山茶花
2026-07-13 17:34:39
4580文字
Public [シルデュ]その他のパロディ
 

寵愛ショコラティエ【279OP027】

ショコラティエシルバー×警察官デュース/溶けるような甘い話/4300字程度


 木組みの扉をひとつ開けば。噎せ返るような甘いチョコレートの香りに囲まれるのは――
 そう。ここは、chocolaterie "Cradle"(ショコラトリー・クレイドル)。
 俺がバリスタ兼ショコラティエの店主として働く、チョコレートを利用した菓子を中心として売る店だ。
 昼間はカフェスペースも併設しているが、そこも、夜間になれば酒も提供するバースペースへと変貌する。
 従業員は、俺のほかにふたり。アルバイトを募集したら入ってくれた、若くて素直な子たちだ。
「お疲れ様。今日はラストオーダーだ、ふたりとも、もう上がっていいぞ」と告げれば、「お疲れさまでした」「お先に失礼します」と口々に挨拶して、彼らは従業員用スペースから私物等を取り、帰宅していった。
 そして。ラストオーダーが過ぎて、客もだんだんと捌けていき、客席にはひとりもいなくなり。正面玄関のドアにかかるサインを『Close』へと返して、だけど鍵はまだかけずに。今日最後の一杯のため、アイツの好きな豆を準備しながら、しばらく待つ。
 そうすれば。やがて、愛しい人の姿が現れる。
「ただいま!」
「ああ。お帰り、デュース」
 ドアが開いたのを見計らって、ケーキをオーブンに入れて温め始め。それから少し時間を置いて、ケーキと同時に最高の状態で提供できるように時間を見計らい、コーヒーのドリップを始める。豆は、さっぱりしていて飲みやすい味の好きなデュースのために、アイツが前飲んで気に入っていた、エチオピア産のアラビカ種の豆を、浅煎りにしておいた。
 店内には、オーブンから漂う甘くチョコレートの焼けるような匂いと、薫り高いコーヒーの香りが二重に漂う。
 やがて出来上がったそれぞれをカウンターに座るデュースの前に差し出すと、デュースはありがとうと笑った。
「今日のこれ、なんだ?」
「ケーキの方は、フォンダンショコラ。好きだろ? コーヒーの方は、お前専用のスペシャルティだ」
 砂糖を入れてもいいぞ、とスティックシュガーを添えれば。じゃあ、と言ってデュースは砂糖を溶き、マドラーでコーヒーを混ぜ。
 ひとくち飲んで、笑った。
「うまい! コーヒーがこんなに紅茶みたいに飲めるなんて、僕、思ってなかったよ、昔」
「それは良かった」
 そうしてデュースはフォンダンショコラにもフォークを刺し込み、とろりと中から溶け出すチョコレートソースを、まわりの生地で器用に拭いながら食べていく。
「ん~……!! めちゃくちゃウマい! 仕事帰りのこれが毎日楽しみで……!!」
「ふっ、そうか。お前の憩いになっているのなら、良かった」
 今日も俺の差し出すコーヒーセットで、デュースが喜んでくれていて、とても嬉しい。そんな風に思っているのに。
 デュースは怪訝そうな顔で尋ねた。
「でも、本当にいいのか? 僕が帰って来るの、いつも閉店しちゃってる後だし……。後片づけも遅くなるだろうし、シルバーの負担とかになってないといいんだけど……。シルバーは、疲れたりしてないか?」
 俺はそんなデュースに、言う。
「ふふ。俺の恋人は、ずいぶん気遣い屋さんだな。……実はな、デュース。これは、お前と過ごすこの時間は。お前だけでなく、俺の楽しみでもあるんだ。1日の仕事が終わったあと、お前にどんな1杯と、どんなチョコレートを差し出せば喜んでくれるかと……そう、考えるのが。俺の憩いでもあり、楽しみでもある」
 そうして、デュースに向けて、ピックに刺した一粒のチョコレートを差し出す。するとデュースは、それを見て目を輝かせた。
「わ、卵からひよこが生まれてる! はは、こんなのも作れるんだ、チョコって!」
「可愛いだろ。お前が喜ぶかと思って、練習がてら試しに作ってみたんだ」
 おやつにしていいぞ、と言えば。デュースは、可愛くて食べるの勿体ないな、と言いながら。ありがとう、シルバーと笑う。
 俺は、そのひよこのチョコレートのピックを、手に持ったまま。その先についたチョコレートをデュースの口に向ける。
「ほら、あーん」
「えっ、み、店の中だろ!」
「もう閉店しているし、ふたりきりだ。いいだろ?」
 それにお前は、こういうデザインのチョコはいつまで経っても可愛くて可哀想だと言って食べてくれないからな、と言えば。デュースは観念して口を開いた。
「う、うう……。あ、あーん……!」
 デュースの口の中に、チョコレートを放り。尋ねる。
……どうだ、うまいか?」
……めちゃくちゃうまい……。甘さがしつこくなくて、舌触りが滑らかだ、と思う……。それくらいしか、分かんないけど……
「十分だ」
 そうして。デュースが仕事帰りの一杯を飲み終えているうちに、俺は店の鍵を閉め、最後の後片づけを終える。それから、俺たちはショコラトリー2階の居住空間へとふたりで帰っていくんだ。
 階段を上がりながら、ふと、昔のことを思い出す。
 ……今はこうして、昔から世話になっているマレウス様や、セベクなど。家族の息抜きになればいいと思い、このカフェ&バー併設のショコラトリーを開いて。
 それで、ショコラティエとしての自分を中心とした暮らしをしているが。デュースと付き合い始めたのも、チョコレートがきっかけだったな、と。
 学生時代、デュースが、バレンタインの日に、こう言ってくれたんだ。
 スーパーマーケットで買えるような、いわゆる市販の、ちょっとしたボール型のチョコ菓子を取り出して。
「これ期間限定でクッキー入ってるやつなんです、うまいですよ。先輩も食べますか?」と、誤魔化し交じりに渡してきた。俺は、それを一粒受け取って。
「これが今日だけの、特別なものならば良かったのにな」と呟いた。
「え?」と、デュースが聞き返した。
 その頬が、少し染まっているような気がした。だから俺は尋ねた。
「なあ、このチョコレートは、もしかして――
 ……それが。今もこうして恋人としてふたり交際を続けている、俺たちの馴れ初めだ。

 家(というか、居住空間)のリビングに入り。俺たちは簡単な夜食を取り、それぞれシャワーを浴びる。そのあとで。
 俺は、冷蔵庫に入れておいたワインを取り出した。
「少し飲まないか、デュース? ワインによく合うチョコレートもあるんだ」
「ははっ、いいよ。珍しいな」
「なんとなく、お前とまだ一緒に何かを飲んでいたい。そんな気分なんだ、今日は」
 そうして俺たちは、甘口のワインに、シンプルなミルクチョコレートをつまみに嗜む。ちょっとしょっぱいものも欲しいなとデュースが言うから、ならばこれは合うだろうかと、小さくサイコロ状にカットしたチェダーチーズを出してみたら。
「あ、めちゃくちゃウマい」
「本当だ。合うな、これ」
 意外に良い組み合わせを見つけられて、ふたり、笑いあったりした。

 そうして、俺は。とろりとほろ酔いになってきたデュースを、ぎゅうと抱きしめる。
「どうしたんだよ、シルバー?」
……好きだ、デュース」
「んー?」
 デュースはくすくす笑いながら、抱きつく俺の髪を撫で。俺のことを受け入れてくれる。それが嬉しくて、仕方ない。
「お前が、俺の作るもので……満たされてくれる、その、口元が。愛おしくて、仕方ない……
 毎日、その笑顔を。脳裏に焼き付けていて。こんな特別な時間が、一瞬で過ぎ去るのが物足りなくて。いっそ傷跡でも残してしまいたくなるが、でも、やはりお前のことが大切で、と。そんなことをボロボロと零しながらデュースへと縋るように擦りつくと。デュースは、俺をあやすように頭をぽんぽんと撫でた。
「本当に僕のこと好きだよな、シルバーは」
……ああ、好きだ。愛している」
「ん、知ってる」
……お前は、間違いなく、俺の『特別』だ。俺は、今日もお前の『特別』で、いられているか?」
 そう尋ねると。デュースは、俺に不安なのか、と問うた。
「不安、なわけではない。ただ……毎日。お前の目を、誰よりも奪うのは、俺でありたい。お前の心に、いつでも棲みついていたい。お前をたくさん癒せるのも、笑わせられるのも、俺でありたいと思うんだ」
「そっか」
 デュースは、チーズをひとつ摘まみ上げ。そして、俺に差し出す。
「ほら、あーん。さっきのお返しだよ。……これもシルバーが用意したものだけどな」
 俺がデュースの手ずから、チーズを口に入れると。うまいか、とデュースは笑った。
「ああ。……うまい。甘いワインとチョコレートの味に、チーズの塩気が新鮮だ」
「ふはっ、そうか」
 そうして、デュースは俺に『チーズ飲み込んだか?』と聞く。飲み込んだ、と答えれば。それじゃあ、とデュースは俺にキスをした。
……
 デュースの唇が触れてくるのを、そのままに受け入れる。そうして唇が離れても見つめられていれば、今度は俺からキスをした。
「ん……
 何度も、交互に。お互いへ向けて、くちづけ合う。
 唇が離れ離れになる度、また近づきたいとでも言うように。
 そうして、身体が熱くなってきて、互いの目が潤み始めた頃。
 デュースが俺の身体をぎゅっと抱きしめた。
「こんなこと、特別じゃない奴に許すって思うか? ……シルバーは間違いなく、僕の特別だよ」
 だから心配すんな、な、とデュースはささやく。俺は、そんなデュースが、恰好良くて、頼りになって、嬉しくて。俺だけのものにしたくなって。
「デュース。……明日は忙しい、か?」
 そう、尋ねれば。
「なんだよ、もっといちゃつきたいって? ふっ。仕方ねえな、いいよ!」
 でもあんまり無茶はさせないでくれよ、と言うデュースに。
 俺は、ああ、と頷いて。その場の床に、デュースを押し倒し。また、何度もキスをした。

 ――俺は、初めてチョコレートが持つ本当の甘さを知った、あの学生の頃の、バレンタインの日から。今日まで来て。
 たくさんのチョコレートを扱い、コーヒー豆を挽いて、テンパリングやドリップの方法だって、いくらでも覚えた。なんなら今はさらに夜のバー営業の強化のため、さらなるバーテンダーとしての資格も取ってみようかと勉強中だ。
 それでも。まだ、足りないと思う。親父殿を、マレウス様を、セベクを。そして、デュースを。好きな味も、食べたいものの好みも、ひとりひとり違うみんなを、ひとつの場所で癒せるようにするには……まだ、足りない。

 だけど。それが叶う日は、きっと遠くはないと、そう、信じている。

 このchocolaterie "Cradle"(ショコラトリー・クレイドル)が、皆をひととき癒す、揺りかごのような場所になることを祈り、信じて。明日もまた、店を開けるのだろう。
 きっと、閉店後に「ただいま」と元気良くドアを開ける恋人に、何を出そうかと楽しみにしながら。

 ただそれだけ。それだけのことだ。大きな丸い地球の、小さな街の角で行われる、ちっぽけな営み。
 だがそのちっぽけな営みこそが、今の俺が持つ本当の幸いなのだと。今はただ、暖かい腕の中のぬくもりに微睡む目を閉じながら、そう感じていた。

*おしまい