鯖男
2022-04-28 15:12:15
2585文字
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ハオホロif幕間

ビルから見たハ組に入ったホロホロくんってはなし

蛍火のように淡く、劫火のようにおぞましい少年が、新たな『仲間』を連れてきた。
薄氷のように脆く、氷山のように頑なな少年だった。
その瞳で何を見たのか。曇り硝子のようにぼやけた双眸は酷く危うい。
その手で何を掴んだのか。はたまた何を掴めなかったのか。
俺たちにはわからない。わかろうとはしない。
ここでは炎の化身たる少年──ハオ様が絶対なのだ。
ハオ様が「仲間にする」というのなら、それは決定事項である。
俺のときもそうだった。
「これから仲間になる碓氷ホロケウ──ホロホロと呼んであげてくれ」
ホロホロと紹介された少年は、ハオ様が好んで羽織っている外套を着たまま、見間違いかと思うほど浅く会釈した。

季節は秋である。
秋と言っても、日本の四季ではまだ夏の残り火を残す九月上旬だった。
川の下流一帯に雪が降った。霜柱が降りた。木々の表面は凍り、所々紅葉を見せていた葉の表面に、きらきらと霜が輝く。穏やかな川も次第に鈍くなる。岸からじわじわと凍り付き、やがて川の底まで見通せるほど透明な銀盤が完成した。
そこだけが冬──と呼ぶには生ぬるい。最早極寒と呼ぶに相応しいだろう──と化していた。
「な、んだあ……こりゃあ……
ザンチンの声には普段の余裕も悪態もなく。
そこにあるのは畏怖だった。
かくゆう俺も同じ気持ちだ。
なにせ新入りのガキの背後には、ハオ様と同格の自然霊が佇んでいたのだから。
「オーバーソウル『スピリット・オブ・レイン』」
青に緑、寒気がするほど深い青。様々色を変える自然霊は、ホロホロの声に応えるように両手を天に掲げる。まるで天に祈りを捧げる祭司のように。ならばそれを従えるホロホロは王か。神か。王ではない。王は我らがハオ様他いない。ならば神か。否定は、できなかった。
神々しさすら纏うホロホロはスピリット・オブ・レインに倣うよう、両手を天に掲げ、一言呟いた。
「カウカウプリウェンペ」
瞬間、氷塊が地面を抉る。まるで砲丸投げの鉄球だ。こんなものが脳天に当たった日はどうなるか。血の気が引いたのは俺だけではない。ホロホロの攻撃範囲にいた俺、ザンチン、ブロッケンはすぐさまオーバーソウルを展開し、防御に徹する。攻撃などできるはずもなく。氷樹と化した木々をへし折り、銀盤となった川に穴を開ける。さながら隕石だ。雷に震える子供のように縮こまる俺たちなど関係ないとばかりに、氷塊は降り注ぎ、やがて終わった。
「終わったか……?」
ブロックの家から頭を出し、ブロッケンが呟く。同じように俺も壁となったチームメイトの隙間から顔を出す。
冬は終わっていた。
凍り付いた川も徐々に溶けていき、少しずつであるが川の流れが戻っている。霜柱はとうに溶け、地面はぬかるんでいた。木々も紅葉した葉を揺らしながら、表面を濡らす雫を落としている。ホロホロがスピリット・オブ・レインを解除したのだろう。周囲はまだ暖かみを残す秋へと戻っていた。
「実力を見るって言ってたけど、これでいいのか」
ホロホロは小首を傾げながら問う。あれほどの巫力を使っても顔色一つ変えない子供に、俺はハオ様と出会ったときのことを思い出す。あれは子供の姿をしているが、敬畏を体現する人だった。否。人ではないのかもしれない。そして目の前の子供もまた、人ではないのかも知れない。
「チートみてえな強さだな、クソ」
「でもやはりハオ様が連れてきた存在だな」
「ああ……そう、だな」
俺は言い様のない気味悪さを必死に隠しながら、ホロホロの肩を叩いた。折れそうなほどに華奢な体つきだった。

夜。俺たちは各々のテントで眠りにつく。見張りなどはいなかった。なにせ自身の身は自身で守るものだからだ。延々と止まらない川のせせらぎと草木のざわめく音。母国ではあまり馴染みのない穏やかな子守歌に、俺の目は冴えてしまった。このまま寝返りを打ち続けても眠れそうにない。俺は観念するようにテントから這い出る。今夜は雲が分厚く、月は隠れてしまっていた。だがどんな田舎でも街灯が設置された法治国家日本では、月明かりなどなくとも遠くまで見通せる。人間の手が入っていない土地など、最早ないのではないかと錯覚するほどに。
ふと川岸で何かが蹲っているのを、目で捉えた。反射的にオーバーソウルをするが、何かを理解した瞬間、オーバーソウルは霧散する。
蹲っていたのは日中、おぞましい力で三人のシャーマンを蹂躙した子供だった。小刻みに震える身体は、日中触れた華奢な体つきも相まって酷くか弱く見える。
「おいどうした。腹でも痛いのか」
肩に触れるか触れないかのとき、破裂音が二人の間で響く。原因はホロホロが俺の手を払ったのだ。そしてその払った手には、腕には、鱗が張り付いていた。
──否。よく見ればそれは氷だった。氷の破片が鱗のように張り付いていたのだった。
「これは……
「なんでも、ねえから」
「なんでもなくないだろう、これ……
こうして会話している間も、肌を氷の欠片が覆っていく。身体が震えていたのは、氷のせいで体温が奪われていたからか。
「なんでもねえよ。スピリット・オブ・レインが俺には過ぎた霊なだけだ」
「スピリット・オブ・レイン……
ハオ様と同格の自然霊。対峙しただけでわかるプレッシャー。一介のシャーマンが扱えるものでもあるまいに。
「お前は何でそんな霊を」
「──力が、」
ほしかった。
祈りにも、懇願にも捉えられるそれを最後に、ホロホロは意識を手放した。崩れながら地面に臥すその姿は、侮辱とわかっていながら憐れと思う。

「ホロケウを仲間に入れた理由? 使えそうだな、と思ったからだよ。それ以上の理由なんてないよ。……スピリット・オブ・レインを渡した理由、ねえ。ホロホロと馴染みがいいと思ったし、彼には持ち霊がいなかったからさ。まあ、僕と同じグレートスピリッツの分霊みたいなのだから巫力を少々増やさせてもらったけど。ビル、キミもやるかい? 短時間で巫力が上がるよ。やらない? そう。利口な判断だね。あんな無茶な巫力の上げ方、ショック死か廃人が大半さ。わかっててやらせたのか? うん。だってホロケウは大丈夫だよ。彼は折れないし迷わないから。ビルも彼を見ててあげてね。折れないし迷わないけど、そのせいで特攻かけて死んじゃうから」