鯖男
2023-02-01 16:36:01
1401文字
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とう+もぐ

副タイトルは『縄で縛られてるももゆきえっちすぎわろた』です。

土に潜っていた蝉が鳴いていた。
空気には熱が籠もり、呼吸をする度に肺に熱が溜まっていく。
夏である。
七月の半ば。八月を控えてこの暑さ。藤史郎はYシャツのボタンを一つ開け、申し訳程度の風を送った。
噎せ返るほどの草のニオイ。舗装されていない大通り。時代に取り残された建造物。まるで昭和辺りにでもタイムスリップした気分となった。
人の気配は恐ろしいまでにない。まるでココだけ人間が消滅したと錯覚させられるほどに。錯覚。
路地を縫うように歩き、大通りに出れば見覚えのある女性が打ち水をしていた。
じっとりとした暑さの中、涼やかな顔をしている。上下黒で揃えられた服だというのに暑苦しいという印象はなかった。それは女性の雰囲気や立ち振る舞いの気品からだろう。
こんにちは、と意味合いで軽く頭を下げられる。常に浮かべられている微笑が歪んだのを藤史郎は見たことはなかった。藤史郎も応じるように頭を下げる。
女性が経営している駄菓子屋の隣。
打ち棄てられた、という表現が的確な昔ながらの銭湯だった。
よく言えば歴史を感じられる、と言うべきだが、所々の罅や黄ばんだ壁蔦が廃墟を連想させるのだ。玄関には『金物修理、応相談』というかまぼこ板に書かれた看板と手書きのモグラの絵が取り付けられていた。銭湯だけでは儲けが出ないからだろう。
数回ノックをする。引き戸の嵌めガラスがガシャガシャ鳴り、立て付けの悪さに眉を顰める。これ以上ノックをすれば割れてしまいかねない。藤史郎は一声かけ、引き戸を開けた。鍵などはつけられていなかった。
「あ、藤史郎。丁度よかった」
ぱ、と人好きがする顔を上げ、家主である百暗が応対する。
対する藤史郎は平たい目を向けた。
原因は百暗の腕に絡まる縄にある。
百暗が肌身離さず持っているランタン。それを括り付けられている真紅の縄。
その縄がまるで百暗の両手を拘束するように絡みついていた。
手首を拘束するだけないまだいい。縄は二の腕まで絡まり、犯罪者への拘束か、と見紛うばかりであった。
「何をしている……?」
「いや、ちょっと絡まっちゃって……。悪いけど解いてくれよ」
指先だけで手招きをし、作業台の上に両手を放り投げる。一緒に転がるランタンからは、弱々しく青白い光が漏れていた。以前見たときはもう少し明かりが強かったはずだが。弱まった原因に察しがつき、それ以上考えることを止める。藤史郎がいくら言ったところで百暗の厄介な性格は変わりはしない。曾祖父の時代からそうなのだ。恐らくそれ以前からもそうなのだろう。
平たい目のまま、百暗を睥睨する。自他共に認める目つきの悪さだが、百暗にとっては普段と変わらないようで、さあどうぞ、と両手を突き出してきた。
少し黒みを帯びた赤い縄と余計な肉がついていない骨張った手。腕など着流しとパーカーの上から縛られていることを差し引いても随分な細さだった。
縄は何重にも絡まり、百暗を拘束している。それは罪人のレッテルでもある。足の拘束はなく、腕の拘束だけ厳重。まるで自分で地獄を回らされる亡者のようでもあった。
「藤史郎?」
上目遣いの男は幾分幼く見えた。完全に藤史郎を信用しているからだろう。警戒心を微塵も感じさせない。
「解いてくれよ、なあ」
甘えが滲むその声は砂糖というより毒に近い。鼓膜から染み渡り、脳を犯していく古来からの毒。人はそれを誘惑を言う。