鯖男
2022-05-12 14:22:12
1228文字
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くじびきピノホロ2

祭司ピノの詠唱が書きたかった。

「こちらが斎場の入り口となります」
案内されたのは切り立った崖にぽっかりと空いた洞窟だった。僅かな足場を頼りにしか辿り着くことのできないその入り口は、その時点で選民していると言わざる得ない。
だが今回儀式を受ける人物は、案内役が指示する足場よりも危うい足場を使って入り口まで辿り着いた強者だ。
名を碓氷ホロケウ。
ここよりも遙か東の国の長の息子。狼の名を受け継ぐ次期族長だった。

洞窟は人為的に空けられた為か、随分と整備されていた。等間隔に設置された松明は距離感を狂わせるためか、とホロケウは訝しむ。とはいえ入り口から一本道である。ならば単純に灯りのためか。自嘲のように息を吐いた。他国とはいえ歓迎されているのだ。自身の警戒心に眉を顰めつつ、案内役の背を追う。
一歩一歩奥に進む度、空気が冷え込んでいく。それは洞窟だから、というだけではないだろう。ここは斎場──清浄な場である。痛いほどに冷たく鋭い空気は清廉されており、これほどまでに儀式に適した斎場もないだろう。責任者である祭司の腕の良さが知れる。
「まもなく斎場でございます」
案内役の厳かな声に、空気が張り詰める。
抜けた先はドーム状に広がった空間だった。洞窟とは異なり、剥き出しの岩肌は人の手が入っていない。
天井を見上げれば、切り取られたかのように夜空が覗いていた。無数の星屑は儚くも確かに瞬いており、夜色のヴェールを彩っている。一際目立つのは鮮やかな満月である。その白さたるや、神秘的でもあり蠱惑的でもある。満月の晴れた夜。これから行う儀式に必要なファクターだった。
そして空の空洞から月明かりを浴びるのは一人の祭司だ。
フードから覗く金髪は、この国では珍しい。だからこそホロケウは誰なのか理解してしまった。居心地悪そうに顔を顰めるも、神聖な儀式である。背筋を伸ばし、祭司の下へ歩み寄る。
「運命の子よ。はらからよ。尊き血潮を携えし子よ」
それは詠唱だった。
携えたヤドリギの杖で苔むした石を叩きながら、唱えられていく。その低音はベッドの中とは異なり、熱はない。詠唱とはそもそも熱を通わせないものだ。その点において、祭司の詠唱は完璧だった。
ホロケウは祭司の前まで行き、片膝をついて頭を垂れる。反逆の意志がないことを示すために両手は胸の前で合わせられていた。
「幾たびの夜を越え、朝を越え、春を越え、夏を越え、秋を越え、冬を越え、己(おの)が歩みを止めるなかれ。気高き瞳は己(おの)が神へ。鋭き牙は己(おの)が神へ。はらからよ。尊き血潮を携えし子よ。血濡れの戦場にて己(おの)が衣を染め上げよ」
詩は魔力を纏い可視化される。それは雪の結晶に似ていた。ホロケウの頭上に舞い散る結晶は月明かりを反射し、まるで祝福のように降り注ぐ。
「ホロケウ殿、これにて元服の儀は終了でございます」
「そうか」
祭司は恭しく頭を下げ、数歩下がる。
先ほどまで仄明かりを放っていた結晶は、もう姿形もなかった。