炎のように赤く染まった空に、少しずつ青を混ぜていく。菫のような紫から深海のような藍へ。そびえ立つ店の照明が次々をつけられていく。これが都会の『夜』の合図だった。
都心の大通りは酷く騒がしい。星明かりすらも掻き消すほどのネオン光に、ビルは目を細めた。出身は眠らない国アメリカであり、脚光浴びるアメフト選手だったのにも関わらず、野宿で慣れた身体にはその光は些か強すぎた。
通りの端で敷き布を広げ、簡素な木箱を並べる。ブロッケンからのアドバイスで木箱は浅く、そこに並んだ工芸品や装飾品が映えるようベルベットが敷かれた。準備作業も数回も繰り返せば慣れたものだ。
「今日もそれなりに売れてくれりゃいいんだけどな」
「あまり顔出すな。補導されるぞ」
ビルの背中から顔を出すホロホロを肘で押しやる。日が落ちきった時間帯に未成年を連れ回しているのが知れたら、さすがに国家権力が動いてしまう。恐ろしいというより、煩わしい。きっとその煩わしさを欠片でも住処に持ち込むようなら、未来の王は厭うだろう。下手をすれば虫を追い払うかのように、都心が焦土となる可能性すらある。
シャーマンならまだしも、一般人にそこまで敵意を持っていないビルにとって、それは最悪の事態だった。
「ザンチンが売り子すると違う客が来るんだよな」
「見た目が売人だからな……」
遠くを見つめる目には哀愁が漂う。
ことの始まりは数日前。ホロホロがビルやザンチン、ブロッケンに売り子を頼んで間もなかったとき、一人の男が売り子をしているザンチンに声をかけた。
「ここでは何を売ってるんだい」
「工芸品さ。俺の一押しは木彫りのパンダだな」
「ほお」
ホロホロにヒグマとパンダの違いを懇々を説明した甲斐あってか、ザンチンも納得がいく木彫りのパンダだ。愛らしくタイヤにじゃれる一瞬を切り取った(説明に説明を重ねたザンチンの)自信作。
男は木彫りのパンダを手に取り、様々な角度から見る。その目の鋭さは最早検分に近い。男の纏う雰囲気にザンチンの神経がピリついた。その日も背に隠れていたホロホロも男の異質さに気づいていた。だが今の状態はただの客。手を出すこともできない。耳に神経を集中させ、男の出方を待つ。
「冷やかしなら帰ってくれ」
「いやいや、ところで聞きたいんだが──」
何処にクスリを仕込んだんだ?
「「帰れーーーっ!!」」
心に傷を負ったザンチンはブロッケンに介護させ、それからは売り子はビルが請け負うこととなった。
本日は金曜日。世間では『花金』と呼ばれ、一週間の疲れを酒で癒やそうとする者が多く出る日だった。そのふやけた頭だと財布の紐も緩くなり、結果一週間で一番の売り上げをたたき出す。ビルやホロホロもそれ狙いだ。
露天の準備はできた。あとすることはない。弱まる気配を見せないネオン光を遮るよう、タオルを頭に被せる。ないよりマシだ。
時計の針が一周した頃か。ふと、光が遮られる。ビルはタオルを取り、おざなりな挨拶をした。
客はビルやザンチンと同等の身長を持つ男だった。だが巨体というより、引き締まった身体をしている。一瞬顔を見たホロホロが最初に連想したのは、野生動物だ。器具を使って作られた計算された筋肉ではなく、自然の営みの中で育て上げた筋肉。この現代社会における『異質』だった。
「少々お尋ねしたいのだが」
「道案内なら勘弁してくれ。俺もここにはそう来ないんだ」
「いえ、尋ねたいのは道ではなく──」
男は指を差す。ビルではなく、背にいるホロホロに向かって。
「キミが碓氷ホロケウか?」
それは隠したはずの本名だった。
ホロホロの呼吸が止まった。動揺に瞳は落ちんばかりに見開かれ、ふるふると視線が定まらない。とぼけようにも、喉が痺れたように発声を拒絶していた。その姿はあまりにも憐れで。ビルは自身の身体でホロホロを背に隠し、ヘルメットを手に取る。そのヘルメットはビルの媒体だ。持ち霊であるチームメイトが周囲を取り囲み、視覚的巫力的に圧をかける。相手が一般人ならば無駄な行為だが、目が合った瞬間確信した。
この男はシャーマンである。
「誰だか知らないが、未成年を脅すとはいただけんな」
「いや、誤解しないでほしい。ただの確認だ。人違いでは済まされんのでな」
男は包囲されているというのに、焦る様子を見せない。それどころか鷹揚であり、それは余裕の現れとも見える。心の強さがシャーマンの強さ。ビルの警戒心は更に一段階高くなった。男はそんなこと知らぬと、懐のポケットから携帯ゲームのようなものを取り出した。
「オラクルベル。来たるシャーマンファイトへの参加資格だ」
「シャーマンファイト……」
それは次世代の神を決める戦い。
幼い頃の記憶が蘇る。
祖父が繰り返す呪いにも似た言葉。
「お前は一族の代表に選ばれた」
神の名前には誇りと恐れが同居していた。
ホロホロはその対局の想いを胸に生きていた。
だがあの時を境に、神の名前の重圧に負けてしまったのだ。
今も尚、少女の背中を幻視する。
小さく幼い背中は、儚く思えた。
「キミはグレートスピリッツに選ばれたのだ」
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