鯖男
2022-08-18 14:29:26
1826文字
Public
 

モブ目線のピノホロ

SF終わって10年後、ピノのとった弟子(名もなきモブ)目線のピノホロ。

木々の隙間から差し込む陽光に目を覚ます。
僕はぼやけた頭をはっきりさせるために、二三度目を擦り、周囲を見渡した。
そこは森の中だった。
だが適度に剪定されており、鬱蒼とした印象は受けない。それどころか、木々による緑のカーテン越しの柔らかな明かりは、どこか幻想的でもあった。
その光を一身に受けているのはこじんまりとした一軒家だ。
外壁は随分と年季が入っている。だが古いというよりも、年代物という印象が強い。それは作りがしっかりしているからだろう。日陰になるところでは様々な種類の薬草が天日干しされていた。師匠はその辺雑な人で、薬学の勉強の一環として薬草の知識はあるものの、使用するのは専ら市販薬だった。つまりこの天日干しされているのは、僕の学習教材だ。
そこで思い出した。そういえば僕は玄関近くの木々の剪定と掃除を頼まれていたのだった。
剪定はつい数日前にしたのであまり伸びていない。掃除も朝行ったので必要ないだろう。
だが師匠は否、と答えた。そこまで綺麗好きというわけでもなかろうに。僕は首を傾げるも、それ以上の追求を止めた。
とはいえ、剪定も掃除もするところがないのが事実だった。ならば時間を潰すしかないだろう。
さっきまで夢の中だった原因がわかった。すっきりしたところで僕は風通しのいい日陰に寝転がり、目を閉じる。都市に住む人からすれば、防犯意識の低さに顔を顰められそうだが、そんな必要はない。
ここはドルイドが治める土地であり、僕はそのドルイドの弟子なのだから。

「申し開きはあるか」
「ないです……
結論から言えばサボっていたことが師匠にバレ、愛用のヤドリギの杖でしこたま殴られた。
ドルイドは神官や裁判官など特権的地位と聞いていたが、僕の師匠はどうやら違うようだ。
しかし薬学や占星学など知識は広く深い。知識があるくせに暴力で訴える僕の師匠はなんなんだ。
「まだ何か言いたいことでもあんのか」
僕の心を読んだのか、師匠は振り返る。
月明かりのように淡い金髪の隙間から覗く藍鼠色の瞳。女性が見れば熱っぽいため息を吐き、男性が見れば嫉妬の念を向けられる。女神も好む端正な造形だった。惜しむらくはアイリッシュヤンキーも真っ青なガンくれを披露しているところなのだが、ここには師匠と僕しかいないのでいいのかもしれない。いやよくない。未成年にガンくれる三十路怖すぎるだろう。端正な顔立ちが恐ろしさを更に増している。
「おめーはよ、言われたこともできねえのか」
「でもこれ以上剪定したらハゲちゃいますよ。なんかあったんですか?」
僕の質問に師匠は口元をもごつかせる。言いづらい、というより言葉を選んでいるような。やがて師匠は口を開く。
「客が来る」
「お客さん?」
「だから綺麗にしとけ」
師匠はソレを最後に奥の部屋へと引っ込んでいった。
僕はふむ、と首を傾げる。今まででも客人は何人も来た。同じドルイドである男性や師匠の大学時代の友人、十年ほど前に開催されたというシャーマンファイトのチームメイト。だがそのいずれも普通の対応だった。今回のように改めて行う庭の手入れや掃除など行ってこなかった。
「一体どんな客が来るんだ」
師匠の恩人か好意を向けた女性か。いずれにせよ師匠のプライベートが明かされるのだ。僕は殴られた頭を撫でながら、好奇心に揺れる胸を押さえることが出来なかった。

次の日、日が真上にのぼった頃、けたたましいインターホンが鳴った。このうるさいインターホンは毎回心臓に悪いので、さっさとリフォームしてほしい。師匠に進言したところで「おいおいな」と流されるのが関の山なのだか。
「はいはい、どちら様ですか」
「すいません。ピノ・グレアムさん、ご在宅ですか」
最初に目に入ったのは日の光すら跳ね返す銀の髪──白銀に近いのかも知れない。師匠の月明かりのような金髪と正反対の色だった。顔立ちは幼く見えるが、アジア系だから実年齢はまた異なるのだろう。ラフな服装は、とても外国旅行に来たようには思えなかった。だがそれぐらい気楽に訪れる間柄なのか、と推察してしまう。
まさか師匠が言っていた『客』とは彼のことなのだろうか。
「えっと、」
「あれ、俺の英語おかしかったか。なあ、ピノいる?」
「ホロホロ、俺の弟子、ビビらせてんじゃねえよ」
「なんだよ、いるじゃねえか」
男は破顔し、僕の後ろを見やる。後ろには奥の部屋から出てきた師匠が立っていた。