイビットである。だが星屑を流し込んだ瞳は、うるさいくらいに輝いていた。まるで憧れのヒーローになりきる子どもだ。
ひーろー? まさかな。
テスカトリポカは何気なしに浮かんだ言葉を一蹴した。
「ああ、いいんじゃねえの。ジャガーの戦士そのものだ」
ジャガーの戦士。
テスカトリポカの表現はまさにその通りだった。
宇宙服を連想させる黒のライダースと手甲に嵌められた鉤爪。尾てい骨から伸びるのは尾を模した鞭である。左足には黒曜石のソルレットが嵌められていた。
微細な違いはあれど、その姿はテスカトリポカのジャガーの側面が強く出たものである。
「ただなあ、」テスカトリポカには珍しく、なんとも歯切れの悪い。
「それ、そんなに身体のライン出てたか?」
……今度、シミュレーターで自身の服を見てみるといい。同じようなものだぞ」