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鯖男
2022-04-21 14:21:03
2984文字
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ハオホロif 2
目が眩むほど鮮やかな青。
その中で一際雄々しく一際禍々しい鳥がいた。
否。鳥ではなく。
スピリット・オブ・ファイア。
全知全能とも呼べるグレートスピリッツ。それが内包する自然現象の記憶を抽出して創られた自然霊の一体である。
今は主人である少年によって、戦闘機を思わせる外装となっていた。
戦闘機。戦闘機ならば必ずあるもの。
コクピットである。
中央の防弾硝子で囲われたのは一人掛けのコクピットだった。
その小さなコクピットには、同じ年頃の少年が収まっている。
碓氷ホロケウ。
少年が北海道から連れ出したとある民族の少年だ。
「
……
これからどこに行くんだ?」
静かな声だった。平坦で子供らしい賑やかさなど微塵もない。
目を細め、空の彼方を眺める瞳は深く暗い。まるで深海を思わせるそれに、彼を連れ出した少年は口元だけを愉しげに歪ませる。
なんて憐れでかわいいのだろう。
ホロケウは少年からの愛玩じみた視線など気づかず、空を眺める。雲が薄く、少年の心を嘲笑うかのような気持ちのいい青だった。
「そうだね。すぐにでもみんなに紹介したいのだけど、お前は弱すぎるから。それなりにしてからみんなに会わせてやろう」
少年──ハオは主翼に寝転がりながら微笑んだ。
ついた先は人気のない海岸だった。
そこだけ見れば、海水浴の穴場スポットのようでもある。
正直ホロケウも最初、そう思った。
だがコクピットから降り立った瞬間、そんな甘い考えは霧散する。
足下から沸き立つ怖気に、筋肉が強ばる。自身の身体だと言うのに、指先一本動かせないのだ。悲鳴が漏れなかったのは、喉すら恐怖に震えていたからだった。呼吸が浅くなり、視界が狭くなる。酸素が脳まで行き届かない。景色が回った瞬間、細い腕がホロケウの腕を掴む。お陰でホロケウは砂浜に大の字で倒れず、膝をつくだけで済んだ。
「ふむ。やはり生まれは重要だね。本格的な修行はまだでも、霊感はそれなりにある」
「っか、は
……
」
喘ぐように酸素を求める。その姿は打ち上げられた魚を連想させた。
「約束しただろう? お前を強くしてあげる。何物にも負けないように、と」
ハオは微笑む。主翼に寝転がっていた先ほどのように。
慈しみの視線と嘲笑の口元が酷く歪で、ホロケウは胸に小さな疼痛を覚えた。
切り立った崖の側面を、スピリット・オブ・ファイアが滑空していく。肩にはハオが、片手にはホロケウが立っていた。
ヤスリのような側面に沿って滑空していけば、やがて洞窟が見えた。スピリット・オブ・ファイアが通れるほどに大きなそれは、自然にできたとは言いがたい。ふと、炭化している外壁が目に入る。それだけで察しはついた。
洞窟の中は冬を感じさせるほど冷え込んでいた。だが雪国育ちであるホロケウにとっては寒さとも呼べないものだ。
ホロケウが身震いするのは寒さではない。最奥にいる『何か』の気配だった。
恐ろしい。同時に感謝の念が沸き立つ。
『畏敬』と呼ぶのが正しいのだろう。それはホロケウにとって身近な、自然に対するものだ。薄々ながら、ホロケウはこの先にいるものの正体が掴みかけてきていた。
「察しがいいことだ。だからこそアレはお前に相応しい」
「アレ
……
?」
最奥には神がいた。
少なくともホロケウの目にはそう見えた。
神はしめ縄で作られた囲いの中で、空虚に佇んでいた。囲いは地鎮祭などで目にするものに近い。ただ異なるのはその本数である。何重にも束ねられたしめ縄は、檻のようにも見える。
「スピリット・オブ・レイン」
ハオはそう呼ぶ。
青にも緑にも見える肢体は、雄大な海を思わせる。それもそのはず。スピリット・オブ・レインは、この世全ての水に関する事象を司る。肢体の色は世界の海の色である。青にも緑にも、深海の色にも成れるのだろう。
スピリット・オブ・ファイア同様に、自然現象の記憶を抽出して創られた自然霊の一体である。
「でもコレの霊力は三十三万。お前なんかが扱える代物じゃない」
「ならどうすんだよ」
「こうするのさ」
衝撃があった。
視線を下ろせばそこには炎の矛が突き刺さっていた。否。矛などではない。それはスピリット・オブ・ファイアの爪である。発火。ホロケウの小さな身体は一瞬で燃え上がる。眼球の水分が蒸発する前に見たのは、ハオの悪気のない笑みだった。
「──っは!?」
「やあ、おはよう」
ハオは岩場に寄りかかっていた身体を起こし、声をかけた。まるで朝の挨拶のように軽く。
ホロケウは飛び起き、周囲を見回す。自信が全裸であることなどお構いなしに。
「俺、おれ、死んだんじゃ、」
「ああ、うん。死んだよ」
「は、」
「呪禁存思──蘇生術だね」
ハオはホロケウの前に立ち、無情に言い放つ。
「これからお前には、死んで生き返るを繰り返してもらう。そうすれば手っ取り早く巫力が上がるからね」
内容は無情なくせに、口元には笑みがたたえられていた。おぞましい笑みだった。
死んで生き返る。
傷口が燃えるように熱いくせに、氷のように冷たくなる現象を何度も行う。
指先が酷く冷たい。末端まで血液が行き届いていない証拠だった。
「怖いかい?」
「
………
」
返事はない。そもそも齢十の子供に生死の有無を問うのが間違っていた。
だが。
ここにいるのはシャーマンの末席であり、神の名を受け継いだ者であり、引き下がれないところまで来ているのを自覚している者だった。
ギラついた双眸は、薄氷のように危うい。
無自覚だろうか、口元に浮かぶのは歪な笑み。
はからずも、ハオが浮かべていた笑みと同様のものだった。
それからホロケウは地獄を見た。
本物の地獄ではない。死亡と蘇生のスパンが早すぎて、地獄すら行き着く暇がないからだ。
死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って死んで生き返って。
数えることすら馬鹿らしくなって。
自分が何者か朧気になって。
ただ自身には罪があることは覚えていて。
業火で燃やされる瞳から一筋の涙が零れた。
空は黒く染まっていた。今夜は月がなく、海すらも恐ろしいまでに黒く染まっていた。
満潮が近い。洞窟は海水によって塞がれようとしていた。外壁を波で打ち壊しながらじわじわと。このままでは中のハオとホロケウの命はないだろう。
このままならば。
瞬間、波が穏やかとなり、やがて停止する。波が穏やかになることはあれど、停止するなど自然界の海では考えられまい。だが現実にそこにある。
停止した波は流れを変え、一気に引いていく。月の引力に関係する潮の満ち引き。こんな短時間で起こることはない。異常だった。
潮が引けば、海水によって塞がれていた洞窟の出入り口が顔を出す。そしてそこから二つの人影が現れた。
スピリット・オブ・ファイアを使用するハオ。
そしてスピリット・オブ・レインを持ち霊としたホロケウ。
ハオから半ば無理矢理奪い取った外套を羽織り、ホロケウはスピリット・オブ・レインの手の上で横になる。
「つかれた
……
」
「ああ、そうだね。しばらく寝てなよ」
お疲れ様。
頭を撫でるハオの手は温かい。
それが酷く優しくて悲しかった。
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