鯖男
2022-07-13 20:18:04
12000文字
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にょたふみ本だそうと思ったんじゃ

タイトル通り。途中で止まってるんじゃ…

昔からそうだった。
嬉しいことがあったら、すぐに悲しいことが降りかかる。プラスマイナスゼロになるように。下手をすればマイナスに寄るように。
昔からそうなのだから期待なんてしなければいいのに。
山賊を思わせる荒々しい衣装に身を包んだ少女は、じっと地面を睨めつける。髪は相変わらずパサついており、艶やかさなど微塵もない。ツメや指先はアクセサリー作成や薬剤調合で荒れている。少なくとも貴族の女性達のようにしなやかで華奢なものではなかった。
別に気にしていない。
呟きは空気に融けて消えてしまった。

世界は平和になった。
陳腐な言い方だが、正しくそうなのだ。
『波』を発生させ、世界を玩具にしていた性悪女神を、尚率いる四聖や眷属器使いが力を合わせ打倒した。それは尚が転移させられる直前まで読んでいた四聖武器書のような、神話めいた戦いであった。
だが「世界は平和になりました。めでたしめでたし」で終わるのはお伽噺だけである。
現実は疲弊した国々の回復や、国民の生活保護、破壊された瓦礫の撤去と問題は山積みだった。
中でも一番の課題は、融合した世界との対話だ。
世界同士がぶつかり合うとどちらかが消滅する。だがこちらの世界とあちらの世界はどちらも消滅することなく、融合したのだ。そこで発生する土地の所有権。話し合い打算擦り合わせ妥協その他諸々。
その結果、大国の女王となった少女は、似合わない眉間の皺を刻むことが多くなっていった。勿論父である王も助力するが、いかんせんこなすべきタスクが多過ぎる。
タスクは炎のように燃え広がり、やがて火の粉は尚にまで降り注いだ。
国や世界を救った偉業などから徐々に爵位を上げていき、大公の座まで上り詰めた尚は、他の四聖よりも催事に関わることが多い。だからこそなのだが、「盾の勇者を娶りたい」という文書が山のように届くのだ。
勿論、他の四聖や眷属器使いにも婚姻の文書は届くが、尚と比べれば微々たるものだろう。
最初は断りの書状を作成し、他の四聖がポータルで届けるといった礼を取っていたが、それが良くなかった。外交問題にならぬよう細心の注意を払ったつもりが、弱気な態度と捉えられてしまったのだ。
いくら勇者といえど、相手は女である。強気で押していけば瓦解するであろう。
要は舐められた。
これには尚を初め、ロックバレー住民も静観してはいられない。
女王はこれを重く受け止め、ロックバレーへ書状を届けた。
内容は『四聖並びに眷属器の勇者は至急城に来たれし』といったものだ。
メルロマルク城は未だ戦争の痕が色濃く残っているが、最低限の威光が示せるほどには復興が進んでいた。最低限、である。大国であるメルロマルクがそうなのだから、他国は推して知るべし。
城下町は既に商いを再開させている店が多数ある。馬車などの移動式が多かったのは、一秒でも早く店を再開すべきと考えたからだ。物資や経済を回すことが生存へと繋がるのを商人たちは骨身に染みているのだ。人間の図太さと言っていいだろう。その図太さに人々は生かされていた。
「そんなことをしている場合ではないというのに」
ラフタリアは重々しくため息を吐き、頭を振るう。
彼女とて婚姻の申込みは多かったが、ここまで押しが強い者がいなかったのが救いだろう。
「相手からすれば『こんなときだからこそ』と言った具合かもしれませんね」
明るいニュースがない今だからこそ、他国との同盟を視認化させた婚姻を。
未成年である樹の口から説明されたそれに否定する者はいない。そもそも尚たちの世界において、大昔にはそういった政略結婚も多々あった、と歴史が物語っていた。ただそれが自身たちの身に降りかかるとは思っていなかっただけである。
尚を先頭に正門をくぐれば、若輩の兵士が出迎える。冤罪をかけられていた頃から、慕ってくれた兵士だ。
「お久しぶりです、盾の勇者様。この度はなんとも大変なことに……
彼が原因ではないというのに、深い隈を滲ませた恐縮しきった顔はこちらの罪悪感を引き出すのに十分だった。復興以外の煩わしい雑務に時間が割かれている。恐らく幼き女王も彼同様かそれ以上の仕事量となっているのだろう。尚の心中に重たいものが転がった。
謁見の間には女王が待っていた。
大国メルロマルクを治める女王メルティ=メルロマルク。
出会った頃のような華やかだが動きやすさを重視した服ではなく、前女王を思わせる気品と威厳溢れる粛然とした美しさだった。しかし少女の表情は毅然と呼ぶには覇気を感じさせない。理由は明確である。
「お忙しい中、ご足労頂きありがとうございます。……挨拶はこのくらいでちょっと相談させてほしいのだけど」
こめかみを揉みながら話を振る少女は、とても村の子供たちと同年代と思えないほどに老け込んでいた。感受性豊かであるフィロリアルでなくとも、少女の心労に顔を歪める。
あまりの切迫さを感じ取ったフィーロは、友としてメルティの側へ駆け寄り手を握る。柔らかで温かな手のひらに束の間の安堵を感じたのか、メルティの表情が和らいだ。
居住まいを正し、話を切り出した。
「状況は知ってるわね? 今は父上が上手く取り成してるけど、早いところ結論出さないと不味いことになる」
不味いこととは戦争だろうか?
尚が問えば、メルティは首を横に降る。
「今、どの国も戦争できるほど体力はないからそこは安心して。でも大国といえど、勇者を独占しているってことは変わりないから、体力を回復してから何か仕掛けてくる可能性はあるわ」
要は政治面での安寧が欲しいなら独占状態の勇者を差し出せ、と言っているのだ。
「ふざけていますな」
最初に声を上げたのは槍の勇者である北村元康だった。
静かに吐き出された言葉は理性的で、およそ普段の元康を知っている者ならば、首を傾げるほどに冷静だった。
だが。
炯々とした瞳はそれを否定する。
まるで怒り狂った炎を閉じ込めたかの双眸に、死線を乗り越えてきた勇者や兵士は軒並み死線を逸らした。
「槍の勇者様の言うことももっともです。しかし事が事なので軽率な行動は慎んでください」
釘を刺すも、自身の言葉では元康が止まらないことを知るメルティは、尚へ視線を向けた。尚は小さく頷き、元康へ命ずる。
「元康、やめろ」
………………はい」
不承不承だが元康は了承した。
尚だけがこの危険人物を御することができる。
それだけで尚をどこぞの馬の骨に嫁がせるのは論外なのだ。
下手を打ったら四聖全滅の上、地図からメルロマルクを始め、名だたる国々が消失するだろう。
それでは『波』を越え、怨敵女神を滅した意味がなくなってしまう。
「最悪子作りだけでも、という王族もいるけど……
「確かに勇者の子供は優秀とか聞いたが、それはなんか……嫌だな」
錬は苦々しく顔を歪める。まわりの勇者たちも似たり寄ったりだった。
今回の勇者たちは四聖も眷属器も若い者が多く、恋愛に憧れを抱いている者も少なくはない。未だ恋愛も白帯なのに、それを飛び越えて婚姻、しかも愛がない子作り。子供さえ貰えれば結婚しなくとも良い、とまるでゲームの配合のような扱いに嫌悪感が滲み出るのも当然だろう。
だが。
……ああ、なんだ。子供だけ欲しいのか」
まるで何でもないと言いたげに。
尚は多量の息と共に呟いた。
「────え、」
それは誰の声だったか。困惑と少々の確信と確信が本当ならばの絶望を含んだものだ。揺れる瞳は誰のものか。誰のものでもない。全員のものだ。全員の双眸は驚愕に震え、濁りを見せていた。
「無理がないスケジューリングならいいよ。でもさすがに母体だからな。連続というわけにもいかない。いや、盾の防御力回復力ならいけるか……?」
「何言ってるのよ!」
声を上げたのはメルティだ。
自身が口火を切ったが、まさか最悪の結論を出すとは思わなかった。
少女はバネ仕掛けの人形のように玉座から跳ね上がり、どんぐり眼をきりきりとつり上げる。澄み切った海を連想させる青い双眸は、嵐のように荒れ狂っていた。
「そうですよナオ様! 馬鹿なことをいうのは止めてください!」
「自分がおかしな事言ってるか分かってるのか」
「それ以外にも上手く収める方法はあるはずですよ」
喧々囂々。まさに現状はそれだ。だが騒ぎの中心であり、当事者でもある尚は目を閉じたまま静かに佇んでいた。まるでそこだけが空間の隙間があり、仲間たちの声が時空の狭間に飲み込まれているようだ。
やがて尚は双眸を開く。森の奥深くに存在する秘境の湖を思わせる静謐さに、同じ空間にいた者たちは息を呑んだ。
「勇者の責務、なんだろう?」
ふ、と。緩く上げられた口角の穏やかさ。慈しみに縁取られた双眸。ささくれだった指先で撫でるのは、自身の子同然たる尚の剣の頬だ。買い取った頃とは異なり、緩やかな曲線を描く頬。心身ともに美しい女性となった。自身がいなくとも幸せが掴み取れるほど逞しさも兼ね備えている。自身が育てたことでラフタリアの性根が曲がらないで本当に良かった。尚は安堵の息を吐き、名残惜しげに指を離す。
玉座へ視線を移す。メルティの隣には未だ周囲の話を飲み込めない幼子がいた。だが幸か不幸か賢い子だったので、周囲の空気を感じ取り、不安に顔を歪ませる。快活な少女には似合わない表情に、尚は困ったように微笑み、首を横に振る。それは今生の別れを思わせるもので、快晴の空のような双眸にゆらゆらと水の膜が張られていく。だが滲み出た水が零れることはない。
零れた瞬間、すべてが終わってしまう。
少女は理由もなくそう思ってしまい、喉をヒクつかせたまま我慢していたのだ。
そんないじらしい様に尚は一瞬の葛藤を経ながらも、尚は女王へ宣言する。
「俺が各国で孕み袋になって解決するのならいいよ。ただ俺から条件を出して良いのなら──」

産まれてきた子供を愛してくれる奴がいい。

そのささやかな願いを撥ねのけ、彼女の意思をねじ曲げられる者はどこにもいなかった。

***

最初に来た手紙は間違いと思った。
なので他の女の勇者で、こういった手紙が舞い込みそうな、ラフタリアとサディナに渡したのだ。
「これ、ナオ様宛ですよ?」
「あら、本当」
は、と間の抜けた声を上げるが、それも仕方がない。なにせ尚は異世界に来てから、ほぼ男装して暮らしてきたのだ。意図的ではない男装だったが、冤罪を受けていた頃は随分と都合がよかった。冤罪が晴れてから女性であることが周知となったが、『蛮族の鎧』が身体に馴染むのもあり、衣装を変えようとは思わなかった。オーダーメイドということもあり、『竜帝の核石』や『霊亀の素材』などを付け加えれば、常に最新装備となる。装備を買い換えるよりも経済的だったのだ。
閑話休題。
手紙の内容は今までの尚の功績を讃えた賞賛と、そんな優れた尚を妻として迎えたいという申し入れだ。自己紹介などは入っていないことから、名が知られている者なのか、はたまた暗にこちらに選ぶ権利はないと言うものなのか。
「勇者の子孫とかが優れてるっていうのは聞いたことあるけど、これはちょっとねえ」
「あからさますぎるだろ」
尚は大仰に顔を顰め、つま先で手紙を掴む。触れているだけで手紙の主の独りよがりで打算的な想いに汚染されそうだ。
「チェンメかよ」
「ちぇんめ?」
聞き覚えのない言葉に首を傾げるラフタリアに、手を振って話を霧散させる。
「燃えるゴミだな」
「でもコレ、シルトヴェルトの貴族じゃないかしら? 下手な処理すると後々面倒かも」
サディナの一言に、手紙を破り捨てようとする尚の手が止まる。
確かに勇者の方が権力があるとはいえ、国の有権者たる貴族をぞんざいな扱いをすれば、そこから火種になりかねない。ただでさえ今は復興作業で忙しいというのに、面倒事は増やしたくない。それにその面倒事は尚にではなく、現女王であるメルティにのし掛かるのだ。
尚は重々しいため息を吐きながら、作業台へつく。引き出しにしまい込まれたインクと簡素なペンを取り出し、くるりと回した。生憎、現代のシャープペンシルのように綺麗には回らず、なんとも不格好なペン回しだった。
「面倒だが断りの手紙でも書くか……
「そうねえ。国が関わってきそうだし、お城の方にも一報送っておいた方がいいかも」
「ではそちらは私が書いておきますね」
こうして三人の女勇者たちは、手分けして断りの手紙を作成した。完成した手紙は尚を始め、女の勇者が持って行くと再び婚姻されそうなので、男の勇者に一任される。今回は丁度手が空いており、リーシアという相手がいる樹に頼むことにした。
「悪いな」
「いえ。しかしこれで終わりとは思えないので、今のうちに打開策を考えておいた方がいいかもしれませんね」
まさか樹の『命中』の異能がこんなところで発揮されるとは思わなかった。
樹の言うとおり、終わりではなかった。むしろ始まりだったのだ。
日を追うごとに求婚の手紙は増えていき、一時期封筒を見るだけで偏頭痛を起こすほど尚は参っていた。
断りの手紙も定型文を作り、作成時間を短縮するも、それを上回る量の手紙は最早悪夢と呼ばざる得ない。最悪、定型文は村人や勇者たちに振るが、署名は本人が記入しなくてはならないのだ。その上、尚には大公として、領主としての仕事がある。オーバーワークだった。
「限界だ」
仕事量にも、堪忍袋の緒にも限界を感じた尚は、メルティに書状を送ろうとペンを取った。復興に忙しいのも理解しているが、このままではこちらが駄目になる。大国の代表から苦言が漏らされれば、周辺国も耳を傾けざるえない。だが署名まで書かれた手紙は、机の奥底に眠ったままだった。
何故か。
尚が手紙を出す前にメルティから手紙が来たからだ。

未だ復興中のメルロマルクには、多少なり活気が戻っていた。空元気という活気である。
だが商人はものを売らねばならない。『ものを売る』ということは経済を回すということに他ならない。経済を回さなければ、いくら復興作業したところで緩やかに死んでいくのだ。商人はソレを本能で知っていた。商人の面を持つ尚も同意見だ。経済を回しながら復興活動を進めていかなくては、大国といえど弱っていく。
──ここですらこんなに大変なのに、他の国はのんきなものだな。
心中で悪態をつく。
だが他国の方がここよりも酷いだろう。ポータルで四聖眷属器の勇者たちがあちこちを駆け回っているが、圧倒的に人手が足りない。その中で尚はロックバレーから動けなかった。理由は求婚している相手がのこのこ国へ来たら、過激な者なら強硬手段を取りかねないからだ。
とはいえ尚は世界を救った勇者である。レベル差もある以上、そこまで乱暴な手段は取れないと思うが、尚は仲間の言うことを聞いた。というのも、今まで受け取ってきた手紙から不快感があったのだ。
尚を勇者としてではなく、女として、しかも孕み袋としての軽視。
「勇者の子は優れている」という観点からみれば、尚は勇者扱いされているのだろう。だが所詮は優れた子供を生む孕み袋としてしか見られていない。尚が攻撃手段を持たない勇者ということもあり、軽視──舐められているのだろう。
無意識に舌打ちが出た。この苛立ちは冤罪をかけられていた頃に近しいものだ。弱者として侮られる。庇護されるわけではなく、ただ劣った存在として認識される。
不愉快だった。
だが謁見の間に通されれば、その膨らんだ苛立ちもたちまち萎んでいく。
なにせ自身より十ほど年下の少女が、自身よりも頭を悩ませているのだから。
村で遊んでいるような子供と同年代にも関わらず、彼女は大国を背負って政(まつりごと)を行っている。今回の惨状は確実に彼女の悩みの種となっていた。直接の原因は自身でないにしても、間接的には関わってしまっている。尚の責任感が刃となって、自身を傷付けていった。
「──最悪子作りだけでも、という王族もいるけど……
メルティは眉間の皺を揉みほぐしながら呟いた。何気ない一言だったのだろう。
メルティは王族である。王族ならば子孫を残さねばならぬし、その子孫が優秀であれば尚いい。勇者の遺伝子が組み込まれると優秀な子が産まれやすいとあれば、一族のために勇者の血を交わらせるのも当たり前なのかもしれない。だからこその何気ない一言。当然の一言。
それは現代社会を生きてきた尚にとっては当たり前ではなく、さりとて拒絶できない『勇者の責務』だった。
瞬間、ぷつん、と切れた。
堪忍袋の緒なのか、負けん気の気持ちなのか。
ただ「もういいや」となった。
投げやりになった。──諦めたのだ。
諸国の言うとおり、自身が孕み袋になれば国も村も面倒事から解放される。『勇者の責務』なのだから誰かしらがやらなくてはならない。さすがにこんなババ、未成年に振るわけもいかず。自身が嫌だからと言って、サディナに振るのもまた違うだろう。元康は論外だった。女が豚に見える以上、身体を合わせるなど夢物語だ。
大体、嬉しいことがあったら、すぐに悲しいことが降りかかる。プラスマイナスゼロになるように。下手をすればマイナスに寄るように。
昔からそうなのだから期待なんてしなければいい。
今回もそうだっただけだ。
何も変わらない。
……何も、変わらない人生だった。

***

話を持ち帰り、ロックバレーの広場にて決定事項を伝えた。顔を青くする者や白くする者が多数いる中、真っ先に口を開いたのは村の子供たちだ。
「なんでお姉ちゃんがそんなことしないといけないの」
……勇者の責務だからだよ」
柔らかく笑う。どこかもの悲しさを感じさせるそれに、子供は何を言われたでもなく口を噤んだ。子供心ながら、引き止めても無駄なことを理解してしまったのだろう。ふくふくとした頬には不釣り合いな、他者を憐憫する瞳。
そんな目をしないで欲しかった。同情ではないことは百も承知だが、やっと戦いが終わったというのに、幼子に傷を遺したくはなかった。
「大丈夫さ。これで上手くいく」
まるで他人事のような台詞に、自嘲が浮かぶ。だが口から出した言葉の魔力か、尚自身も驚くほどに心穏やかになった。恐らく期待することを止めたからだろう。期待せず、ただ流されるままに生きていればいい。
この異世界に来る前のように。

当事者が流れに身を任せるのなら、運命の歯車は加速度的に回転していく。
最初はどうやって意見を変えさせるか躍起になっていたメルティとクズだったが、隠し立てしたいことほど、外部に漏れるのは世の常か。
ある晴れた日。太陽と同じほどに眩しい笑みを浮かべた人間と亜人、そして獣人の貴族が城を来訪した。
「ある信頼できる情報筋から、盾の勇者様は婚姻を結ぶ気があるとか」
「そして子を宿す意志もあるとか」
「しかも人間亜人獣人と分け隔てなく。なんと慈悲深い!」
メルティの表情が一瞬強ばる。だが他国の貴族が同じ空間にいるのを寸でで思い出し、外交用の笑みを浮かべた。引きつってはいないだろうか。一抹の不安がよぎり、隣の父を一瞥する。クズは威厳ある王の顔にすり替え、貴族たちの要求を言葉でいなしていた。しかしそれは外交慣れしたメルティから見れば、剣技のそれと大差ない。果たして首元に切っ先を突きつけられるのはどちらか。
「勇者様との子は優秀であると伝承にもあります。再び民が立ち上がらんとするこの時、目に見える友好関係を築かねばならぬと思いますが?」
「まさにその通り。しかしなぜ盾の勇者殿のみに拘るので? 亜人なら槌や小手の勇者殿もいます。人間でも他の勇者殿達を知らないわけでもありますまい」
亜人の貴族は声もなく笑う。それは嘲笑じみた嫌なものだった。
「盾の勇者様は亜人獣人の神たる存在です。神の血筋が我が国に生まれ落ちるなら至上の喜びに他ないでしょう」
嘘だ。メルティは一瞬で看破した。
正確には自国に勇者の血筋を埋め込むのが目的なのは本当だ。だがそれだけではない。再び父を一瞥する。だが父は文面通りに受け取っている印象を受けた。これはメルロマルクで活動するクズではどうにもならないことだ。
メルティは武者修行と称し、フィーロとレベル上げの旅に出たことがある。その際にシルトヴェルト国境付近にある村に立ち寄ったのだ。そこにはメルロマルクでは読めないような、歴史書が数多く存在していた。メルティは一冊手に取り、ページを捲る。やはり時代が経ったもの。現代の用紙よりも弱く、少しでも乱暴に捲ろうものなら破れてしまいそうなほどだ。丁寧に、繊細に、捲っていき、慣れないシルトヴェルト語を翻訳しながら読み進める。
そこには勇者との間に出来た子供についての記載もあった。
勇者との子供は軒並み能力が高い。これはメルロマルクでも言い伝えがあるので王族や貴族の間では当然だろう。
だがメルティが読んでいるのは、シルトヴェルトの歴史書である。そこには続きがあった。

中でも盾の勇者の子供は別格である。確実に相手側の種族となり、尚且つ能力値が高いのだ。

種族が確定となる。
それは普通ならばあまり重視されない事柄だっただろう。
だが王族や貴族は違う。
亜人や獣人との間に勇者の子が産まれようと、産まれた子が人間ならば頭角を現しづらい。種族偏見は以前よりもマシになったとはいえ、完全になくなったとは言えないのだ。
そんな中、確実に自身の種族と同じに産まれ、尚且つ能力値が高い子が産まれる母体があるのなら、政権を握ろうと虎視眈々としている貴族にとって、喉から手が欲しいに決まっている。
メルティは知らず知らずのうちに、書物を持つ手に力が入っていたことを察し、深く呼吸をする。だが激しく躍動する心臓は落ち着くことはなく、未だ小さな胸を叩いていた。
目の前の男達は尚を自身の国が、ひいては自身の家が繁栄するために迎え入れようとしているのだ。
前もって他国の歴史書に目を通していたお陰で、貴族達の目論見を察せられた。
「失礼ですが、貴公らは盾の勇者様に対してどれほどご存じなのでしょう? 盾の勇者様は自身の世界では普通の民だったと聞き及んでおります。婚姻等も王族のやり方には反発されるのではないでしょうか」
王との舌戦に横入りしたのはメルティだ。いくら大国とはいえ、実質王が政権を回していると侮っていた男達にとって、予想外のことだ。一瞬息を呑むも、すぐさま言葉の刃を切り返す。
「なのでまず顔合わせをさせていただこうかと。互いに知り合ってから改めて求婚させていただきたく」
「そもそもメルロマルク側が四聖を独占されているのでねえ、こちらには知り合う機会もないのですよ」
ははは、と嘲る。クズと対峙していたときは敵意はあれど、敬意なども含めながらの舌戦だったのは目の当たりにしてからのこれだ。メルティの意外に長くない堪忍袋の緒がきりきりと引きつるも、コレが自身の今の実力である、と飲み込んだ。
「その点につきましては元凶は女神の端末であり、証明を済んでおります。それに四聖勇者様達に所属の有無を訪ねたところ、メルロマルクとおっしゃられました。それは以前の国際会議にて四聖勇者様の口から明言されたはずですが?」
「言わされた可能性も……
「あの勇者様達が私に言わされている!? ご冗談を!」
大仰に驚きつつも、ミレリアの愛用していた扇子で口元を隠す。そして子供らしいどんぐり眼を扇子から覗かせ、うっそりと細められた。そこには静かな湖畔を思わせる静謐さが宿っていた。
「貴方方も殿方ならば婦女子の扱いももう少し考えてください。そのように大勢押しかけられても困ってしまいます。まずお一人ずつ、正式な約定を送られてから来訪なさってください」
話は以上です、と扇子をぱちりと閉じた。

それからというもの、ロックバレーには二日に一回、他国の王族貴族が来訪するようになった。
最初はメルロマルク城で顔合わせする予定だったが、大公であると同時に領主である尚が長い間村を空けるのを良しとしなかったためだ。
貴族達は大量の貢ぎ物を馬車に積み、お付きの者を引き連れる。そのものものしい大名行列に村の子供達は目を丸くした。
「私、シルトヴェルト領の──」
「シルトフリーデン領の──」
「メルロマルク領北東の──」
定型文の自己紹介を皮切りに、ロックバレーを褒めそやす面々。子供達にも普段聞き慣れない賛美を浴びせかける。その次は尚の外見内面をありとあらゆる装飾語で褒め讃えた。
まさに褒め殺し。褒め言葉で人が殺せるのなら、この村は殺戮されつくされた。
だが尚の双眸は酷く落ち着いている。
相手の目的が勇者の血を継いだ優秀な子供を欲している、と理解しているからだ。
尚は上滑りする男の賛美に相鎚を打ちながら、ロックバレーを男と歩いた。現代で言う「後は若い者に任せましょう」と言った具合に。勿論それに待ったをかけたのはラフタリアと元康だったが、結局婚姻を決めるのは尚である。二人の反論は即座に却下され、尚は何十回目かのロックバレーの散歩に繰り出したのだ。
「実際目の当たりにした盾の勇者様の美しさたるや。勇ましさも相まって戦乙女と見まごうばかりですな」
「はあ」
乱雑に跳ねた艶のない黒髪と結果的に体格を隠すようになっている『蛮族の鎧』のどこが戦乙女なのか。
尚は心中で突っ込みをいれながら気のない返事をした。
もう数え切れないほどに顔合わせという見合いをしたが、突出した人物は現れない。誰も彼も尚を空虚な言葉で褒めそやし、中身など見ようとしなかった。
まあ中身など関係なく、ただ子供を産めばいいと思われているのだから仕方がないのだが。
貴族内のシステムとして尚を組み込もうと画策しているのがまざまざと見て取れ、尚の表情も徐々にうんざりしていく。
しかし誰か選ばなくては。
いっそのこと、壁に貼り付けた約定に向かってダーツの矢でも投げようか。
乾いた笑いは誰の耳に届くことなく、空気中へと融けていった。

捨て鉢となった尚は村の子供達のように目を丸くした。それはカルミラ島で勇者や悪魔ではなく少女扱いされたときのようだ。
「ラルク……?」
「んぅ……おう……
煮え切らない返事をするのはラルクベルク=シクール。統合したもう片方の世界の王だった。
今回はお忍びではなく、正式に他国の王として来訪したようで、浅黄色の羽織りが目に眩しい。
「お前も約定送ってたのか?」
「正確には俺個人というより大臣がな」
苦笑するラルクはどこか疲れた顔をしていた。
目の前の男は誰に対しても親しげに接するせいで忘れがちだったが、異世界の王なのだ。現在は統合し、王位はどうなっているか尚は知らないが、正装してこの場にいるのだから推して知るべし。
王であるのなら当然、現在の尚の状況も知っているのだろう。否。知らなかったが結合し、世界情勢が不安定な今、大国に属する勇者との婚姻に目をつけた大臣が勝手に約定を送ったのか。そもそもラルクには、テリスという宝石を愛する宝石のように美しい女性がいた。一途に彼女を愛するラルクが、国のためとはいえ、愛ない婚姻を良とするわけがない。そう結論つけるぐらいには、尚はラルクの恋愛観を信用していた。
「お前も大変だな」
「いや、俺よりも嬢ちゃんの方が大変だろ」
まさか逆に心配されるとは思わず、尚ははあ、と生返事をした。美丈夫からの「響いてねえなあ」とため息一つ。
「嬢ちゃん、きちんと断れよ。言い寄ってきた男全員だぞ」
「なんで? お国のためだろ」
尚が言い切れば、ラルクの眉が顰められる。痛々しいものを見る目は酷く尚の神経をざわつかせた。同情を感じ取ったのか。少なからず好意を抱いている者から貰いたくない感情に、尚は視線を落とす。そこには自身の足とラルクの足がある。男と女。あからさまに異なるサイズの足だった。
「それに……どんなに足掻いても俺は女だから……
そっと撫でるのは自身の下腹部だ。
そこが男の勇者との違いだった。
男の勇者は望まれるままに女の身体に種を提供するだけで、どこまでも飛んでいける。自由がある。
だが女の勇者は、尚は違う。今はまだ平たいが、子を宿せば徐々に膨らみ、自由に動くこともままならないだろう。そうして一つの土地に根を生やし、延々と勇者の血脈を増やしていく。勇者の子の製造機関と成り果てる。
尚はその結末を予見し、受け入れる心を創りあげていた。
『創りあげる』といえば聞こえがいいが、諦めといっても大差ない。それを指摘する者は誰もいなかった。
……じゃあ俺から断りの書状を出す」
「お前が断った程度じゃ、他の国に嫁入りするだけだよ。それにそっちから言い寄ってきて断るなんて、盾の勇者を辱めた王として外聞悪くないか」
尚の言葉にラルクの精悍な顔が歪む。いくら王とて人間だ。出来ることと出来ないことがある。成人をいくつか過ぎたラルクがそんな当たり前を突きつけられ、現実に打ちのめされる姿はあまり気持ちのいいものではなかった。
自身の評判のみなら、ラルクは二つ返事で断りの書状を作成しただろう。だが王には民がいる。王に悪評がつけば、国全体の悪評となる。一人だけ耐えれば済む、という話ではないのだ。
「でも、そうだなあ……俺的にはまだ見知ったところに嫁いだ方がいいんだが?」
投げかける視線は酷く優しい。優しくて優しくてラルクの心臓にかりかりと爪を立てた。