鯖男
2022-07-08 22:12:09
1796文字
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ヨンホロ

嘘つき永紅の行き着く先

フラワーオブメイズは終わった。
各軍勢多大な犠牲を払い、手に入れたものは僅かでしかない。
徒労だった。無駄だった。
だがその無駄を本当の無駄にしないために一人一人が立ち上がり、今日もこの世で生きていく。

北海道某氏の寂れた二階建てアパート。赤錆浮く廊下の手摺りを見るに、相当の築年数は経っているだろう。目的の人物の部屋は一番端にあり、廊下を歩く度に軋む音がする。
インターホンはなかった。なので男は控えめにノックをする。返事はない。だが中からは気配を感じた。再度ノックをする。控えめに。一定のリズムで。こっこっこっこ。こっこっこっこ。こっこっこっこ。こっこっこっこ。扉が開く。案の定、目的の人物は中にいた。
「来ちゃった♡」
男は涼やかに微笑む。その姿は優男そのものだった。だが足をドアに挟み込み、閉められないようにする狡猾さも存在していた。
仕立ての良いスーツは清涼感があり、伸ばされた背筋は自信を感じさせる。
男の名は東永紅。フラワーオブメイズで死闘を繰り広げたシャーマンの一人である。
「一昨日来やがれ♡」
そしてボロアパートの住人であり、永紅の足を蹴りながらドアを閉め出そうとしている男は碓氷ホロケウ。現シャーマンキングと戦った五人の戦士の一人であり、永紅の対戦相手だった。
「いやだなあ。せっかく中国から来たのに締め出しだなんて」
「はっはっは。なら手土産の一つでも持ってこいってんだよ、嘘つき永紅」
足下の攻防は激化する。ドアは開こうとする力と閉じようとする力が拮抗し、耳障りな音を立て始めた。蝶番の悲鳴は二人の耳には届かない。
「パンダクッキーと地元の茶葉持ってきたよ」
「うーーーーーん、上がってどうぞ」
五人の戦士である碓氷ホロケウは、パンダに屈したのだった。
「わあ、狭いね」
「喧嘩売ってんのか!?」
小さなキッチンとトイレ付きの四畳半の部屋。一人暮らしならそれなりだが、実家暮らしの永紅には小さく見えるのだろう。そもそも迫害されていた東一族と嘯いているが、生家は上流階級そのものである。普通の一軒家で暮らしていたホロケウにとっては、永紅の言葉も納得できた。
「いいじゃないか、狭い家。家族を傍に感じられる」
「まあここでは一人暮らしなんですがねえ」
「彼女いないの?」
「てめー中国帰れ!」
永紅は嘘つきだった。嘘を吐き続けなければ母親、ひいては家族を守れなかったからだ。長兄は理解を示し、次兄は我関せず。長姉は理解しているが時折冷めた視線を寄越す。末は──永紅はそこで思考を止める。末には一番酷いことをした。殺されても仕方ない。だが今、永紅は生きている。末の慈悲ではない。
生きて生きて生き抜いてそれから地獄へ落ちろ。
末は泣きながら吐き捨てた。その通りにしよう。永紅は是とし、頭を下げた。
それから永紅は家を出て、世界を渡り歩いた。
白虎はいない。傍らが少々寂しいが、それも罰と受け入れる。
「北海道案内してよ。僕、北海道初めてなんだ」
「この野郎……トラックしかねえからな」
「荷台乗っていい?」
「俺が捕まるわ!」
ホロケウの一挙一動に永紅は笑う。抑え込んだ微笑ではなく、何のしがらみもなかった学生のときのように笑う。笑う。
なんて朗らかなのだろうか。
なんて愛おしいのだろうか。
なんて──


見慣れた天井が永紅を迎えた。
スーツのままベッドに倒れこんだようで、仕立てのいいスーツには不格好な皺が寄っている。ポケットのスマホの電源をつければ時刻は午前二時を示していた。
フラワーオブメイズは始まってもいなかった。
犠牲は出ていない。末は犠牲ではない。永紅は何度も心中で唱える。自身に言い聞かせるように何度も。
夢だった。
末に許されないのは夢だった。現実の末は永紅の行いに怒り、泣き、そして許すだろう。許されたくないのは永紅の願望だった。
各地を渡り歩いたのは夢だった。現実でフラワーオブメイズから生きて戻れるかも定かではない。各地を旅したいのは永紅の願望だった。
碓氷ホロケウと親しげに話したのは夢だった。現実のホロケウは永紅を良しとしないだろう。ホロケウと──のようだったのは夢だった。
すべて夢想だったのだ。
「ああそうか」
あれが地獄というのか。
自身の罪をなかったことにして愚かにも夢想する。
「やっぱり僕は地獄に落ちるよ、碓氷ホロケウ」