鯖男
2014-05-17 23:50:51
3515文字
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神父言峰とブリキの玩具士郎


バコちゃんと「手を繋いだまま離れない言士」萌えを話していて互いに書くことになったのじゃ。
言士って言ったら言士なのだよ。



ある教会に神父がいました。
無骨で無表情で無口のないないづくしでしたが、とても働き者で献身的でした。
人々はそんな彼を大層気に入っていました。
しかし神父には悩みがありました。
それは人々が「綺麗だ」という良いものや善総てに何も感じないことでした。それどころか、人々が目を背けるような負や悪に美しさを見出だしていました。
危機感を覚えた神父は懺悔室でひたすら聖書を暗唱し、人々が「良い」とする花や絵画、果ては自身の家族写真を眺めました。
結果は失敗でした。
花も絵画も色も熱もない影絵としか思えませんでしたし、自身の家族写真など最初に沸き上がったのは嫌悪でした。
ああ、私はなんて人間だ。
神父は愕然としました。
人間の皮を被った外道。
神父は自分自身をそう思いました。
この悪性は死んでも治らないだろう。そう運命めいたことも思いました。

ある日、神父は教会前で何かを見つけました。それはブリキの玩具でした。持ち主はたいそう乱暴だったのか左腕が辛うじて付いているような有様で、大変みすぼらしいものでした。金属ゴミの日はいつだったか。すぐさまゴミの日を考えてしまいましたが、持ち主が現れるやもしれません。幸い金属ゴミの日は三日後です。その日まで教会で預かることにしました。
家に上げるなら汚れを落とさなくては。神父は布切れで玩具を拭きました。すると玩具の故障カ所は左腕だけではありませんでした。胴体の至る所に罅が入り、目の部分のプラスチックカバーが填められたライトは割れています。胸のカバーを無理矢理開けようとしたのか、ドライバーでこじ開けた後もありました。
神父は認識を改めました。これはスクラップだ、と。
この様子では持ち主が現れることもないだろう。神父はゴミ袋を用意し、ブリキの玩具を入れようとしました。
「ちょっとまって!」
するとどうしたことでしょう。今までさんざん動かなかった玩具は目のライトを点滅させながら、自由に動く右手をぐるぐると回し始めました。
「なんだ」
「捨てるのはちょっとまって! 俺、恩返しがしたいんだ!」
そういうと左手も回そうとしました。が、コード一本で繋がっているような頼りないものだったので、玩具のやる気は空回りして終わりました。
「恩返しだと?」
「ああ! 動けなくてどうしようかと思ってたらあんたが助けてくれてさ。あんたは命の恩人だ!」
捨てようと思っていたのだが。
わざわざ伝えなくてもいいだろうと神父は口を閉ざしました。それをいいことに玩具は更に興奮気味に話します。
「お願いだ! あんたに恩返しさせてくれ!」
油も差されていないので動く度にきしきしきーきー耳障りな音を立てる玩具に眉を顰める神父。捨てられたことにも気づかず、捨てようとしていたものに恩返ししようという愚かさ。

お前如きに私が救えるのか?

……では私に美しさを教えてくれ。優しさ温かさ世間一般で『良い』とされるものを教えてくれ」
神父の想いとは裏腹に口から出たのは心からの願いでした。藁にも掴む思いだったのです。
「ちょっと待ってくれ。考える」
玩具はせわしなく点滅させていたライトを消し、モーターの動く音だけを聖堂に響かせていました。
考える脳もない体でよく吠える。
……よし分かった。温かさを教えればいいんだな」
そう言って玩具はおもむろに神父の手に自分の手を乗せました。固く、何も掴むことができない固定された手です。
………
「どうだ?」
なにが? としか言えません。
「温かいか?」
ぬいぐるみならまだしも、ブリキの玩具が暖かいわけがありません。それに神父が頼んだのが精神的な温かさであり、物理的な温かさではありません。
この玩具はネジが飛んでいるのでしょう。
玩具に相談した自身を恥じながら神父はため息を吐きました。
「さて、遊びは終わりだ。恩返しも必要ない」
「え、え、なんでさ! 温かくないか!?」
こともあろうに玩具は自身が温かいものだと思っているようでした。神父が求めている温かみとは明後日の方へ向かってることといい、全てのネジが飛んでいるのだろうと結論づけました。
「もういいだろう。いい加減――
「わかった」

それじゃあ温かくなるまで手を繋いでいよう。

そういってスクラップ間近の両手で神父の手を握りました。
神父が玩具のいうことが理解できたのが数分後でした。
……ああそうか。私の言い方が悪かったのか。私の願いは幸せになることだ」
「しあわせ?」
神父は話しました。自身が世間一般で『良い』とされるものに感情を抱かず、逆に『悪し』とされるものに感動を覚えることを。
自身はとんでもない罪人であると。人の皮を被った外道であると。
内心、誰かに糾弾されたかったのかもしれません。誰かに誉められるたびに自身の汚泥を見せつけたかったのです。「貴方方が立派と歌っている神父はこんなにも咎人なのだ」と叫びたかったのです。
……あんたは『しあわせ』になりたいのか?」
「そうだ。私も皆と同じように『幸せ』を感じたいのだ」
「そっか。じゃあ俺と手を繋いでいようよ」
なぜだ。
やはり錆び付いた玩具は基盤までも錆び付いてしまったのか。
神父は表情こそ動きませんでしたが、とても残念なものを見る目で玩具を見下しました。
「大丈夫だよ。俺とずっと手を繋いでいればきっと『しあわせ』になれる。保証するよ」
それは確信を孕んだ言葉でした。

それから神父と玩具の奇妙な日々が始まりました。
「ずっと」というのは比喩ではなく、そのものだったのが誤算でしたが。
……仕事中は手を離してもいいのではないか」
「いやだめだ。ずっとって言ったんだからずっとだ」
玩具は頑なに拒否をします。といっても、神父が本気で振り払えば地面に叩きつけられるような脆い玩具です。それをしないのはただ単に壊れかけの玩具がいう『幸せ』を知りたかったからです。
神父は上着のポケットに玩具を入れ、その中で手を握っていました。
するとポケットの中は蒸れていたからでしょうか、玩具の冷たかった手がだんだんと温かくなっているように感じます。まるで血の通った人間と手を繋いでいるようでした。
固さは玩具のものでしたが。
「あんたさ、仕事ばかりじゃなくてちゃんと飯食えよ」
「必要分は食べている」
「じゃなくて三食きっちり食べろって言ってるんだ」
「必要ない」
「せっかくものが食える体だっていうのに。何か好きなものはないのか?」
「好きなもの……麻婆豆腐?」
「じゃあそれでいいから食えよ!」
自身の心の虚を話したからでしょうか。玩具との会話は存外弾みました。
繋いだ手も離さないのが普通のように思えてきました。まるで互いの手が溶け合って癒着したかのような錯覚。そんな馬鹿な、と思いましたが、思いのほか悪くないとも思いました。

『幸せ』とはこういうものなのか。
ただ会話し、会話がなくとも傍にいるだけで満たされる曖昧なもの。
自身の『幸せ』は人間にも適応するのか、はたまたこの玩具のみなのか、それは神父には分かりませんでした。
「なぁ、あんたさ、」
ポケットの中から声がします。
「今『しあわせ』?」
……さて、な」
既に神父にとって玩具と繋いだ手は人間のものと大差なく認識していました。それほど長い時間、二人は手を繋いでいました。
「じゃあさ、俺が今『しあわせ』にしてやる」

俺を叩き壊せ。

──ああ、この感覚覚えている。出会った当初、この玩具が見当違いなことを言った時と同じだ。では今回もそうなのだろう。
「俺は正常だ。その俺が言うんだ。俺を叩き壊せ」
……なぜ。必要性が見当たらない」
「その答えはあんたが持っている。『しあわせ』になりたいならずっと一緒に暮らしてきた俺を叩き壊せ」
葛藤すると思っていました。
「そんなことはできない!」と泣き叫ぶと思っていました。
しかし神父は自分の想像に反し、あっさりと玩具を床へ叩きつけました。
既に壊れかけていたブリキの玩具は呆気なく四肢が千切れ、目のライトは完全に割れてしまいました。散々チカチカ転倒していたライトは消えました。
「────あ。」
そして。
目の前の窓には幸せそうに微笑んでいる神父の姿が映っていました。

大丈夫だよ。俺とずっと手を繋いでいればきっとしあわせになれる。保証するよ。

本当だな。私はお前のお陰で幸せになれたよ。