鯖男
2022-05-26 16:59:06
3115文字
Public
 

ハオホロif 4

試験した。

一際高いビルの屋上。都会の摩天楼と称するに相応しいだろう。暴力的なまでに強いビル風にホロホロの身体はよろめく。差し出された男の手を一瞥し、下半身に体重を落とした。足下がしっかりすれば、ビル風もなんとか耐えられる。
行き場を失った手はそのままフェンスに向けられ、触れた際に乾いた音が空に霧散する。
地上には色とりどりの光りが散っている。まるで天地が逆転し、星屑が奈落を飾っているようだ。その代わり、本当の空は黒く沈んでいた。地上が明るすぎるせいで、空のか弱い瞬きが見えなくなっているのだ。
「都会の空は死んでるのかね」
「死んではいないさ。ただ見えないだけだ」
カリムと名乗った男は静かに言う。それは諭すようでもあり、周囲の大人とはまるでタイプが違うカリムに、ホロホロは据わりが悪く目を逸らす。
「俺一人ココに呼んだってことは、タダでそのオラクルベルっていうのくれるわけじゃねえんだ?」
「そうだ。簡単な試験を受けてもらう」
説明された試験内容は『カリムにオーバーソウルによる一撃を食らわせること』
制限時間は特に設けられていないようだが、巫力が切れれば終わりなのだろう。ホロホロの巫力はスピリット・オブ・レインが操れるほどに多い。巫力切れでの失格はないにしろ、相手が何もしないとは考えられない。「言っていないからやらない」なんてことはないのだ。
……どうやらキミは随分と疑い深い。これは試験だ。私から攻撃する際は宣言をする。宣言がなければ攻撃はしない」
「信じられるのか」
「信じてもらわないと試験すらできない」
カリムは身体を覆う外套を投げ捨て、軽装となる。武器を隠していないという証明か。それを誠実と取るか、罠と取るか。ホロホロは思案し、迷いながらも前者を取った。腰を落としながら尻ポケットに入れていた媒介を取る。手に馴染む『ソレ』はハオから渡されたものだった。
「試験開始だ」
瞬間、全身の毛穴が開いたようなおぞましさがカリムを襲った。原因は目の前に存在する。
静かであり、雄大であり、畏怖である最も神に近い自然霊。
スピリット・オブ・レイン。
パッチ族が守護するグレートスピリッツの分け身の一体。
スピリット・オブ・ファイアと同様に盗難された一体。
「お前、ソレをどこで──」
「試験中だろ」
ホロホロの声は研ぎ澄まされた白刃を思わせる。それは刀か、もしくは薄氷か。
「オーバーソウル! スピリット・オブ・レイン!」
眼前に構えたのは媒体である扇だった。畳まれたままの扇をそのまま横薙ぎに振るい、スピリット・オブ・レインをオーバーソウルさせる。
『ホロホロには何か媒介が必要だね』
以前、ハオに言われた言葉を思い出す。
そもそも空気を媒介にしてスピリット・オブ・ファイアをオーバーソウルさせているハオが規格外なのだ。同じようなことをホロホロが行ったなら数分で巫力が尽きるだろう。それを防ぐための媒介。
『本来なら霊のシンボルになるものやシャーマンの思い入れのあるものが良いんだけど……
ハオの視線には責めるようなものは何一つ含まれていない。だがホロホロはそんな瞳を真っ向から受け止めることができず、視線を逸らす。
思い入れ。
最初に思い浮かんだのはアイヌの祭具であるイクパスイだ。
だがホロホロは逃げたのだ。
家からも、土地からも。
そんな人間が一族の祭具を媒介にするなんて、厚顔無恥にもほどがある。
……ホロホロに案がないのなら、とりあえずコレを使ってみるかい?』
手渡されたのは一本の扇子だった。骨部分の鈍く輝く光沢や強度が高級感を感じ、ホロホロは思わず指先で摘まんでしまう。こんなに高そうなものに馴染みがないのだ。そんな様子を見たハオはいたずらに成功した子供のように破顔させ、「歴史あるものだから大事にしろよ」と更にホロホロを高級感で怯えさせる。そして再度呵々、と笑った。
『扇子も祭具として使われることもあるし、丁度いいんじゃないかな』
今にして思えば、自身が最初に思い浮かべたイクパスイとこの扇子は『祭具』という共通点があった。少しでも馴染みあるものが使えるようにとハオの配慮だったのか、ホロホロにはわからない。だが気まぐれとも言えるその配慮に救われたのも確かで。
力強く握られた扇子に伝わる冷気。溢れ出した巫力は扇子を核に実体を露わにしていく。
「ネイケフイケキロロ!」
振り抜かれた斬撃は、周囲のフェンスを凍てつかせながらカリムの足下へ向けられる。
(うまいな)
戦闘時、一発で決着がつけられるなら当たり判定が大きい胴体でもいいのだが、まず足を潰すというのは定石だ。
対人戦闘に慣れているのか?
カリムは思案ながら自身の持ち霊であるブラックシクルをオーバーソウルさせる。
カリムのオーバーソウルブラックシクルは直接攻撃が得意であり、今回の試験と相性が悪いように思われた。
だが十祭司に選ばれた男である。
カリムはケンタウルスを思わせるフォルムとなり、その逞しい脚で漆黒の空へ飛び上がる。屋上のコンクリートにヒビが入るのが視界に見えた。大事の前の小事とはいえ、カリムもパッチ族で現場監督を行った身である。小さく謝罪をしたまま、上昇していく。
闇に吸い込まれていくカリムをホロホロはただ見上げる。攻撃を諦めたわけではない。その証拠に狼の双眸の炎はまだ途絶えていなかった。
扇を広げる。沈んだ空のような濃紺に筆で描かれた五芒星。ハオの下にいる自身を象徴するようなものに、ホロホロの口元が微かに上がった。
ホロホロはまるで演舞のように扇を泳がせ、冷気を漂わせていく。ビルの屋上のみに霜が降りた。そこは極寒なる氷の世界となる。
「カウカウプリウェンペ!」
無数に現れた氷塊の狙いは、落下してくるカリムだ。空に向かって放たれた氷塊は、散乱銃のように隙間なく埋め尽くしていく。
「まだだ!」
カリムは氷塊を足場とし、空を駆ける。的確に自身が足場として使える氷塊を瞬時に選び、地上へ降りていく様は、ホロホロが手合わせをしたどのシャーマンよりも強いことを確信する。
「さて、これで終わりか」
「んなわけねえだろ」
ホロホロの舌打ちが夜に溶ける。
いくら持ち霊が優れていようとも、使い手のせいでシャーマンファイトに出られないのは恥でしかない。とはいえ、今までの特訓で絡み手というものを使ったことがなかった。それは力押しが多い仲間達の弱点なのかもしれない。
……まあ、今考えてもしょうがねえか」
ホロホロは前傾姿勢を取る。まるで獣のように。巫力を纏わせた扇子を畳み、小刀のように握りしめる。
カリムは構えなかった。本気で対峙すれば勝敗は決まっている。いくら持ち霊が強大でも、扱っているのは未だ子供。熟練度の差で倒すのは簡単なのだ。だがこれは試験である。実のところ、ホロホロがオーバーソウルを使えるのがわかった時点で試験は終わりだったのだ。シャーマンファイトの参加資格は『オラクルベルを持っている』『オーバーソウルが使える』なのだから。
だがカリムは一念の不安があった。
盗難されたスピリット・オブ・レインを持つ少年。その気質は悪いとは言いがたい。だが彼がどう転ぶのかはわからない。彼の傍にはあのハオがいるのだから。
ここで見極めよう。
シャーマンの闘気に影響されたのか、ブラックシクルが鼻を鳴らす。呼応するようにホロホロの視線は鋭利となっていく。
「ぶちかますぜ、レイン!」
「かかってこい、ホロホロ!」
その夜、局地的に雪が降った。だがその近隣の住人からすれば、それは雪ではなく霰のようだった、などの証言があった。