鯖男
2022-07-11 16:59:02
1041文字
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『学生、学校』ワンライ作品

用務員ホロホロと生徒花

窓硝子越しに細く煙が上っていくのが見えた。
火事か、とは思わない。それはよく見慣れたものだったからだ。
「給料泥棒」
「お、花坊じゃねえか」
窓硝子を開け、視線を下げる。そこには悪気もなく煙草を銜えた用務員の男がいた。時間を見れば午後三時を少し過ぎたところだ。生徒は授業を終え、委員会や部活に勤しんでいる時間である。だが俺はどちらとも入っていないため、こうしてサボり魔を見つけることに成功したわけだ。
「言いつけてやろうか」
弱みを握った、と自慢げに鼻を鳴らす。だが男は狼狽えることなく煙草を銜え、肺に煙を溜めていく。そして口を窄め、細く煙を吐いた。空色の瞳が細くなる。そのまま俺を見やり、ふ、と口元を歪めた。挑発的な笑みだった。瞬間、頭に血が上るのがわかった。苛立ちではない。現に男に対し、敵意は湧かなかった。ただ湧いたものは言葉ではどうにも言い表せなくて、そのまま蓋をしてしまう。
「仕事が早く終わったからいいんだよ。花坊は部活か」
「入ってねえよ」
「じゃあ早く家に帰んな。日が沈むのが早くなってきたからな」
そう言うと男はポケットからジッポライターに似た何かを取り出した。金属のソレの蓋を開け、煙草の先端を入れ、軽く叩く。そういえば身近に煙草を吸う女性も持っていた。携帯灰皿か。だが男の持ち物としては随分と良い品に見える。失礼を承知で言うなら分不相応だ。
「なあ、ソレ、本当にあんたの持ち物?」
「んあ? ああ、これ。誕生日にダチに貰ったんだよ」
男は柔らかく笑い、携帯灰皿を見せつける。だが俺にはソレが牽制の品に見えて、母親譲りの目つきの悪さを出してしまった。初対面の人間には九割方ビビられるガンつけ。だが男は俺がガキの頃から知っているので効かないのだった。
ふーん。俺は気のない返事をする。
いやほんと、ふーん、だわ。
バイトもしてない中坊には届かないソレは、金額的にも重さ的にも勝てなかった。
くそ。
踵を返し、下駄箱へ向かう。これ以上ここにいたらみっともなく携帯灰皿にケチをつけてしまいそうだ。それは避けたい。自身の器の小ささを見たくなかった。だから蓋をする。
「──なあ、花」
花坊、と昔ながらの呼び方ではないとき、決まって男は俺を一人の男として見てくれる。
振り返れば男は窓硝子の枠に寄り掛かり、煙草を挟んだ手を振る。手の動きに合わせ、紫煙は揺らぎながら上っていく。
「その気持ち、高校卒業しても同じなら聞くぜ」
「は────」
「あと五年。楽しみだなあ」