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聴診器

🪨+🦊、全年齢、鍵なし

ソルには心臓の音を聞く機械があるらしい。
ドクターは誰もがそれを首にかけていて、患者の胸に当てるようにして心音を聞くんだとか。

グレースの脳と心臓の動きはよく連動している。
僕にイライラしている時は少し早め、新しい食品パックを開ける時も少し早め(でも跳ね方が軽やかだ)、腸の具合が悪い時は遅くなって、眠っている時はもっと遅いけど、悪い夢が始まると骨や筋肉を突き破って出てくるんじゃないかと思うくらい早い。

僕に聴診器は不要。
身体を近付けることも、触れ合わせる必要すらない。
船内のどこにいても、彼の調子はよく聞こえる。
なんて便利なエコロケーション(ソルではこう呼ぶそうだ)。

でも本当のところは何も分からない。
君が何を思い、どう考え、どうしてそんな表情をするのか。
どんなにつぶさに心音を解析したところで、僕は心を聞くことが出来ない。

ただ、グレースと過ごして気付いたことがある。
ソル人が世界をどのように捉え、何を考えているのか。
それを色濃く反映するのは他ならぬ言語だ。
グレースの思考も感情も、その主観の全ては彼の口から発せられる言葉になって僕に降り注ぐ。
n=1だけど。
そこはまぁ、一旦置いておいて。

だからもう、心音を追いかけるのはやめた。
操縦桿を握る彼の鼓動がたとえどんなに早くなっても、彼が「大丈夫」だと言えば、僕にとっても世界は大丈夫。
主観は容易に客観的データを凌駕する。
ソル人とはそういう存在で、僕もまたそうなりつつあった。

参考文献: 西村義樹,野矢茂樹(2013)『言語学の教室』