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彌夜
2026-07-12 21:55:34
2689文字
Public
景丹
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クリア・クオリア
閲覧ありがとう御座います。こちらは例の眼鏡に滾って殴り書きした景丹🦁🍁です。至るところに粗があります。
※モブ視点、if時空(🍁が神策府で働いている)注意。捏造とか何でも許して下さる方向けです。
こんな風に二人を観察できる羅浮のモブになりたい…
さらさらと淀みなく筆が流れる。端麗かつ力強い字は、そこはかとなく見覚えがあるようなないような。惑わすように揺れる蝋燭の灯。ちろちろ火蜥蜴の舌に舐められ、影が踊る手許はさぞ見にくかろう。けれど私が仕える直属の上司は明かりを必要としない。海の底から始祖に掬い上げられた真珠の民は、龍に体を作り変えられたから夜目が利くのだろうか。
(まさかこの眼鏡に、偏光効果以外の呪いがかけられているわけでもあるまいに)
否定しきれない。
斜め後ろで控える立ち位置から、不躾とならぬ程度に観察する。すんなりした青年らしい姿に文官服と縁無しの眼鏡はとてもよく似合っていた。小顔からずり落ちぬよう蔓と結わえた紐も、如何にもひとかどの官吏じみている。だが秀でた耳が、碧水晶によく似た角が、彼を異形だと教えていた。
だが私はとうにそんなこと知っている。その上で、彼に付き従う任を拝命したのだ。
私が立つ特等席からならば、遮蔽物を介さず、よく見える海の瞳。正面では薄いレンズに遮られてしまう澄んだ碧は、書き上げた文面と指示書を確認しながらも、文字越しの誰かへ向けて、ほんのり焦がれるような濃さを帯びている。尊敬にしてはひどく切なげに。
其の横顔が好ましい。
内容に間違いがないかを確認しようと、俯く仕草に合わせて零れる黒髪。緩く纏められ、アパタイトを織り込んだ髪の一束一束を幽かな明かりが、憂いと恋しさを複雑に持て余す彼の心情ごと縁取った。
彼は賢い。けれどもこういう所が目が離せないのだ。私達の上司が彼へ伊達眼鏡を与えたのも、同じような理由だと勝手に解釈している。何故なら彼の瞳は表情や言葉よりずっと感情豊かだから。甘く熟れ、食べ頃を待つ愛情。口下手だと上手く表せぬもどかしさ。会議で遠くへ赴いている返書の相手へ想いを馳せる時、瞳に湛える海は乱反射する想いで得も言われぬ美しさを宿すのだ。
将軍が苦し紛れに眼鏡を渡したのも納得である。あれは便利なデバイスでもあるが、何よりも硝子の紗で彼の心を屈折させ、周りの目を欺き、暴かせない。彼の羅浮の役に立ちたいという願いと、周囲への配慮を両立させるには、こうするしか策士とて落としどころが見つからなかったのだろう。
お陰で私は幾つかの厄介事を抱えつつも、こうして不可侵の月を眺められるのだが。
ぼんやり斜め後ろから月見に興じていると、くるくる巻物に紐が巻きつけられてゆく。一山、二山。墨が乾いたのだ。各部署へ配達して回れば終業となる。
あと一息だ。
「お疲れ様です、先に上がってください。後は私の職分なので」
「いや。申し訳無いだろ、貴方が戻るまで明日の仕事の準備をしている」
「またそんなことを仰って
…
ワーカーホリックもほどほどに。それに。お迎えがいらっしゃってますよ」
「迎え?」
きょとん、と復唱される。
眼鏡越しでも分かるほど僅かに見開き丸くなる眼。淡く落ち窪む隈すら薄れてしまう。大人びた印象が崩れ、たちまち年相応の彼が顔を覗かせた。虚を突かれたとばかりに動きを止める手許から、資料の山を攫い、歳下の上司の後れ毛を簪に差し直す。唯の善意だ。若しくは身嗜みを整えてあげるのも部下の役目だから。ご自身で私を配置したのだから、これくらいは役得と見逃して頂きたい。
(そうでしょう?)
「お帰りなさいませ、景元将軍」
「ああ、今戻ったよ。羅浮は平穏そのもの。これも君達の勤勉さの賜物だね」
「は
…
?そんな、気配感じなかったぞ
………
」
「大分疲労を溜め込まれていますから。申し上げたはずです、働きすぎだと。ついでにプライベートでも、古書を読み漁って、夜更かしなさってましたね」
「何故暴露するんだ
…
」
「はは。では君に新たな仕事をあげよう、寝物語でも語っておくれ」
「おい職権乱用だろ」
「はいはい、ゆっくりお休みくださいませ。明日は午前休を入れておきました」
「有能な部下ばかりでありがたい」
「勝手に話を進めるな」
「いやかい?」
「
…
そんなことも、ないが」
哀切たっぷりに訴える将軍を跳ね除けられない時点で彼の負けだ。どうにも彼の前では将軍は頼り甲斐ある大人と、甘え上手な末っ子気質を使い分けているような気がする。詮索すると碌な結果にならないからしないが。私としては彼の情緒をあまり乱されても困るのだ。絆されきり、好意の境界線をうっかり踏み越えてしまったら、それはもう大変なのだから。
黙々と私が準備をする間も、銀獅子の優雅な戯れは止まらない。
彼の傍らに跪いた将軍は手を伸ばす。がっちりした指先が蔓を繋ぐ金糸へかかる。くぅ、と伸び上がる均整がとれた男の肉体。かちゃり。眼鏡を恭しく奪われ、机に置かれても彼は動かない。硝子の守りは失われた。獅子の前脚も止まらない。わざと隠させていた頬の輪郭を、目許をなぞる。雨降りの水滴がつく夜の窓がそうであるように、将軍が辿る其処から鮮やかに生気を吹き込まれ、彼という存在が現実へ象られてゆく気がした。好奇心のまま窓縁へ額をくっつけたがる子供のように、老熟した薄い唇が、鼻先が、互いを隔てる肌の境ぎりぎりまで近づく。丁度眼鏡の硝子一つ分。
力を抜いた彼の肩から羽織る黒い上着が落ちる。それすら意識の外。
吐息が先にキスするも、まだ二人の唇は触れてもいない。まるで今にも口付けせんばかりの距離で、彼等はひたすら見つめあうのだ。
私はその全てを背で感じていた。
振り向かず、書類を抱えて立ち去る。
だからその先。夜も更けた密室で彼等に何があったのかなど、何一つとて知らないのだ。
◆
配達を終えて一旦戻った書庫の中の、彼の執務室。そこにはもう誰一人いなかった。
ただぽつねんと、伊達眼鏡が置き去りにされ、燃え残る蝋の最後の光を反射しているだけだ。
「
…
いい加減、外したらケースに入れてくれませんかね
………
」
これで何回目だろうか。両手指を越えてから数えるのをやめてしまった。きっと無理だろうなぁ、と肩を竦めつつ、そっと眼鏡ケースに納めて文机の定位置へと置く。こうやって注意もせず、つい世話を焼いてしまうのが駄目なのだろう。改めるつもりがないので、問題は先送りになるばかりだ。
滑らかな表面を撫で、また明日出勤して蓋を開く彼を想像する。どうしたって将軍の気配がひたひた滴る身を、同じように将軍からの贈り物で鎧って、涼しい顔を繕うであろう様子が思い浮かぶ。それだけでまた明日も頑張れそうだ。
だから私も戸締りし、帰宅の途へついた。
眼鏡ケースは静かに、次の朝を待っている。
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