鯖男
2022-12-14 15:32:51
1951文字
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リンニク

ばんせいがいリンニク。
ニックのお目々の例え話

貴方の瞳はまるでイエローダイヤモンドみたい。高貴で眩しくて……どこか魔的な輝きが魅力的。
世界の財を注ぎ込んだから、そんな美しくも禍々しい金色をしているの?
知っているかい? 東洋の力ある妖怪は金目らしい。キミにぴったりだね、ニック。

ニックは思い返していた。
ベッドの中の相手の賛美。感嘆。愛欲。
人の機微に敏感な男は、うっそりとした笑みでそれらを受け止める。そうすると相手は満足げに目を細め、行為をねだってくることを知っていたからだ。
嘘とは思っていない。相手に言われた言葉は、真っ直ぐニックの心に届き、土に水が染みるように広がっていく。
しかしそれが養分にはなっていなかった。ただ染みこんでいくだけ。蒸発すれば乾くのだ。延々と相手を取り替え、身体に相手の言葉を染み渡らせていく。乾くだけと分かっていても、求める姿は強迫観念にも似ていた。

……また来たのか」
「やほ」
天使の一瞥に慣れたのか、悪びれた様子もなく、ニックはドーナツを銜えたまま軽く手を上げる。リン手作りのドーナツを隠そうとしないところも慣れである。
額縁の端から覗く魔方陣を見咎め、リンのこめかみがぴりつく。あ、これは消されるな。ニックはすぐさま第一魔方陣の廃棄を決意した。
第一、である。
第二、第三の魔方陣とまだあるのだ。
「いい加減玄関から来たらどうだ」
「いやあ、今更玄関から来るのもなんかなあ」
それに魔方陣から来た方が悪魔っぽいじゃん☆とウインク混じりに答えれば、リンはため息で一蹴した。
「コーヒー、飲むだろ」
「え、まじ? サーンキュ」
リンはエコバックを冷蔵庫に入れ直すべく、台所へ引っ込んでいく。ポットに水を注ぐ音。コンロをつける音。袋の擦れ合う音。些末な生活音だった。
だがニックの生活にはあまりない音でもあった。
──実を言えば、玄関から来るのには抵抗があった。
許されている、と錯覚するのが怖かった。
受け入れられている、と勘違いするのが怖かった。
それらが勘違いじゃないかもしれないのが怖かった。
だから不法侵入をしていた。
招かれざる悪魔のポジションに座り込んでいた。
最後の一口であるドーナツを口に放り込み、咀嚼する。素朴なミルクドーナツであり、甘味が特別好きというわけではないニックも、何個か食べたい味だった。
やがてコーヒーの香ばしい香りがリビングに広がっていく。
「はい、どうぞ」
「あんがとな~」
砂糖とミルクは用意されていない。それはニックがブラックで飲むことを知っているからだ。そんな小さなことでさえ、ニックの心に明かりが灯る。
「またおやつ勝手に食べて……
「美味かったよ。また作って」
「今度はクッキーでも焼こうか」
「俺、ジンジャークッキー食べたい」
「はいはい」
ニックの要望にリンは薄く笑う。雰囲気の柔らかさから、嫌々ではないのは理解できた。ニックの心は更に明かりが灯り、ほこほこと温かさまで感じるところにあった。
そしてふと、リンの青灰の双眸とニックの金の双眸がかち合う。
「──あれ、ニック、キミの瞳、」
『イエローダイヤモンドみたい』
『世界の財を注ぎ込んだから、そんな美しくも禍々しい金色』
『東洋の力ある妖怪は金目』
老若男女様々な相手の賛美が脳内を駈け巡る。
宝石に例えられた夜を思い出す。
魔性に愛された夜を思い出す。
この天使の男からも、そんな夜を渡されるのだろうか?
ニックは冷め切ったコーヒーでどうにか喉を濡らす。
「べっこう飴みたいだな」
「べっこう……あめ?」
「知らないか。砂糖を焦げないように火をかけて溶かした飴だ。綺麗な飴色をしてる」
「それって……高価だったりする?」
「? いや、鶴とか細かな細工がされてれば高価だが、材料は砂糖のみだからな……安いんじゃないか」
「へえ……そう……
「なんだ、高価な方が良かったか?」
「いや、そういうわけじゃなくて! なんでかな、と思って」
「うーん……べっこう飴は綺麗なのもそうなんだが甘いんだ。そして苦かったりもする。焦がしてしまえばカラメルだからね。綺麗で甘くて苦いのがキミにそっくりだ」
「────は、」
綺麗で、甘くて、苦いのが、キミにそっくりだ。
リンの言葉を反芻し、首から上が熱くなる。
ニックは咄嗟に顔を覆い、テーブルに突っ伏した。だが山羊の耳や尻尾は正直で、ぴるぴるぷるぷると右往左往している。
「目の色の話じゃねえの!?」
「目の色はべっこう飴の色だろ。綺麗で甘くて苦いのはキミの話だ」
「いやっ、ちょっと待って! キャパオーバーだから!」
「随分とハイスクールの子みたいな反応するな」
「お前だけだよ!!」
「そうか、私だけか。それは気分がいいな」
「んもう!!!!!」