鯖男
2022-04-15 23:09:49
2446文字
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ハオホロif

ハオ組に入るホロホロif話。忘れないうちにぐあ〜〜〜っと書いた。

最期に見た少女の顔はどんなものだったか。少年は覚えていなかった。
なにせ顔すら合わせていない。声をかけられても、悲痛をぶつけられても、無視し続けたのだ。
狼の名を受け継いだシャーマンの少年と都会の少女。
自然を繋いでいく者と自然を破壊する者。
少年は祖父の言葉を思い返す。
正反対の生き方をする生き物が手を取るなど、土台無理な話だった。

黒部民子さんが亡くなりました。
「は?」
現実味のない言葉に、机に突っ伏していた少年は身体を起こす。
担任の言葉には熱がなく、淡々と事実だけが告げられていた。それは受け持っている生徒の死を理性的に処理しようというものではなく、単にいい厄介払いができたと安堵が感じられた。周囲から疎まれていた少年は、担任の機微を察してしまったのだ。
『亡くなった』という強すぎる言葉に、教室は水を打ったようになった。だがそれは一瞬のことで、普段の放課後へと変色していく。死の色の白黒から普段のカラーへと。当たり前の日常の色へと。
そもそも少女が亡くなったことを、気に留める人間などこの村にはいなかった。
同級生の笑い声が酷く不快だった。
担任のプリント配布や明日の宿題の説明が憎らしかった。
いつも通りの日常すぎて自分だけ違う世界に放り込まれたのでは、という錯覚に落ちた。
空は相変わらずの快晴で。
青空に早咲きの桜の花びらが数枚舞っていた。
春の訪れだった。

次の日、担任と同じクラスの生徒が少女の家に集まった。皆、黒を基調とした服を着ており、慣れない雰囲気にそわそわと目を泳がせている。小学生にとって、冠婚葬祭など自身に関係のない人物のだったら全て同じなのだろう。
もっとも少女が同級生との仲を育もうとしても、前提が無理だった。
ダム工事現場監督の娘。
住んでる土地を沈めに来た人間と仲良くする者は、この村にはいなかった。
少年を除いては。
ただその少年も、少女の手を離したのだが。
少年の足取りは危うかった。だがそれを指摘する者はいない。少年も少女同様に、村から受け入れられていなかったからだ。
一晩経ったが、現実味は未だなかった。頭は酩酊したようにふあふあと覚束ない。そのくせ、鼻孔を擽る線香の香りだけが、酷く鮮明だった。
皆が集まったのは、焼香をあげる為だった。一クラスと言っても田舎の学校なので、三十人も満たない。特に感傷もない人間の焼香はすぐに終わった。
少女の家の前で担任から解散の号令がかけられ、皆散り散りとなっていく。この後火葬があるが、誰一人として残らなかった。
少年も残らない。
糊の利いた着慣れないワイシャツのまま、延々と歩いていく。
歩いていく。
歩いていく。
幽鬼のように歩いていく。
辿り着いたのは以前、丘スノボーをしていた土手だ。吹き抜ける風が少年の頬を撫でる。まるで慰めるようで、目の奥がつん、と痛んだ。
「あ」
長い間、黙っていたために随分と掠れた声だった。
遠くの方で煙が登る。小さく飛び出た先端は煙突だ。そこは田舎に唯一ある火葬場だった。白い煙がぐんぐん登っていき、ある程度まで上がると消えてしまう。上空は風が強いので、簡単に掻き消されてしまうのだ。
瞬間、少年は理解した。

ダム子、死んだのか。

涙は出なかった。
湧き上がるのは悲しみではなかったのだ。
それは自分への失望。
自分は一族の未来を背負う狼などではなく、未来のプロスノーボーダーでもなく。
ただの人殺しだった。
「────、」
息が、漏れる。息を吸う。肺を満たす空気は痛いほどに冷たい。このまま肺を凍らせてくれればいい。だが季節は漸く雪解けした春。肺など凍るはずもなく。
罰など下るはずもなく。
「碓氷ホロケウだね」
少年──碓氷ホロケウの隣に少年が立っていた。
ホロケウより年上だろうか。上の方で髪を括っていても腰まである、烏の濡れ羽色の美しい髪だ。ネイティブアメリカンを模した衣装は随分と目立つ。この辺りで見たことがないので旅行者だろうか。ホロケウは少女の死によって、痺れたままの脳でそう決定づけた。
「酷い人間達だったね」
少年は口元を歪める。声は優しく甘く。縋りたくなるほどに魅力的だ。
だが確かにその通りだった。酷い人間達だった。人が亡くなったというのに事務的に焼香する担任と同級生。恐らく明日になれば少女──黒部民子の席に花が飾られ、それで終わりなのだろう。何も残らない。遺らない。
……ひどいのは、おれもだ」
振り絞られた声はひどくか細い。
担任も同級生も酷いが、ホロケウは自身こそが害悪と判をしたのだ。
この土地で唯一とも言える民子の寄る辺。だというのに、ホロケウは彼女を拒絶した。勝手な差別によって手を離した。
「俺が、ダム子を──」
ころした。
固く静かな言葉はホロケウの胃に滑り落ち、ごろりと疼痛を残す。
終わった恋の痛みだった。
「ホロケウ、僕の元に来るといい」
「──ぇ」
ホロケウは顔を上げ、少年の顔を見やる。飴色の双眸がホロケウを見つめていた。その視線は慈しみにも哀れみにも捉えられる。ただ共通するのは、手を差し伸べられていることだろう。
「僕は差別がない世界がほしい。そのためにシャーマンキングになるんだ」
「シャーマンキング……
祖父の言葉を思い出す。地球に生まれた全ての魂の智恵と力を持つ全知全能。ホロケウはシャーマンキングを決める大会に優勝し、自然や一族を守れと決定づけられていた。
「差別がなければこんな馬鹿げたことはもう起きない。そうだろう?」
「あぁ──」
視界が歪む。目の奥が熱く燃えているようだった。溢れ出るものを必死に抑えるが、決壊は間近だ。だが決壊の瞬間、少年は手のひらでホロケウの両目を覆う。
「キミを強くしてあげよう。何物にも負けないように。敵意にも、差別にも負けないように」

北海道で一人の少年が行方不明となった。
警察が包囲網と敷いたが、結果は芳しくなく。
数年後、捜索が打ち切られた。