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鯖男
2018-12-11 20:46:13
4625文字
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スチパン世界の弓と村正の話
終わる気配が察知できなくて尻切れ。
スチパン世界で唯一刀を打つ村正を軍に取り込もうと命令を下される軍隊長弓。
太陽は消えた。
いや、語弊があろう。太陽は大地を照らすことなくなった、というのが妥当かもしれない。
原因は大量の蒸気とスモッグである。
住居区は比較的スモッグの薄い土地にあるのだが、それでも国民は外へ洗濯物は干せないし、外出時にはマスクが必要だ。
『洗濯物を外へ干す』なんてもはや古文書に記されている現実味のない話と成り下がった現在。
街のあらゆる場所でスモッグと蒸気が入り交じる。
機械工であろう男性が小ぶりなスコップで炉に石炭を流し込む。まるで暴食の化身のようにその身に石炭を溜め込んだ炉は、煌々と赤く熱を持ち始める。その熱により上部に取り付けられたタンクから徐々にではあるが蒸気が漏れ始めた。
動力源であろう蒸気の大半はパイプを通り、ごお、と咆哮を上げながらタービンを回すのだ。
タービンから歯車へ動力がバトンリレーのように移っていく。
そしてようやっと、機械は低い唸り声を上げながら可動するのだ。
男性が動かしたのは大型の乗り物である。
動力が馬の馬車や小型蒸気エンジンで動く自転車は使い勝手がいいのだが、大人数が移動するとなると三角がついてしまう。
そこで彼らは十数名が同時に移動できる大型の自動車を手配したのだ。
彼らはそこにいるだけで民衆に畏怖の念を抱かれる者だった。
全員の詰め襟に小さく輝く真鍮のバッジは軍の証だ。
各々が背負う小銃は連射式、単発式と種類が豊富だった。中には近接戦を想定に入れているのか、息を潜めるよう上着の影に軍刀を忍ばせている者もいた。
休みなく石炭を炉に喰わせる青年は疲労からの汗か、兵士からの圧による汗かわからないものを拭いながら思案した。
ここ最近では戦争はおろか、国内の小競り合いすら起こっていないはずだ。なのにそれらを否定する兵士の装備。
そこまで考えるとふるふる、と頭を降る。そしてズボンに挟み込んでいたタオルで顔を乱暴に拭うのだった。これまでの思案すらも綺麗さっぱりなくなるように。いつも以上に丹念に拭った。
「店主よ、そろそろ準備はできたか」
「へえ、あと少しです」
軍隊長であろう一人の男が青年へ声をかける。
男は随分と長身で、青年は身長への憧れも含みながら首を少々傾けながら答えた。
「急かせてしまいすまない。突然の要請だったんだ。その代わり料金には色を付けさせてもらう」
「ソレはありがたい。
……
さあ、できました」
小刻みに震える振動。ニ本のパイプから絶え間なく吹き出す蒸気はまるで機械のやる気を表しているようだった。
ぞろろ、と兵士たちは手早く乗り込む。沈む車体に青年は石炭を見やった。果たして足りるだろうか。
「送るのは行きだけで構わない」
「そうですか」
語尾が嬉々としてしまっていないか少々心配だったが、杞憂だったらしい。男は部下たちに帰りは徒歩であることを通達している最中だった。
ならば、と積む予定であった石炭の半分はいらないであろう。それに伴い、軽食等も必要なくなった。
青年は車体をできるだけ軽くして、石炭を節約する腹積もりなのだ。車体が重ければ、それだけ動力源は食ってしまう。男の申し出はまさに渡りに船だ。
浮いた金で工業アルコールに近い酒を買うのも悪くはない。真正の酒は庶民には手の届かぬ高級品だ。
手に入るだろうあぶく銭に思いを馳せ、喉奥で笑う。
「では出します。目的地は?」
「人里離れた民家だ」
青年は地図を広げ、道なりを確認する。そして磁石で真鍮の板へと貼り付けた。目的地には赤い磁石を忘れずに。
スコップで石炭を掬い、炉へ注ぎ込む。それに呼応し、蒸気を勢いを増した。歯車が噛み合い、ゆっくりではあるが力強くタイヤは回り始める。
目的地はスモッグが薄い住居区ぎりぎりにある寂しい民家だ。
揺られること数時間。
石畳で均された通路は徐々に砂利道へと変わっていく。それに伴い車の揺れも激しくなっていった。
この先は馬力がなければ辛かろうと、青年は多めに石炭を炉へ放り込む。赤々と石炭の色を染め、ごお、と炎を炉から漏らしながら車は力強く蒸気を放出した。
やがてぱあ、とクラクションが鳴り響く。
「着きましたよ」
「そうか」
まず最初に降りたのは軍隊長たる男だった。
周囲は住居区同様、薄いスモッグと蒸気で包まれ視界は悪い。だが数メートル先にはこじんまりとした小屋が二軒あるのが確認できた。
「二軒あるが?」
「ああ、右が家ですよ。左は確か工房とか言ってたかな」
青年の話によれば、目的の人物は工房にて住民の金物修理を受け持っているようだった。その修理の腕は折り紙付きで、購入時の新品よりも良くなっているなんて話もされるらしい。
「中でも刃物の修理
――
研ぎ直しですね
――
は群を抜いてる。実はオレも頼んだことがあって
……
ほら、これです」
青年は工具入れであろう鞄から、なめし革で包まれたナイフをとりだした。
瞬間、男は呼吸を忘れてしまったかのようにその刃先を見つめた。
言うなればそれは『実用的な芸術品』といって相違ない。
薄く研がれた刃はまるで髪の毛のように細い線を残すだろう。先端は星屑のような細かな点だ。
だがただ薄ければ切れるが折れやすくなってしまう。このナイフはその切れるが折れないギリギリのラインなのだ。
研がれて剥き出しとなった鋼の肢体は冷たく佇んでいる。男は撫でようとするが、既で止まってしまった。
素手で触れた瞬間、このナイフの芸術性が消え失せてしまうのではないか。
その考えも、青年が普通に使っている時点で破綻しているのだが、男は結局、素手でナイフの刃を触れられなかった。
「どうしました?」
「いいや、なんでもない
……
だがそうか」
男は一人納得するように頷き、青年に料金を渡した。宣言通り、多彩な色がつけられた金は青年の顔を緩ませるには十分だったらしい。今後もご贔屓に、と紙の端が黄ばんだ名刺を渡すとそそくさを退散するのだった。
「わかりやすくていいものだ」
男は受け取った名刺を細かく千切り、軍服のポケットへ握り入れた。
男は部下たち各々に配置位置を支持する。それは小屋をぐるりと囲んだ包囲網だ。スモッグは姿を隠す煙となり、位置がわかる男にすら、自身の部下がいる場所がわかりづらいものとなっていた。
「さて、」
男はスックと立ち上がり、門前まで歩み寄る。
見た目は木造と煉瓦造りの一般的なものだ。壁に沿うように積まれているのは暖炉用の薪だろう。一般家庭よりも随分と多いが、許容範囲である。
残念ながら窓にはカーテンが引かれており、中を確認することはできない。だが若干のカーテンの揺れから中に人がいる可能性はあった。
男はインターフォンを力強く押す。びぃい、と耳障りな虫の羽音のような呼び鈴を数度鳴らし、その場で五コールのみ待つ。
すると四コール目で扉が開いた。
だが男の視界には何もいなかった。風で開いたにしてはいささか不自然である。
はて、と小首を傾げ、周囲を見回しようやっと合点がいった。
扉を開けたのはドアノブと同じくらいの背丈の少女だった。
背には赤子を背負い、気を抜けばそのまま後ろへ倒れてしまいそうな危うさがある。少女は零れ落ちそうなほど大きく丸々とした瞳を男に向けていた。
「こんにちは!」
不意に投げかけられた挨拶はここ最近にはないほど、含みのないもので馴染みがないものであった。
「
……
こんにちは」
辛うじて返せた言葉は酷くか細く、軍学校時ならやり直しを強要されていただろうに。
「おきゃくさんですか?」
「お客
……
いや、この家に男の人はいるかい? その人に用事があるんだ」
しっかりと刻まれた眉間のシワはとれることはなかったが、男は口元を緩ませながら問う。視線には研は見当たらなかった。
少女は考える素振りをし、あ、と声を上げた。
「じいちゃまだ! よんできます!」
言うやいなや勢いよく玄関は閉められ、男はその場に取り残される。
男はポケットからペンライトを取り出し、背後へ向けて点滅させた。モールス信号としての明かりは取り囲んでいた兵士に正確に伝わったのだろう。周囲から重苦しい圧を一身に受けた。彼らの銃口は軍隊長たる男に向けられている。
こうして玄関先は死への最短ルートが作り出されたのだった。
「『じいちゃま』か
……
」
男は少女の言葉を復唱し、舌の上で転がした。
指令として受けたのは『とある男性の確保』であり、男性の人相や背格好なども写真で確認済みである。
軍でも上層部の一部しか使用許可が降りないというフルカラーの写真を渡されたとき、男はこの任務の重大さに背筋を伸ばしたのだった。
だが疑問もある。
少女が言った『じいちゃま』
男の記憶にある写真は十代後半から二十代前半の青年だったのだ。
印象的な赤毛と琥珀の双眼は活気に満ちており、どこをどうとっても老人には見えまい。
しかし住居は合っているはずだ。車上から周囲を見回したが、ここいらは店もなく不便で、住居を構えようという変わり者はいなかった。
それとも『じいちゃま』と目的の人物はイコールではなく、三人で住んでいるのか。それが一番現実味のある答えだろう。
ともかく、と男は佇まいを直す。
結局は対面してみないとわからない。
……
ふと、男は違和感を覚えた。
ただ人を呼んでくるだけだというのに少女は一向に帰ってこない。
瞬間、扉の奥から重厚な圧が肌を突き刺した。
男の部下たちが発するのが散乱銃の如き広がりを見せる圧ならば、これはさながら槍であろう。
一点に集中させた殺意。射抜いた者を誰彼構わず命を絶つ必中の槍。
全身の毛穴が開き、汗が吹き出す。部下に指示を出す暇などなかった。
男は瞬時に扉から離れることを諦め、横に身体を倒すことに集中した。この殺意を前に足の一本で済めば御の字だ。
発破のち轟音。
男の部下たちは一瞬動揺を漂わすものの、すぐさま切り替え銃口を所定の位置へ戻した。
男も部下の行動を肉眼で確認し、「良し」と声を漏らす。
手ずから育てた部下が自身の指示がなくとも、最善の策を選んだのだ。眉間のシワをなくすほどではなくとも、嬉しくないわけがない。
だが喜んでばかりもいられない。
スモッグに混じって砂煙が舞い上がる。袖で口元を覆うが、大した効果はないだろうと男の切り替えは早かった。
腰に下げた軍刀を抜き、中段へ構える。攻撃にしろ防御にしろどちらにも移れる自由度が高い型だ。
「っかははっ!」
スモッグと砂煙の混じり合った中、更に哄笑が混ぜ込まれる。だがその声は随分と快活で、陰鬱なるスモッグとは水と油のように弾き合う。
つまり声の出処があけすけだったのだ。
男は射出された矢のように玄関に飛び込む。第二波の可能性もあったが、男は賭けに勝ったらしい。声の出処は家の中だった。問答無用で攻撃体制に入ったことから、囲まれていることも知っているのだろう。子供連れならば裏口からスモッグに紛れての逃走が成功率が高そうだ。
考えうる可能性を次々に結論づけ、チェックマークを入れていく。さながら脳内でパズルが耳障りのいい音を立てながらハマっていくようだ。
「裏手ぇ!」
群れを率いる狼のボスを思わせる鋭い声だ。
その一言で何を言わんか理解した部下は、体制を低く保ちながらぐるりと裏手へ回る。
男は家の中を突っ切り、台所の勝手口を蹴り上げた。
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