鯖男
2022-04-07 16:58:20
1627文字
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ホの料理をピが食べる話2

カジとピノがお話する。ホロホロは出ない。

ピノ・グレアムという男は、食事に興味なかった。
元々極寒の大地での生活だ。取れる食事も限られており、修行のために洞窟や隙間風が吹くコテージで夜を明かすのも少なくはない。その際、栄養価だけ視野に入れた保存食で腹を膨らませるのだ。
栄養価だけ。
味は淡泊で簡素。保存食だからか乾燥しきっており、唾液と一緒に何度も噛まねば飲み込めない。
それでも生命維持はできる。
生きるために戦う。戦うために生きる。
それが幼い頃に刻まれた『食』に関する考えだった。

随分年期の入った二階建ての家。塀を伝う蔓やいかにもな倉庫が、童話の世界を彷彿とさせる。リフォームしたのか、比較的新しいインターフォンを押せば、機械的な呼び鈴が鳴った。
「よお、カジ。久しぶり」
「おお」
カジマヒデを出迎えたのは、シャーマンファイトにてチームリーダーを務めたピノだ。
あの頃の張り詰めた面影は微塵もなく、全てを出し切って負けた爽快感と重ねた年月が穏やかにさせていた。とはいえカジマヒデにとっては、片手で数えられる以上に年の離れた弟のような存在である。穏やかになったとはいえ、まだまだ手の掛かる子供感は否めなかった。
「いきなり来ちまったけど大丈夫だったか?」
「平気平気。ちょっと待ってろよ。今、茶煎れるから」
リビングに通し、ピノはそのままキッチンへと引っ込んでいく。
客人であるカジは、促された先のテーブルにつき、キッチンへ耳を傾けた。ヤカンに水を入れる音。コンロに火をつける音。時折聞こえる鼻歌は流行の曲か。生憎カジマヒデにはわからなかったが、ピノの低音は思いのほか聞き心地が良かった。
カタカタと蓋が揺れる音がし、火は止められる。棚から出されたマグカップにお湯を注ぎ、品の良い缶からティーパックを二つ取り出し放り込む。
「濃さは自分の好みで頼むぜ」
「ああ。悪いな」
鼻孔を擽る茶葉の香りは、ティーパックと思えないほど芳醇だ。あまり煮出しすぎても渋みが出てしまう。カジマヒデはある程度まで色を出したら、皿の上へティーパックを出した。対するピノは底が見えなくなるほど濃くティーパックを浸す。
「というか、随分変わったな」
「なんだよ、藪から棒に」
カジマヒデが言うのも無理はない。
ピノ・グレアムという男は、食事に興味なかった。
だというのに、食器棚には客人が来ても対応できるほどの食器が収まっていた。
棚には調味料がある程度収まっていた。
「昔は冷蔵庫の中、酒だけしか入ってなかったろ」
「今は野菜とか肉とか入ってっし」
「彼女でもできたか?」
「できるわけねえだろ。いや、できたとしても家に呼ばねえ」
苦々しく舌を出すピノに、苦笑いで返すカジマヒデ。
ピノの家は、先祖代々続くドルイドの家系である。
これまでの生き方か元来の排他的性格か、パーソナルスペースに他人を呼ぶのを良しとしなかったのだ。勿論チームメイトであるゾリャーやカジマヒデは別格である。
「じゃあ心境の変化か? あれだけ料理作ろうとしなかっただろう」
「あー……その、な」
頭を掻きながら視線を泳がせる。後ろめたいわけではないが、言いづらそうだった。カジマヒデは元々気長である。紅茶で喉を潤わせながら、ピノの言葉を待つ。
「ホロホロが家に来たとき、色々作ってくれんだよ」
「ほお」
意外な名前にカジマヒデは目を丸くした。多少なり関わりはあったが、まさか自宅に招くほど仲が良いとは思わなかった。
「あいつ、料理うまくてな。性格に似合わず」
「そうか」
「オムライス作ってもらった」
「そうか」
「アイリッシュシチューのレシピ読めねえっていうから、オレも手伝ってやったんだ」
「そうか」
カジマヒデの口が緩く弧を描く。
あれだけ『食』に興味がなかったピノが、楽しげに料理について話している。
「今度ホロホロに会ったらお礼しないとなあ」
「なんでだよ」
睥睨するピノを見ない振りしながら、カジマヒデは紅茶を飲んだ。