鯖男
2022-07-26 11:33:29
1100文字
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ワンライ作品『夏、梅雨』

ピノホロのおうちデート(?)

鈍色の雲が空を覆っていた。
遠くが霞むほどの雨のカーテンは、気分すら落ち込ませる。窓に額を当てればほんのりと冷たい。だが湿度の高さから、救いのような冷たさは一瞬で消え去った。
……エアコンつけねえの」
ピノは額から滲み出る汗を拭う。客としてあるまじき要求だが、久々に来た日本での湿度地獄に辟易しているのが容易に見て取れた。せっかく遠出してもらったので、ホロホロとしても要求は受け入れたい。
だがホロホロから手渡されたのは、柔軟剤のニオイが仄かに香るタオルだった。
「うちは七月入らねえとつけちゃならねえんだと」
「ああ、お家ルールね……
六月の下旬。あと数日もすれば七月だった。
「つーか雨長くねえ? 一日中だろ」
「?」
ピノの言葉には違和感があった。
「一日中というか、梅雨時期は月の三分の一くらい雨だぞ」
「はあ!? んな降ってんの?」
「そっちは降らねえの?」
「一日中同じ天気ってのがねえな。降ったり止んだり繰り返す」
「うわ、洗濯物干しづれえじゃん」
「なんで? 干しっぱなしでいいじゃん。二三日出してりゃ乾くだろ」
「うわあ……
「マジトーンのうわあ止めろよ。同情の目も止めろ。おい。こら」
ピノの両手がホロホロの頭を鷲掴む。揉むように掻き回せば、非難の声が上がってきた。だがその声色は存外怖くはない。近くまで踏み込むのを許されている気になる。口元が緩むのが抑えきれなくなった。だがホロホロが頭を上げる気配がないのでよしとする。
「うわ、ほんと、止めろって……
笑い声を殺しながら額を覆っていたタオルを外す。じゃれ合いの中で緩んでしまったのを結び直すためだ。だがその手はもう一つの手によって止められてしまった。
「なんだよ」
見上げる瞳は、疑いの色など微塵もなかった。信用をそのままぶつける子供の目だった。
だからこそ、悪戯心が芽生えたかもしれない。
ピノはホロホロの額の生え際を指でなぞり、おもむろに鼻を当てた。小さく吸えば、洗髪剤と汗のニオイが混ざる。
「っば! おま、何してんの!?」
反射的に突き飛ばされるが、そこは大人と子供の体格差である。鍛えられた身体はびくともしなかった。それどころか両手を取られ、反撃の術すら奪われる。謂わば恋人繋ぎのようなそれ。
「待てって……冗談キツい……!」
声に焦りが滲む。だが嫌悪は感じなかった。それはピノの思い込みかもしれないが、ブレーキは壊れていた。
全て湿度のせいだ。
皮膚の薄い指の股を合わせた指先で愛撫すれば、借りてきた猫のように大人しくなる。
大人としての責任も、今後のことも全て投げ捨て、目の前のニオイに吸い付いた。