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鯖男
2022-04-08 19:40:17
2097文字
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ハオホロしてま〜す
だむこの夢みて鬱になってるところにハオ様がお誘いに来る話
夢を見た。
春の訪れのような仄かな甘みと切なさを持つ少女だった。
絹糸の如き黒髪は、雪原によく映えており、太陽の光を浴びれば燦めいていた。
快活に微笑む様は、男女問わず虜にさせる愛らしさを秘めていた。成長すれば勘違いする男も増えたことに違いない。その一人は自分であるのは決定づけられているが。
「───」
無声映画のように口だけを動かす少女に、息を呑んだ。心中から湧き出るおぞましさに歯噛みする。震える指先で少女に触れれば、呆気なく少女をすり抜けた。
少女は笑う。
甘く笑う。春の訪れのように。
そして、
冬の訪れのように物言わなくなった。
「──っ!」
最初に目に入ったのは、見慣れぬ天井だった。視線だけで周囲を確認し、規則正しい寝息を二つ確認する。ここはシャーマンファイト選手控え室である旅館だった。
目が暗闇に慣れていくにつれ、周囲の闇が青く染まっていく。ホロホロはゆっくりと呼吸を繰り返し、心臓を落ち着かせていった。落ち着けば気になるのは寝汗の冷たさだ。着替えるのも億劫である。ホロホロは夢遊病よろしく、幽鬼のようにその場を後にした。
つっかけのまま表に出れば、夜色の闇が広がっている。頬を撫でる風の冷たさに、高ぶった神経が宥められていった。深く息を吐き、澄んだ空気を肺に満たしていく。
持霊であるコロポックルは今はいない。この夢を見たときは、どうにもあの妖精の顔が見れなかったのだ。妖精も理解しているようで、弱々しく微笑んでから姿を消すのが暗黙のルールとなっていた。
ホロホロは眼前を睨みつけ、舌打ちをした。持霊にそんな気を遣わせてしまう自身に嫌気が差す。
「お前も夜の散歩かい」
瞬間、背筋に寒気が走る。生物的な本能を震わせる声だった。ぷつぷつと湧き上がる鳥肌を
隠し、反射的に身体を反転させる。
夜の風に遊ばせる髪は、闇を溶かしたように艶やかな黒だった。ふと、記憶の少女が重なり、頭を振る。目の前のバケモノと同一視などさせたくはなかった。
「てめえは何しに来たんだよ」
「「お前も」って言っただろ。僕は夜の散歩だよ」
ハオはゆっくりと歩きながら答えた。小馬鹿にするように聞こえたのは、気分が落ち込んでいるせいだろうか。
「嫌な夢を見たんだね。かわいそうに」
「は──?」
いつの間にか手を伸ばせば届く距離にハオがいた。目を伏せるハオは微笑みを崩さないが、哀れみを滲ませた声でそう言う。
哀れみ。同情。
それはホロホロにとって侮辱そのものだった。
スピリットオブファイアが控えているのも、コロロが傍にいないのも頭から抜け落ち、ホロホロの拳を強く握られ、ハオの顔面を捉えた。
「怯えながら牙を向けるなよ」
だが出された拳はハオまで届くことはない。当たり前だ。ハオは心が読める。短絡的な攻撃ですら、ハオにとっては予定調和なのだろう。ホロホロの拳はハオに掴まれる。そのまま弾き返せばいいものの、軋むほど強く掴まれた拳を離そうとはしなかった。離した瞬間、距離を取ろうとしているのがわかっていたからだろう。
「てめえ
……
!」
「そう邪険にするな。今のお前を見て決意が固まったよ」
ホロホロ、僕の元に来ないか。
ゆるりと細められた双眸は、人とは思えないほどに蠱惑的だった。
「な、ん
……
」
「お前は弱いだろう」
息が詰まる。図星だった。
「弱いから過去に怯えるんだ。僕の元に来れば強くなれるよ」
もう殴りつけた拳に力は込められていなかった。ハオは手を離し、重力のままに落ちるホロホロの腕を眺める。
「つよく
……
」
震える双眸は酷くか弱い。夜の青さと相まって儚さすら思わせた。普段の生命力に溢れた様を知っていれば、その差に目をまたたかせただろう。
だがハオは知っていた。
心に閉じ込めた氷が強固であることを。氷は闇となってホロホロの心を蝕んでいることを。
一人の少女が生み出した地獄であることを。
ホロホロは膝を折り、両手をついた。まるで許しを請うようであった。
「さあ、僕の手をとって」
手を差し伸べる。ホロホロにとって救いの手だった。伸ばされるホロホロの手。震える手。
──意志を失っていない手。
刹那、ホロホロは歯を剥き出し、ハオへ食らいつく。狙うは首筋。動脈。その姿はさながら獣──狼を彷彿とさせた。
「ははっ!」
「っくそ!!」
ギラついたホロホロの瞳がハオを捉える。
だがハオには当然わかっていた。バックステップで距離を取り、堪えきれないと言った具合に声を漏らす。
仮に心が読めなくともわかっていただろう。
ホロホロ──碓氷ホロケウは迷わない。故に強い。
だからこそ誘っても無駄なのだ。
「
……
この痛みも絶望も全部俺のだ」
てめえになんかやらねえよ。
それは絶縁の言葉だった。
だがハオは贈り物を貰った子供のように、口元を綻ばせた。
「
……
そうか」
人の強さを体現した男だ、とハオは思う。
自身が麻葉童子として生きていた時代にいてほしかった。
隣にいてほしかった。
お前がいれば、人に絶望しなかっただろうに。
全て後の祭りなのだが。
夜は更ける。
秘匿の遭遇は終わりを告げる。
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