鯖男
2022-06-21 17:45:36
2383文字
Public
 

ハオホロif8

星祭が終わって葉くんと夜会話

見慣れない天井が、まだ夢の中にいると錯覚させる。
だが数回瞬きをし、目線を動かせばそこが現実であると理解させられた。
い草が仄かに香るここは、シャーマンファイト参加者が泊まる民宿であった。
部屋の隅には見慣れた霊が座り込む。
霊。
花組の三人は霊となっていた。
肉体は海岸にて潰れている。圧殺跡の巨大さから察するに、ペヨーテのオーバーソウルだ。
まるで虫の死骸のように細い手足を引き千切らせ、身体の中に収まっているものが破裂していた。
ホロホロは凄惨な光景を思い出し、目を顰めた。
ハオとの戦いにもならなかった戦いのせいで、ホロホロの身体は満身創痍だった。そのため、それぐらいしか自由が利かなかったからだ。
「──全部が終わったら、あたしがあんたたちを成仏させてあげる」
鬼を使役する少女の声は、凜としていた。そして優しさがあった。
三人の少女たちは反論しない。信じていた人間に信用されていなかった喪失感が大きかったのもあるが、厳しくも優しい少女の言葉を、心に染みこませている最中なのかもしれない。
思えばハオの下に集まった者の殆どは、縦の繋がりは強固でも横の繋がりは脆かった。
縦の繋がりを絶たれた今、各々の心は風船のように覚束ない。

日が沈みきり、空は藍色に染まっていく。
シャーマンファイト開催地である無人島には、人工光がほぼないため、星がよく見えた。
以前、大通りで露店をひらいたときは、街のネオンで星の瞬きが掻き消されていたというのに。同じ国内であっても雲泥の差だった。
ホロホロはゆっくりと布団から這い出て、窓から屋根へ登る。最短距離で外へ出れる道がそれだった。建物の中は息が詰まる。世界から爪弾きにされた者同士で、野営を繰り返していたからか。……そうではない、と首を振る。最初に逃げたあの頃から、ホロホロという人間は成長していなかった。
土地から逃げ、生まれから逃げ、そしてハオから逃げた。
花組のために立ち向かった少年。
それは周囲もホロホロ自身も認識していた。だがそれは周囲の熱に浮かされていた幻覚だった。熱が冷めていく段階でホロホロは気づいた。気づいてしまった。
ハオの言葉に傷ついたのは三人だけではなかったのだ。
傷ついた心を誤魔化し、立ち向かうことで奮わせる。だがハオがそんな子供だましにひっかかるわけがなく。
立ち上がれるギリギリの余力を残しながら、ホロホロを討ったのだ。
そうでなければホロホロはここにはいない。黒雛という具現化した暴力の前に、塵一つ残すことはなかっただろう。
身体は立ち上がれたのだ。ただ心が立ち上がれなかった。
ハオはそれを理解し、満身創痍でも立ち塞がろうとする少女のみに意識を向けたのだ。
失望なのか、最初から戯れに差し伸べたのか。今となってはわからなかった。
……とんだクズ野郎だ」
苦々しく吐き捨てる。
果たしてクズなのは、話をしにきた花組を霊力として見ていたハオか。はたまた逃げ続けたホロホロ──碓氷ホロケウか。
「こんなところにいたんか」
ひどく落ち着いた声だった。穏やかで張り詰めていた緊張が緩まされる。
麻倉葉。ハオの弟。
「まだ傷痛むだろ」
「どうってことねえよ。……でもまあ、助けてくれてさんきゅーな」
空を見上げながら呟いた礼はか細い。面と向かって礼を言うには、二人の関係は些か複雑だった。お互い敵対はしていないものの、所属が異なるだけで面倒事が増える。だがそんな関係性を重要視していたのはホロホロだけで、葉はなんでもないと手を振る。
「傷の治療したのはファウストだからな。そいつに言ってくれ」
「敵がいきなり話しかけたらおかしいだろう」
「おかしくねえよ」
おかしくない。
念を押す言葉は強く、一本芯が通っていた。
「ホロホロって言ったか。お前、どうすんだ」
曖昧な質問だったが、ホロホロは理解し、沈黙した。葉は返答を急がせることなく、屋根へと登り、ホロホロの隣へ腰かける。そしてややあってから、躊躇いがちにホロホロの口が開かれた。
「俺は……最初からハオのことがわからなかった」
今にして思えば、なぜ何の取り柄もない行き先を見失った子供に手を差し伸べたのか。なぜ最高峰の自然霊や媒体まで用意したのか。なぜ時たまハオらしくもなく弱々しく笑うのか。
「理解をしようとしなかった……
最初から共にいなかった。
故にハオは独りだった。
「理解、したい……と思う。今更だが……
「いいんじゃねえか? じゃあそうしよう」
「ゆるっ! は!? いいのかよそれで!」
肯定されると思っていなかったホロホロは声を荒げた。瞬間、肺に痛みが走るが、構ってはいられない。葉は立ち上がり、目を細める。表情はハオと重なるというのに、葉のそれは穏やかで温かみが込められていた
「いいんだ。だってそれはホロホロが決めたことだろう?」

大切なことは心で決めるんだ。

「心で、決める……
物事はいつも単純で。それをこねくり回して複雑にしているだけだった。元来ホロホロも物事を単純に理解できていた。それは他に検討する知識がなかったからだ。だがハオや仲間と共にいて知識が付き、複雑に物事を見ていた。知識がついたことで解決することもあれば、しないこともあり。今回は後者だっただけだった。
無力で無色な子供時代はとうに終わっていたのだ。
「じゃあハオに会ったらぶん殴ろう」
「なんでだ!?」
「なんか腹立つ。なんだよ全部自分で決めてあとはシャーマンキングになりますさよなら~って。一発殴っても釣り来るだろ」
「来るんかあ?」
「来るんだよ」
ホロホロは自身の胸に入れていた檜扇を取り出す。
「俺は馬鹿だから『夏炉冬扇』なんか知らねえんだわ」
口元を笑みで歪ませる。
逃走を終えた狼が見据えたのは、炎に包まれる神だった。