鯖男
2022-06-16 17:41:11
1901文字
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くじびきピノホロ3

出会い編。受けに救われる攻めがすきです。

少年は移民だった。
特別な出来事があったわけではない。敬虔な祭司である少年の父と国王の意見の食い違い。
王からすれば男の意見など斬り捨てればいいのだが、男の地位が問題だった。
祭司は国の権力者の一人であり、王に進言できる地位の持ち主だったのだ。
双方の舌戦は混沌極まり、それと比例するように国は衰退していった。
そして国の知識であり、指南役を失った国はその後、地図上から姿を消したのだった。

移民先は海沿いを東にのぼった先の国。そこは異国であった。
フードの陰から、少年の藍鼠の双眸が瞬きを繰り返す。
国民は皆、烏の濡れ羽色をした髪と黒曜石を思わせる瞳をしていた。
以前文献で読んだ『瓦造り』の建物が軒を連ねているのも興味深い。なにせ少年が暮らしていた国では、一軒一軒離れていた。こんなにも近ければ生活音すら漏れてしまうやもしれない。
「ピノ、興味を持つのもいいが、もう少し大人しくしてくれ。移民の受け入れを行っているか聞いてくる」
ピノと呼ばれた少年の父親はそう言いながらも、顎を撫でながら思案する。
ピノは見目は整っており、月明かりを梳いたような金糸に、静謐な湖畔を思わせる藍鼠の双眸を持っていた。その上、まだ十五も満たない年頃である。中性的な風貌は人攫いのお眼鏡に適ってしまうだろう。身内贔屓を差し引いても、その可能性は否定できない。
だが連れ歩くには荷物が多い。最低限の荷物のみで国を出たと言っても、あまり持ち歩きたくないのは正直なところだった。
……仕方ない」
父親はため息交じりにピノに杖を渡す。杖は少年の身長ほどもある大きなものだった。受け取れば、随分と滑らかな手触りに目を瞬かせる。それはヤスリなどで滑らかにされたのではなく、長い年月使用されて摩耗した滑らかさであった。
ヤドリギの杖。
代々、ピノの家の者が祭司に着いた際に受け継がれる家宝であった。
「杖自体に外敵除けのまじないがかかっている。それを持っているだけで安全なはずだ」
「移民だからって喧嘩売られないってこと?」
「オブラート覚えてくれ頼むから」
ピノの言葉に頭を抱えながらも、父親はピノと荷物を置いて、その場を後にした。
さて、とピノは石を積み上げられてこさえた柵に座り、杖を肩に担ぐ。息苦しいフードも外せば、日光に照らされ一際輝く金髪が顔を出した。
国を出てから、久しぶりの穏やかな時間だった。
だがその時間は長くは続かず。
壁を爪でひっかくような耳障りな声が、ピノの整った顔に皺を作った。
『移民か』
『見てみろ。髪の色が違う。狐みたいな色』
『狐が化かしにきたんじゃないか』
遠巻きに囁かれる言葉は、嘲りと怯えが混ぜられていた。恐らく自国から出たことのない国民であろう、とピノは当たりをつける。
人は知らないものにはまず、敵意と恐怖を向けるものだ。
理解はしていた。だが理解と寛容は別だった。
せめて喧嘩を吹っかけてくるのなら正当防衛としてどうにかできるものの、ヤドリギの杖の外敵除けの効果は絶大で、ピノの周囲には人っ子一人いなかったのだ。
『もっと違う国にすればいいのに』
『目の色も違うな』
肌をちくちくを苛む不快感にこめかみが震える。だがここで声を荒げようものなら、移民の件も危うくなる。ピノは地面を睨みつけることで、胸の棘をどうにか抑えようと躍起となった。
瞬間、影がかかる。とうとう喧嘩を売りにきたのか。ピノは抑え込んでいた心の棘を剥き出しにし、正面の人間を睨みつけた。
眼前には犬がいた。
訂正。眼前には犬に似た少年がいた。
恐らくピノと同じ移民である。というのも、少年の髪色は青みがかった銀で、瞳は空を写し取ったような澄んだ青だったからだ。こぼれ落ちそうなほど大きな瞳を瞬かせ、少年はほう、と息を吐く。
「あんた、きれいだなあ」
「は…………
「お月さんの色と海の色だ」
きれいだよ。
まだ声変わりも果たしていないまろい声に、女を口説くような酩酊じみた台詞は酷く不釣り合いだった。だがピノのささくれだった心にゆるりと染み渡り、ヤドリギの杖のように滑らかにしていく。
「あ、そういや親父が呼んでんだった! じゃあな!」
「あ、おい!」
ピノの停止も届かず、少年は大通りを駆けていく。その様はまさに犬だった。


……あの仔犬がまさか狼だったとはなあ」
「あ? なんか言ったか?」
仔犬だった少年は未だ未成熟さを残しながらも、男の身体をして成長していた。
少年の名前は碓氷ホロケウ。少数民族の次期族長である。
「べっつにい。ほれほれ、おめーの好きなお月さんの色と海の色だぞお」
「うぜっ!」