長月ユウ
2026-07-14 20:55:33
5776文字
Public 岱+莉
 

【岱+莉】鳥を飼っていた男の話【夢小説?】

馬岱と、名もない市井の娘の話。
Pixivにアップした話を、今の莉杏と馬岱との関係に合わせてリメイクしました。
馬岱への救いに対する答えは、銀屏とのお話「罰してほしい」か、この話のどちらかお好きな方を選ぶ形でどうぞ。

「やっほー、元気だった?」
 扉を開けた私を見るなり、相変わらず人の良い笑顔と陽気な声で挨拶をする男に、私はため息で返した。
……また来たの」
「そんな顔しないでよー。俺はここに来るのを楽しみにしてるんだから」
「あなたと父上は楽しみにしてるけど、私は別に」
 冷たいなーと、特に悲しむような素振りもない声を聞きながら、彼を客間に通した。



 父がこの男を連れて帰ってきたのは、かれこれ半年近く前になる。
「隣町からの帰り道で、彼が傷だらけで行き倒れているのを見つけて、心配で連れて帰ってきた」と、身なりで武将だとわかるものの、身元も名前も明かそうとしない彼を介抱した。
 その後彼は父に懐いてしまい、回復して国に帰ったあともこうして我が家に遊びに来ては父と碁を打ったり、私が興味ない素振りをしてもひたすら馬や他所の土地の話をする。

 彼のことが嫌いかというとそうじゃない。ただ、未だに自分の事を明かさないこの男の事を信じていいのかと警戒しているだけだ。
父はほだされてしまったのか、私に「悪い人ではないよ」と嗜めるが、その言葉に素直に従おうとは思わなかった。
……この男は、まだ全てを見せていないのだから。



「今日は昔話をしてあげるよ」
「ふーん」
「あれ、興味ないの?」
「おとぎ話なら子供の頃に散々聞かされたもの」
 素っ気なくしてもどこ吹く風か。男は笑みを崩さない。
「おとぎ話じゃないよー。少し前に滅んだ国に住んでた男の話」
 きっと知らないと思うよ。と話す男は、ここから出ていきそうにない。
「わかったわよ……手短にね」



 ――昔々、今はない北西の国に一人の少年が住んでいた。
 彼は幼い頃に両親を喪い、国の主である伯父に引き取られて不自由のない暮らしを得たものの、周りに捨てられぬよう本来の暗い性格を押し込めて明るく振る舞っていた。全ては生き残るために。

 そうして彼は次第に孤独を抱えるようになっていった。

 月日は流れ、少年はたくましい青年に成長し、将来君主になるであろう従兄の若君と共にいくつもの戦場を駆けていた。
 時には誰もやりたがらない、誰にも言えない後ろ暗い事もやりながら……

 青年は歳を重ねるごとに深くなっていく闇と、孤独を抱えて生き続けていた。

 そんなある日、伯父から「我々に従わない鳥の一家を殺せ」と命じられた。
 その鳥とは、青年が昔出会った愛らしい赤い雌の小鳥と、その両親のことだった。

 男は焦った。いくら伯父の命令とはいえ、ハイそうですかと、聞き入れる事はできなかった。
 彼女に想いを寄せていたのに、そんな残酷なことができるわけがないと思っていた。
 しかし、男は伯父の命令通り彼女がいない間を狙って、部下たちと共に両親を殺した。そして両親の亡骸を見つけ泣き濡れていた彼女に、
「君の両親は助けられなかったけれど、君は助けたいんだ」
 肩を抱いてそう声をかけた。
「私の両親が死んだのは、あなたの伯父様に逆らったからです。あなたに迷惑はかけられません」
 と、死を覚悟している小鳥を説得し、彼はこっそりと彼女を家に連れ帰って、物置になっていた離れに匿った。

 それからというもの、鳥は籠の中から出してもらえない代わりに、彼女の願いを叶えようと男は思っていた。
 小鳥はそんな彼を慕い、時に歌い、時にじゃれ合いながら男の孤独な心を癒やしていった。
 誰にも優しく、太陽のように明るい鳥と、陽気に振る舞う男は、幸せをかみしめていた。



……そうして孤独なもの同士寄り添い合って、いつまでも幸せに暮らしました。ハイおしまい」
「ちょい、勝手に終わらせないでよ! まだ続きがあるんだから」
「まだあるの? ここまででも相当長いのに。どうせ次に起きた戦でひと悶着あって、何だかんだ乗り越えて幸せになるんでしょ? 物語なんてそんなものじゃない」
……そう思うでしょ?」
 急に男の声が低くなり、私は思わず息を呑んだ。

「男は、可愛がっている小鳥が自分の孤独を癒やしてくれる、救ってくれると思ってた。そう信じてた」


 だが、ある日それは叶わぬものだと悟ってしまった。
 男が自分の存在価値を確かめるために自ら進んで後ろ暗い仕事をしていること、人前では道化でい続けているのを知った小鳥が、
「そんな事をしてはいけない。本当の自分を隠して、誰かに必要とされることだけを生きがいにしてたら、あなたはいつか壊れてしまう」
 と言ったのだ。
 
「その時、絶望したんだ……「この小鳥は、俺が望む救いを与えてくれないんだ。俺がとっくに壊れてることにも気づいてないんだ」ってね」
 孤独になっても生きるのを諦めない事、明朗快活で周囲に好感を持たれて――男は本来の性格を隠すために明るいふりをして――いる二人は、周囲が時折茶化すほどに仲が良かった。
 だが、生来持つ光を失っていない小鳥は、彼が生き残るために選んだやり方を良しとせず、彼を自分と同じ光の下へ導こうとしていた……それが男の孤独を救う事になると信じていたのだ。

 男が鳥に望んだのは、今までの生き方を否定せずに受け入れ、愛してくれることだった。
「本当のあなたは私だけが知ってればいいの。あなたが暗闇のなかでどれだけ血に塗れても、私はずっとそばにいるよ」
 ……そう言ってほしかった。誰にもわかってもらえなくていい。君が同じ闇の中にいてくれれば、それでよかったのに。



「だから逃がしたの?」
 男は首を左右に振った。
「さっきも言ったよね? 彼女を逃がしたら、彼は孤独の中に置いていかれるって。陽のあたる場所に連れていかれることも、孤独になるのも嫌だったんだ」
「なら、彼は自分を変えるしかなかったのね」
「変えないよ」
 私の一言に、目の前の男の表情に影が差す。
「自分は変えない。だけど小鳥も逃さない……逃がすものか。そのために自分よりも一人ぼっちで、可哀想な彼女を生かしたんだから」
 同じ所に落とせば、壊してしまえば小鳥は自分から離れられなくなる……そう思って、男は小鳥が自分に依存するように、心を傷つけていくことにした。

 手始めに先の戦で殺しそこねた豪族を始末するために、「伯父上に助けてもらった君が説得してくれれば、きっと降伏してくれるよ」と小鳥に嘘をつき、彼女を使っておびき出した所で目の前で豪族たちを殺した。豪族たちは、自分も騙されていたことを知らない小鳥に恨み言を吐いた。
 それを皮切りに、己がやっている後ろ暗い仕事に加担させた。男に素肌を晒すよう強制し、彼女の肢体に目が眩んで抱こうとする男たちを殺していった。
 彼女が自分に想いを寄せているのを利用して、身体で繋ぎ止めた。
「君がいるから俺は生きていける。俺の孤独を癒してくれるんだ」と、閨を共にするたびに睦言を囁いた。
 それに応えるように、小鳥は男に縋り付いた。
「お願い、あなたのために頑張るから。私を捨てないで……!」

 小鳥は次第に囀りも、羽ばたく力も弱くなっていった。
 あまりにも眩しくて見ていられなかった彼女の輝きは、最早風前の灯火。
 彼女を孤独にするのはあまりにも簡単だった。普段からやっていた事を、そのまま彼女にやらせれば良かったのだから。

「死んだ事になっている君を助けて、飼ってあげてるのは俺なんだよ?」
 深淵のように暗く、底が見えない黒い瞳に見つめられる。目を逸らしたいのに、逸らせない。
「俺の願いを聞いてくれるなら、ずっと、ずーっと俺が面倒を見てあげる……そうして、男は小鳥を飼い殺したんだ」
 あまりにも優しくて残酷な微笑みに、私は戦慄した。
「酷い……!!」
「その時は酷いだなんて思わなかったよ。これで彼女は俺のそばに居てくれる。歌ってくれなくても、笑ってくれなくても構わない。孤独の中に置いていかれる心配がなくなったんだから……むしろ、これが正しいんだと思ってた」
 男は明るい口調で語るけど、その表情は哀惜の念が滲んでいた。
「小鳥は、死ぬまで男のそばにいたの?」
「そうだったら良かったのにね……うまく行かないものだよ」

 その日は突然訪れた。
 飛ぶ力を失っていたと思い込んでいた小鳥を籠から出した途端、彼女は外へ飛び立ってしまった。
 逃げる機会を伺っていた事に気づけなかった男は、ひどく動揺した。

「俺から離れるなんて許さない、君なんかが生きていける場所はないと叫んでも、小鳥は聞き入れないで籠から飛び立ったんだ。見かねた誰かが、飛び立つ力を与えたんだろうね」
「誰が彼女に力を与えたのか、わからないの?」
「心当たりはあるけど、誰かまではわからない……とにかく、何らかの形で彼女とつながりを持った誰かが、彼女の両親の死に関する真実を伝えたらしいんだ」

 男の一族が自分の両親を殺したことを知り、また男が今までしてきたことの酷さに気づいたことで自我を取り戻した小鳥は、男の一族が倒すべき敵と定めた君主が治める国へ飛び去っていった。
 男は落ち込んだ。再び独りになってしまった寂しさを、周囲には隠せても拭い去ることができなかった。

 それどころか、小鳥に逃げられてしまったことは、思わぬ事態を引き起こした。
 伯父を筆頭にした軍閥が、敵対国の君主を暗殺する計画が敵に露呈していたのだ。

 そのことを知らなかった伯父は、男を含めた一族郎党を引き連れ、暗殺実行の為に敵君主を強襲した。
 が、大した策も無く突撃したこと、男の奇襲も小鳥の裏切りによって失敗したことも重なって返り討ちに逢い、一族は皆殺しにされてしまった。
 男は変装などで敵の目をかいくぐって命からがら逃げ出し、留守を預かっていた従兄の元へ帰った。



――そうして男は家族も故郷も、数少ない幸せを失っても、今も生き延びてるんだ。若の為に。自分たちを迎え入れてくれた国と、仲間達のために」
…………
「ってとこで、この話はおしまい。面白かった?」
 私は何度目かのため息をついた。
「面白いというより、後味が悪いわ」
 いくら自業自得とはいえ、これは胸がすくような話じゃない。
 慕っていたであろう恩人に飼い殺しにされて、心を完全に壊されてしまう事を恐れて逃げ出した小鳥の気持ちもわかるし、孤独に怯えて彼女に酷い事をした男も、根っからの悪人ではないとわかっているのだから。

「自分と祖国を裏切った彼女に、復讐しようと思わなかったの?」
「若は家族を殺した隣国の君主も、命惜しさに従弟を誑かして、裏切ったと思い込んでいる小鳥の事はそれ以上に憎んでるよ。当たり前だけどね」
「従兄のことは聞いてないわ。あなたはどう思ってるの?」

 目の前にいる当事者は一瞬目を見開き、苦々しく笑う。

「君って勘がいいよねー」
「自分の事のように話してれば、いくら察しが悪い人でも同一人物じゃないかって思うわよ」
……恨んでないよ。こうなってしまったのは、伯父達が邪魔になった彼女の両親を殺す計画に加担して、独りになった彼女を自分のものにすることしか考えてなかった俺のせいなんだから……
 彼は今まで見たことがないくらい悲しげな笑みを浮かべ、

「俺は彼女の事が好きだったし、嫌いだった」

 今まで聞いたことがないくらい、沈んだ声で言う。
「小さい頃の俺が諦めてしまったものを、あの子は持ってた。あの明るさは憧れで、憎かった。いつもキラキラしてて、俺には眩しすぎて目を背けたんだ。彼女と向きあえない、同じ場所にいられないとわかった時に離しておけば、少しは違う結末になってたかもしれないのに……
…………

 ああ、これは懺悔だ。
 生き残った家族にも、降った国の人間にも言えない、言ったところで信じてもらえないであろう罪を、家族でも仲間でもない私に話してるんだ。
 ……そうしなければ、己の犯した罪と孤独に押し潰されるから。

「そうね。あなたが小鳥の愛し方を間違えなければ、こんな事にはならなかった」
 私に赦しを乞うているんじゃないのはわかっていた。それでも、
「あなたはその罪を背負って、これからも彼女が否定した生き方を貫くんでしょう?」
 彼の在り方を聞き、肯定する権利はあるのだろう……孤独な彼のためにも。
「俺には、それしかないからね……聞いてくれてありがとう、少し気が楽になったよ」
 男は冷めきったお茶を飲み干して、立ち上がった。

「最後に聞いていい? どうして私に身の上話をしたの?」
「君なら、冷静に受け止めてくれそうだと思ったから。俺の事、出会ったときから警戒してるでしょ? だから、信用しても大丈夫かなって」
「普通逆じゃない? あなたみたいな人なら、自分が警戒されてれば本性がバレたら困るって余計避けるはずよ?」
「君にならバレてもいいし、俺の事を知ってもらいたかったんだ」
 この男の本来の微笑みは、暖かいよりも悲しげと表現するのが当てはまるほどに静かだった。
「君は俺の事がますます嫌いになるかもしれないけど、あの娘と同じ目にあわせたくないから……
「別にあなたの事は嫌いじゃないわ。上っ面ばかりで本性を見せないから、父上のことを騙しそうで信用できなかっただけよ。あなたが小鳥にしたことは、同じ女として許せないけどね」
 私が言うと、
「ホント!? 嫌われてなくてよかったよー」
 一瞬で普段の調子に戻るから、本心で喜んでるのかそうでないのかわからないんだけど。

「じゃあ、今度二人で遠乗りに行こうよ!君に見せたい景色や街がたくさんあるんだよー!」
「なっ、なんでそうなるわけ!? 嫌いじゃないけど、いきなり二人っきりで出掛けたいなんて言ってない!」

 でも、この人を本来の姿を知る事ができて……距離が縮まって嬉しいとか思ってしまった理由なんて、今は知りたくない。

「それに、名前も名乗らない人と仲良くなるなんてお断りだわ!」
 照れ隠しで大声でまくしたてる私を尻目に、男はきょとんとする。
「あれ、君にはまだ名乗ってなかったっけ? 俺の名は――



end.