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【狛日】お預けの果ては 続。

未機パロ

未来機関の職員寮にある、灰色を基調とし、必要最低限の家具だけが置かれた日向クンの私室。

搬入を終えた配送員たちが部屋を出ていき、扉が閉められる。室内の中央には、高耐久スチール製の太いパイプフレームや無数の補強パーツが、組み立て前の状態で所狭しと並べられていた。
その一つひとつを目にして、さすがにボク一人で組み立てるには骨が折れる代物だと理解したのだろう。
日向クンは抱えていたファイルを私室のデスクへ乱暴に置くと、ネクタイピンを外した。カチリ、と硬い音が響き、続けて窮屈そうに締められていたネクタイが緩められる。

「ったく……組み立て担当の作業車が、こっちへ来る途中で故障するなんて、どんな確率だよ。仕方ない。俺も手伝うよ」
「えっ、日向クンが……? でも、せっかく綺麗に整えた制服が汚れちゃうよ?」
「いいから、お前はそっちを持ってろ」

日向クンは制服のジャケットを脱いでデスク脇の椅子へ放り投げると、白いワイシャツの袖を、肘の上まで手際よく捲り上げた。
それから、付属の工具を収めたケースを開き、大型の六角レンチを手に取って床へ片膝をつく。
ずしりと重いスチール製のサイドフレームを、ボクが接合部の位置に合わせて支え、日向クンが一本ずつボルトを締め込んでいった。

カチ、カチ、と。
静まり返った室内に、金属同士が硬質に噛み合う音だけが響いていた。
付き合いたての恋人同士が過ごす時間としては、ひどく歪で、それでいて妙に実務的な共同作業。
『お預け』の約束を守るため、ボクは今、キミの身体には一ミリも触れていない。
しかし、指一本触れられないからこそ、薄いワイシャツ越しに浮かび上がる日向クンの逞しくしなやかな身体の輪郭が、どうしようもないほど生々しく、ボクの視界を侵食していく。

腕に力を込めるたび、背中や肩に張りついたシャツの生地が、鍛えられた筋肉の動きに合わせてぴんと引き絞られる。
緩められた襟元から覗く小麦色の肌には、作業の熱によってじわじわと汗が滲み始めていた。首筋に浮かんだ一滴がゆっくりと肌を滑り、鎖骨の窪みへ吸い込まれていく。

ハァ、ハァ、と。
少しずつ荒くなっていく日向クンの呼吸が、静まり返った密室の中へ、やけに生々しく響き始める。
……日向クン。本当に無防備だなぁ。

文句を言いながらも、キミの男らしい身体は、ボクの目の前でこれでもかと熱を放っている。
指一本触れられてもいないくせに、ボクが注ぎ続ける視線の重みだけで、形のいい耳の裏が熟れた果実のように赤く染まりきっていることに、キミ自身は気づいているのかい?
それまで一定の間隔で響いていた金属音が、不意に途切れた。

……狛枝」
「なに、日向クン?」
「さっきから、どこ見てる」

床へ片膝をついたまま、日向クンがゆっくりと顔だけをこちらへ向ける。
険しく細められた栗色の瞳が、ボクの視線を真っ直ぐに捉えていた。耳の裏から首筋にかけては、誤魔化しようもないほど真っ赤に染まっている。

「どこって……キミの手元だけど?」
「嘘つけ。手元を見る目じゃなかっただろ。さっきから人の背中だの、腕だの、首元だの……舐め回すみたいに見やがって」
「あはは、気づいていたんだ」
「気づくに決まってるだろ! お前の視線、無駄にねちっこいんだよ!」

羞恥を振り払うように声を荒らげ、日向クンは捲り上げていた袖口を、ほんのわずかに引き下げた。
今さら腕を隠したところで、汗ばんだシャツが身体へ張りついていることに変わりはない。
むしろ、自分がどんな姿でボクの目に映っているのかを意識してしまったせいで、その呼吸は先ほどよりも明らかに浅く乱れていた。

「でも、ボクは約束どおり、キミには指一本触れていないよ?」
「だからって、好き勝手に見ていいとは言ってない!」
「それじゃあ、見るのも禁止?」
「禁止だ。手元だけ見てろ」
「残念だなぁ。せっかく、こんなに綺麗なキミが目の前にいるのに」
「うるさい。次に余計なところを見たら、お前の分の作業まで全部押しつけるからな」

吐き捨てるように告げ、日向クンは逃げるようにボルトへ向き直った。
その横顔を覆う羞恥まで、完全に隠すことはできていない。
ボクはしばらくその赤く染まった耳を眺めてから、わざと穏やかな声で囁いた。

――でも、ようやくボクのことを真っ直ぐ見てくれたね」

日向クンの手が、ぴたりと止まった。
数日間、どれほど近くをすれ違っても、頑なに合わせようとしなかった視線。それをたった今、自分からボクへ向けてしまったことに、ようやく気づいたのだろう。

……お前、それが目的で」
「あはっ、何のことかな?」
…………最低だ」

低く吐き捨て、日向クンは再び六角レンチを回し始める。その耳は、先ほどよりもさらに深く、鮮やかな赤へ染まっていた。
そんなキミの可愛らしい悪態を特等席で眺めながら、ボクはとうに壊れかけた心臓をこれでもかと高鳴らせる。
そして、重いフレームを支えたまま、その指先が一つひとつ金属を締め上げていく様子を、飽きることなく見つめ続けていた。



「よし……これで、最後だな」

最後の太いボルトを力いっぱい締め終えると、日向クンは熱い息を吐き出し、床へ六角レンチを置いた。
部屋の半分近くを占拠するようにして完成したのは、以前の木製ベッドとは比較にならないほど頑丈な、漆黒のスチールフレーム。
日向クンは立ち上がると、組み上がったばかりのフレームへ両手をつき、何度か強く体重をかけた。太い補強パイプは軋みひとつ上げず、床へぴたりと固定されたまま微動だにしない。

……これなら、もう壊れないだろ」
「うん。さすが日向クンだね。完璧な出来栄えだよ」
「お前も組み立てただろ。……まあ、ここ数日は大人しくしてたみたいだし、これで家具を壊した件は終わりにしてやる。ただし、次は絶対に壊すなよ」

――次は。

日向クンが無造作に零した、その二文字。
それはつまり、このベッドが再び本来の役目を果たす機会が訪れることを、キミ自身も当然のように想定しているということだ。
おそらく、口にした本人はまだ気づいていない……しかし、その無意識な失言が持つ甘い意味は、数日間ずっと飢え続けていたボクの脳髄を、内側から焼き切るには充分すぎた。

新しい家具は、確かに届いた。それどころか、キミ自身の手によって、一分の隙もなく完璧に組み上げられた。そして今、日向クンはボクが大人しく罰を受けていたことを認め、その口で「終わり」と宣言した。
つまり、キミから言い渡された『お預け』は、たった今、すべての条件を満たしたのだ。

「はぁ……さすがに、疲れたな」

そんなボクの内側で何が弾けたのかも知らず、日向クンは捲り上げた袖で額の汗を乱暴に拭った。
そのまま膝から力を抜き、完成したばかりのスチールフレームの縁へ、どさりと無防備に腰を下ろす。
ガン、と。まだマットレスすら載せられていない硬いフレームが、日向クンの体重を受け止め、低い金属音を響かせた。

緩められたネクタイの隙間から覗く、乱れた襟元。肘まで捲り上げられた袖。作業の熱によって高まったキミの体温を吸い、逞しい胸元へ張りついた薄いワイシャツ。
荒い呼吸を繰り返しながら脚を投げ出し、背後のフレームへ片手をつくその姿が、ひどく無防備にボクの視界へ晒される。

……でも本当に、無防備なだけなのだろうか?
日向クンは、つい先ほどボクがどんな目で自分を眺めていたのか、もう充分すぎるほど理解している。そのうえで、飢え切ったボクの目の前に腰を下ろし、赤く染まった耳も、汗に濡れた身体も、隠そうとはしていない。
その瞬間。
目の前の光景へ、あの夜、ボクの下で逃げ場を失っていた日向クンの姿が、あまりにも鮮明に重なった。
白くなるほど強くベッドの縁を握りしめていた指先。
涙に濡れた瞳。途切れた呼吸。ボクの名前を呼ぶたび、熱に浮かされたように震えていた唇――
あの夜の淫らな残像が、硬いスチールの上へ腰掛けた現在のキミを呑み込み、ボクの理性を一瞬で塗り潰していく。

それだけではない。
立ち上がった拍子に動いた空気が、作業によって高まった日向クンの体温と、汗ばんだワイシャツから立ち昇る生々しい肌の匂いを、容赦なくボクの鼻腔へ運んできた。
汗と、熱と、微かに残る洗剤の香り。
紛れもなく、日向クン自身の匂い。
数日間ずっと堪え続けてきた飢餓感が、身体の奥底で弾ける寸前まで膨れ上がっていく。

……ねぇ、日向クン」
「なんだよ」
「さっき、『次は絶対に壊すな』って言ったよね?」
……それがどうした」
「次は、あるんだ?」

日向クンの肩が、目に見えて強張った。
「揚げ足を取るな。そういう意味で言ったんじゃない」
「あはは。でも、家具を壊した件は、これで終わりなんだよね?」
……ああ。家具の件はな」
「それなら、キミに触るなっていう命令も、もう終わり?」

日向クンは答えなかった。
ただ、先ほどよりも深く赤くなった顔で、真っ直ぐにボクを睨みつけている。

本当に嫌なら、ここでもう一度「触るな」と命じればいい。部屋から出ていけと、ボクを追い払えばいいのに、キミはそうしなかった。
悪態をつきながらも、視線を逸らさない。逃げようともせず、完成したばかりのベッドへ腰掛けたまま、浅く乱れた呼吸を繰り返している。

――ああ、そうか。飢えていたのは、ボクだけじゃなかったんだ。

そう理解した瞬間、胸の奥を満たしたのは、単なる欲情よりも遥かに甘く、狂おしい歓喜だった。

ボクは日向クンの前まで歩み寄り、ゆっくりと片手を伸ばした。
指先がその熱い頬へ触れる寸前で、ぴたりと動きを止める。

「ボクからは触れられないよ。キミが命令を解いてくれるまでは」
……本当に、面倒くさい奴だな。お前」

日向クンは忌々しそうに吐き捨てた。
そのまま、宙に止められたボクの手首を乱暴に掴む。
そして、自分からボクの掌を、汗に濡れた首筋へと押し当てた。

どくん、と。薄い皮膚のすぐ下で、キミの脈が激しく跳ねている。

……いちいち、そんなことまで俺に言わせるな。恋人なんだから、それくらい自分で考えろ」

低く掠れた声音は、相変わらず不機嫌そうに尖っていたが、ボクの手首を掴んだ指は緩まない。
それどころか、数日ぶりに触れた掌の感触を確かめるように、熱を帯びた首筋へ、さらに強く押しつけてくる。
拒絶する言葉と、引き寄せる身体。あまりにも日向クンらしい、意地っ張りで可愛らしい『許可』の合図。

「うん……本当に素晴らしい出来栄えだよ、日向クン。これなら、ボクがどれだけ激しくキミを貪って、その男らしい身体が壊れてしまいそうなほど組み敷いたって、今度こそ絶対に折れたりしない」
「お前……っ、やっぱり全然反省してないだろ!」

日向クンは真っ赤な顔で声を荒らげた。
けれど、ボクの手首を掴んだ指は、離そうとするように一度だけ緩んで――それでも結局、名残惜しそうにもう一度力を込めた。
その悪態が拒絶ではなく、ボクと同じだけ膨れ上がった熱を隠すための、最後の意地にすぎないことくらい。
もう、説明されなくても分かっていた。