木々の隙間から覗く空は、突き抜けるほどの蒼天。国が異なるだけでここまで色が変わるのか。ホロホロは目に染みる青に目を細めながら息を吐く。
現実逃避もここまでにしよう。
なにせ無数のマシンガンがホロホロへ狙いを定め、絶え間なく撃ち続けているのだから。
相手はフルオートマシンガンを織田信長よろしく三段撃ちに据えていた。弾切れ起こす寸前に入れ替われば、途切れることない銃弾幕の完成である。
シャーマンとはいえ、堅実な職に就いている一般人であるホロホロを狙うには、些か大仰な準備だ。
だが相手がホロホロを一般人と見ていなければ話は別だった。
パッチ族の五大精霊を操る五人の戦士。
つまりソレを知っている者──相手もまたシャーマンということだ。
そこは人家から遠く離れた雑木林だった。
細い木々が視界を遮る戦闘には不向きな場所。だが敵はここで口火を切ったのだ。
迷彩を纏った敵の動きは組織的であり、訓練された熟練の戦闘員であることは間違いない。だが異質なのは最後尾にいる男だ。その男は恐ろしいまでに細身で希薄な存在感だった。下手すれば、雑木林の一本であると言われたら納得してしまいそうな。その男が両手を合わせ、口元を隠せば、よく知るチカラが膨れ上がる。巫力である。男はシャーマンだった。
ホロホロはイクパスイを握り、盾にしていた木から半身を出す。だが出た瞬間、銃弾の雨が襲いかかった。さながら人工的な獣である。咄嗟に身体に氷の膜を張るも、攻撃に転じることはできなかった。
さっきからじり貧だな。
舌打ちは銃弾の音で掻き消される。
先ほどから現状は変わらなかった。
攻撃に転じようと顔を出せば、銃弾の雨が襲いかかる。単純な銃弾ならば氷の壁で防げるだろう。
だが敵も狡猾だ。
銃弾に紛れ込ませるよう、耳障りな羽音を立てる異物がいた。
蠅である。
ただの蠅ではない。銃弾と同じ速度で突進してくる蠅だ。オーバーソウルされた持霊だ。
オーバーソウルはオーバーソウルでしか壊せないし防げない。
つまり蠅のみはオーバーソウルで対応しなくてはならないのだ。
銃弾による物理攻撃と、オーバーソウルによる霊的攻撃。
なるほど、これは巧妙である。特にホロホロには効果絶大だった。
「くっそめんどくせえ!!」
奥歯を軋ませるホロホロの瞳は、頼りなく揺れた。だがそれは一瞬のみで、すぐさまオーバーソウルを練り上げる。だが手元に具現化されたのは甲縛式ではなく、通常のオーバーソウルだった。できるだけ威力を落とすためのものだ。
「カウカウプリウェンペ!!」
無数の氷が弾丸蠅問わずにたたき落とす。だが圧倒的に数が足りない。銃弾幕は途切れることなく、木々を削り、破壊していく。ホロホロが身を隠している木は既に大半が削り取られていた。その木が自壊するのと同時に氷の壁を作り出し、近場の木へと逃げ込む。
ああ、コレはやばい。まじでじり貧だ。
実のところ、男のシャーマンとしての腕は上の下といったところだ。五大精霊はオパチョに譲ったとはいえ、数々の戦闘経験や強大な巫力のホロホロと対峙するには些か役不足だろう。だが敵はホロホロの性格を調べていた。
だからこその人間の盾と物量勝負だった。
ホロホロの攻撃手段はどれも広範囲のものであり、一撃の冷気が波状に広がるものだ。ただの人間である銃火器部隊など恐るるに足りない。
一撃で決着が着く。
一撃で殺してしまえる。
ホロホロが手をこまねいている原因だった。
だからといって、銃弾幕をすり抜けて最奥にいるシャーマンのみを倒す。そんな針に糸を通すような精密さは持ち合わせていない。逃げようにも土地勘がない。八方塞がりである。
「ックルッ!!」
「──あ、」
コロロの声に気づいたとき、蠅が眼前にいた。耳障りな羽音を鳴らしながら前足を擦り合わせる。まるで死神が鎌を擦り合わせているような音で──
「ドルイドマジック」
静かな声だった。
だというのに轟音の中でしっかりとホロホロの耳に届く声だった。
蠅とホロホロの間に生成された氷塊が壁となり、蠅は呆気なく地面へと叩きつけられる。
「お前、何無様晒してんだ」
「ピノ!!」
目が覚めるほど鮮やかなオレンジのゴーグルも、青灰色のローブも最後に別れた頃と変わらなかった。ただ口調とは反して穏やかな目元が、若者から成熟した青年への年月を感じさせた。
「なんでいるんだよ危ねえだろ!」
「ホロホロくん、状況わかってます? お前が一番危ねえんだけど?」
ぐう、と空気を食む。図星だった。どん詰まりの八方塞がりだった。
「だってよお……」
「まああれよ。お兄さんが手を貸してあげましょうかね」
ホロホロの頭を乱暴に撫で、ピノは銃弾の雨の中、仁王立ちをした。無防備な人間が躍り出たとしても、訓練された部隊には動揺一つ走らない。雨は止まない。
「ピノ!!」
涼しげな笑みは、積み上げられた自信によるものだろう。何者にも砕けない極寒の氷のような矜持。
愛用の杖に宿ったバズヴが鳴いた。瞬間氷の壁が現れ、銃弾を防いでいく。そのときには既に杖には氷塊が数個生成されていた。そして真横にステップを踏み、間髪入れずに氷塊を放つ。高速で放たれた氷塊は、銃弾の隙間を縫いながらスピードを落とすことなく蠅を撃ち落としていく。
それは恐ろしいまでに精密な巫力コントロールが成せる業だった。
物理攻撃は氷の壁で防ぎ、オーバーソウルである攻撃はオーバーソウルで撃ち落とす。
ホロホロができない最適解の攻撃だったのだ。
「くたばれクソ野郎」
氷塊は弾丸の雨を縫い、訓練された兵士の隙間を縫い、最奥のシャーマンの額にぶつかった。脳を揺らす程度の衝撃だ。それすらもピノのコントロール精度の妙だろう。
鈍い音が一つ。それですべてが終わった。
勝てる見込みが大幅に減った兵士たちは、蜘蛛の子を散らすように引いていく。割り切りの早さは、戦場で食っていくもの特有か。
「……さて、ホロホロ。オレに言うことあるんじゃねえの?」
にやり、と口角を上げる。
対してホロホロは、熱の籠もった視線をピノへ向けていた。純粋な憧れの視線だ。大昔、ピノも持ち合わせていたものである。容易に理解してしまった。
「かっけえ……」
「あん?」
「うおおおお! ピノかっけえ!!」
だが自身に向けられるのには慣れておらず、痒くなるほどの好意の視線に、ピノはゴーグルをして表情を隠すことしかできなかった。
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