紫よか
2026-07-14 06:59:26
2185文字
Public FE蒼炎暁
 

Petals

セネリオ×ラティ 暁の女神から十数年後

「男の子、ですって」

 からだのどこにも呪いの証の印の無いその赤子を抱いて、僕の愛しいひとは僕に微笑んだ。
 お産というものは命がけだということはわかっていたが、こうも男にできることが無いのかと思うと、無力すぎて我ながら呆れてしまった。待っている間も、とても馬鹿なことをしていたのだが。さて、僕は最初に何をすべきか……とりあえず、汗で額にはりついた彼女の前髪を、手でよける。

「お疲れ様でした。ラティ」
「ふふ。ええ、さすがに疲れちゃった」
…………後悔は、していませんね」
「していないわ。あなたとの子だもの、セネリオ」

 馬鹿な質問をしてしまった。彼女はこう答えるに決まっているのに。

 あの大きな戦いから十数年が過ぎた。僕たちはそれでも、あのひとのいないこの大地で生きている。歳をとるのが遅い僕たちといえど、さすがにここまで時間が経てば、大人にもなる。考え方も少しずつ変わってくる。僕たちは共に生きることに決めた、二度と戦いには関わらず、穏やかに生きることを決めた。
 この関係の名前を、僕は──きっと彼女も定義していない。ミストなら『夫婦』と呼ぶのだろうか。傭兵団の一員……ボーレとミストの結婚式のことを思い出す。ドレスを着て、ヴェールを被って。僕は彼女にそれをできていない、だからきっと、僕たちは夫婦ではない。

「何もできなかったですよ、僕は」
「そうね……ふふ、産婆さんに部屋から追い出されていたものね」
「笑い事じゃないです」
「うふふ、はあいごめんなさい。……ねえ、セネリオ」
「はい」
「この子のこと、抱っこしてくれない?」

 彼女は微笑んで、そのやわいいのちを差し出してくる。うっすらと生えた黒髪に、すやすやと眠って閉じられている瞳。瞳の色は僕と彼女、どちらに似ただろうか。なるべくなら、彼女に似ていてほしい、そう思う。
 僕はそっと彼女から赤子を受け取る。ああ、弱くて、小さくて、あたたかい。僕にも彼女にも──アイクにも、こんな時があったと思うと信じられない。戦いの日々を必死に生きた僕たちが、次の世代にはそんなことはけしてさせない。そう誓おうと思うのは、わがままでもないし、おかしくもないだろう。僕は、僕の風魔法をこの子に教えるつもりはない。
 後悔はないか? と問うたのは、また印付きとしての呪いの連鎖が生まれないか、彼女とはずっと恐れながら、それでも共にいたいと互いに選んだからだ。

 ──こんなに軽いのに、腕が痺れてくるのは緊張からか。誰よりも緊張していたのは彼女だと言うのに。情けない話だ。僕はこのちいさないのちを彼女に返した。

……あら、もう良いの?」
「いいです。……僕に抱かれても起きないなんて、この子は肝がすわっていますね」
「お父さんだってわかってるんじゃない?」
「そうでしょうか」
「そうよ」
……僕は、いい父親になれるでしょうか」

 つい、ぽろりと本音がこぼれる。長い間彼女と寄り添ってきて、僕はずいぶんと弱くなってしまったらしい。こんなこと、言いたくはなかった。けれど、幼少の頃に愛を知らなかった僕が、父親になれるのか……そう思うと、恐ろしい気がするのだ。

「セネリオだって、後悔していないんでしょう?」
……はい」
「私と生きるって言ってくれたとき……私、すごく嬉しかった。だから、この子とも共に生きられるわ」
「前向きですね」
「あなたのおかげ」
「そうですか」

 僕は窓の方へそっと移動し、それを開ける。春のそよそよとした穏やかな甘い香りの風が部屋の中に入り込む。どことなく熱がこもっていた部屋が、ほんの少しだけ爽やかになる。僕は彼女のそばに立ち、そして──今までやっていた馬鹿なことの結果を彼女の頭の上に乗せた。蒲公英の、花冠。
 彼女が苦しんでいる間花を摘んでいたなんて、本当に僕は馬鹿だ。
 けれど、彼女は目を見開いて、僕に、それこそ花が開くような笑顔を向けた。

「作ってくれたの? すてき……やっぱり器用なのね」
「怒りませんか。あなたがお産で苦しんでいる間、僕はこんなことをしていたんです」
「怒るなんて! あっと……静かにしないとこの子が起きちゃう。セネリオ、私嬉しい。私、やっぱりあなたのことが大好き……怒ると怖くて、無愛想で、でもそんなあなたが好きなのよ」
「悪口じゃないですか」
「ふふ」

 からかわれた。と思っていたら、彼女はそっと僕の手に手で触れてくる。手の甲を優しく撫でられて、僕は思わずその手を取ってしまった。そして、その薬指に口づけた。

「ドレスもヴェールも、無いですけれど……
「あ……
「僕と、ずっと一緒にいてください。……結婚、してくれますか」

 花冠を被って、愛し子を抱く彼女は、女神のようであった。厳格なアスタルテでも無邪気なユンヌでもない、すべての生き物の親であるアスタテューヌが存在するならば、きっと、きっと彼女のような姿をしているのだろう。

「よろこんで。セネリオ」
……愛しています。ラティ」

 春の花が、風が、僕たちを祝福してくれているのは、気のせいではないと信じたかった。呪われた血の僕たちでも、生きていていいと伝えるかのように、彼女の腕の中の幼子は、幸せな夢でも見ている時の彼女のようにふわりと笑っていた。