鯖男
2013-05-20 15:32:25
2641文字
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山狗神槍と村人士郎


ニンゲンはキライだ。
オレたちをカリにくる。
よわいくせにドウグをつかってカリにくる。
ナカマはかられた。
けがわははぎとられ、にくはバラバラに。
キバやホネはまじないにつかわれるようだ。
――どうでもいい。
そんなサマツなことはどうでもいい!
きたならしいニンゲンめ! ほこりなきイキモノめ!!
――ころしてやる。
くうなんてきもちわるい。あんなガイチュウがオレのたいないをめぐるなんてかんがえたくもない。
ただころしてやる。なぶりころしてやる。
そうおもうとどうじにオレはかけていた。

名も無き山は地獄と化していた。
獣の鳴き声が止まず、烏が上空を旋廻している。心なしか烏の目は狂ったように赤く見えた。
勇敢なる若者が「様子を見てくる」と山の麓まで行くと、大股だった足取りが序々に重くなり、とうとう止まってしまった。「おおい、どうしたんだ?」と声をかけると若者は顔面蒼白となっていた。「お、おお俺には無理だ。この先には神様がいる」と今にも泣き出しそうに漏らした。
若者は村の皆に「山の麓に足を踏み入れただけで背筋に冷たいものが走り、本能が足を進めることを拒絶したようだった」と未だ止まない震えの中、ぽつぽつを話した。例えるならば巨大な狼の口に自ら飛び込む感覚だったと。
名も無き山は以前、焚き木を拾いに行ったり、山菜や薬草を採りに行ったり。マタギが集まれば狩りにも行ける、実りの宝庫だった。人々は飢えることもなく、幸せに暮らした。
しかしそれがいけなかったのだろう。
人々は『感謝』を忘れてしまった。必要以上に実りを搾取し、山を殺しにかかった。
山に『神』がいることも忘れ。
ある若者が狼を殺した。「これで村の一番つわものは俺だ」「なに。ふざけたことを言うんじゃねぇ。俺はもっと狩ってきてやる」「はっはっは。小僧が粋がるんじゃない。ワシにまかせろ。この山の狼、全て狩ってやる」
そうして山の狼は狩られてしまった。
──たった一匹を除いては。

鬱蒼と茂る木々は光すら通さないほど重なりあい、奥に行くほど外界と遮断されている錯覚に落ちてしまう。
その中で青い狼――狗神の炯々たる瞳たけが光を持っていた。
狗神は風となっていた。
一歩足を踏み出す度に脚力が増していく。
彼は数百年経っているだろう木々の根をへし折りひた走る。さながら一本の槍のように真っ直ぐに。所々飛び出した枝はもはや何の障害にもならない。胸の奥に轟々と燃える炎にくべられ、更に勢いが増すだけだ。
時折最近生き絶えた人間が転がっているのを見つけるも、目もくれない。彼にしたら鳴きもしない人間を食いちぎったって恨みは晴れない。やはり生きの良い若い人間でなければ。
泣いて喚いて「殺さないで」と懇願させたのちに腕を一本食いちぎってやろう。痛みのあまりびゃあびゃあ泣いていると耳障りだから次は喉を潰してしまおう。
想像の中で何回も人間を殺し、あまりの呆気なさに狗神の口元は孤を描いた。半分は今まで体験したことのない楽しさから。もう半分はこんな力のないイキモノに仲間を殺されたことへの自身への怒りから。その様が皮肉にも彼が嫌っている人間のようだった。
……ん、」
すん、と鼻が鳴いた。最近嗅ぎ慣れたにおいに狗神の目は細まる。森のにおいでも覆い隠せないほどの異臭。全く獣臭くないくせに、本質は知性のない獣に他ならないモノ。
人間のにおいだった。
彼の喉から歓喜の声が漏れた。嗚呼、またあの肉を引き裂ける。またあの血袋を食いちぎれる。またあの心臓を飲み込める。
――悲しきかな、その考えに至ってしまった狗神の霊格は薄汚れ、地に堕ちた。
夜空を駆ける流星のような青い毛並みも、全てを飲み込む奈落のような漆黒に染まった。紅玉を思わせる赤い瞳も、不気味な血だまりのように淀んでいた。首元に何重にも巻かれた色とりどりの首飾りも、今はただ狗神の存在を知らせる鳴子のようだった。
走る。走る。凶星の狼は災いをまき散らしながらただ走る。止まることなど知らぬと言いたげに。止まりたくとも止められないところまで来てしまったと言いたげに。
彼はただ仲間の無念を晴らしたかっただけだった。
ただそれだけだったのに――

すると夜と見間違うほど闇に包まれた獣道の先に光が見えた。運よく木々の隙間から光が射し込んでいるのだろう。
狗神は転がり込むように飛び込んだ。
――アァン?」
最初に目に入ったのは赤銅の髪だった。短髪も相まって炎にも見える。ここら辺の村人に見ない色だ。
狗神は頭を振るい、人間を睥睨した。
身長は低くく、骨格からすると十一から十四ほどの少年だろう。体はまだできあがっておらず、細い手足が着物から飛び出している。

だからなんだ、と狗神は思った。

男だろうが女だろうが若いだろうが老いてようが人間は人間。
食うのに理由がいるのか?
人間は理由もなく殺したのに?
耳まで裂けた口はそのまま少年の胴体をはさみ込んだ。そのまま少し力を込めれば枯れ木のようにへし折れるのは自明の理。このまま――
「俺を食うの?」
抑揚のない冷たい声。
一瞬、死ぬ寸前の少年が発したとは思えず、狗神の歯は胴体に食い込むギリギリで止められた。
「俺を、食うの?」
二度目の問いに狗神は耳が痛いほどの笑い声を上げた。
「オマエハ食ワナイ!オマエダケジャナイ!人間ハ食ワナイ! タダころすだけだ!!」
石を摺り合わせたような耳障りな音の中に聞こえる狗神の言葉。獣の声帯と人間の声帯では構造が違うのだからしょうがないのだが。
「そうなのか。でも殺されるのは困るな。……腕一本でどうだろう?」
まるで「魚一尾はやれないから半身でどうだろう?」と提案するような気軽さだった。
それに呆気にとられたのはもちろん狗神で。
「ハ、ハハハ! アタマおかしいンじゃネェのか!?」
「だって死んだら畑を耕せないだろ? 片腕さえあれば鍬が持てる」
「ハ――
最初は恐怖心から支離滅裂なことを言っているのだと思っていた。次に命欲しさの妥協案を上げているのだと思った。しかし何気なしに少年の目を覗き見た狗神はどちらも違うことに気付かされてしまった。

少年は普通に提案しているだけだった。

虚飾も虚勢も何もなし。ただただ当たり前のように自身を切り売りしていた。舐めれば甘そうな飴色のくせに、その判断は何よりも甘くない。
「オイ……
(もうどうにもならなそうだからボツ)