イヌノカニ
2026-07-12 08:55:59
3317文字
Public
 

不器用な攻めと、積極的な受け。前世の恋人ver

3回に1回は誘惑に負けてキスする先輩。
この設定で別パターンも考えられそう、ということで前世の恋人verと付けてみた。

しっとりした話が書きたくて、まとめてみた話。

先輩が僕と付き合うことはない。

「先輩、好きです」
「よしてくれ、もう恋愛はこりごりだ」

どうやら昔、酷い振られ方をしたらしい。
でも……

「じゃあ先輩、キスしてください」

目をつぶってしばらく待つと、唇に柔らかな感触があった。すぐに肩を掴まれて思いっきり離される。

「しまった、また誘惑に負けてしまった!」

……でも先輩は、3回に1回は誘惑に負ける。



先輩を見つけたのは、偶然だった。校舎の隅にある花壇に座り込んでいたから、最初は体調でも悪いのかと思って近付いたら、花壇の土をスコップで掘り返していた。

「何をしているんですか?」

 そう僕が声をかけると、先輩は驚いたように目を見開き、でも、すぐに顔を逸らした。そして小さな声で「花を植えている」と言う。続けて「自分は、園芸部だから」とボソッと言ったから、僕もその日のうちに入部してみた。先輩はギョッとしたように僕の方へ駆け寄ると、今度は大きな声で「手が汚れるじゃないか」と言った。

その日から、校舎の隅にある花壇の前には、土で顔を汚しながら花壇の手入れをする先輩と、その横で先輩も入るようにピッタリとくっついて日傘をさす僕が並ぶようになった。

「もう人間はこりごりだ」

入部してから一ヶ月。先輩のことがよく分かって来た。どうやら先輩は恋人どころか、友達もいないらしい。

「人は裏切るから、友達も恋人もいらない」
「友達は、風邪で休んだ時に授業のノートを貸してくれますよ。恋人は……僕が恋人になったら、先輩が風邪を引いた時は、ずっとそばにいて看病します。風邪を引いてなくても、ずっとそばにいたいです」

僕がそう言うと、先輩は顔を真っ赤にして何かを言いたそうに僕の顔を見る。今日は誘惑に負ける日かもしれない。

「先輩……

先輩の土で汚れた手に、自分の手を重ねる。「先輩」もう一度、そう呼んでみた。先輩、好きです。何度も伝えた言葉は受け入れられることはない。

「うわあああ!」

急にそう叫んで先輩は立ち上がった。どうやら今日はダメな日らしい。残念。

「俺は前世、大国の皇子だった」

脈絡もなく突然、先輩がそんなことを言い始めるから、頭がおかしくなったのかと思った。大丈夫ですか、という僕の言葉にも構わずに、そこから早口で捲し立てるように言う。
 俺は前世は皇子だった。王宮には立派な庭があって、そこを管理している庭師の子供とは歳が近く、コッソリと人目を盗んでは一緒に遊んでいた。気付いた時にはお互い惹かれ合い、彼が庭師として親に弟子入りした頃に恋仲となった。もちろん公になんか出来ない、禁断の恋だ。
 ある日、ついに自分の婚姻が決まった時、その庭師と駆け落ちをしようと約束をした。庭師の育てたような立派な花は用意出来なかったけれど、一本のバラを持って、ずっと、ずっと待っていた。しかし、いくら待っても、夜が明けても、庭師が来ることはなかった。裏切られたんだと知った。その庭師は風の噂でどこか遠くへ旅立った聞いた。俺を置いて。……もう、あんな思いはしたくない。人は裏切るものだだから、俺はもう人間と関わりを持たない。信じられるのは植物だけだ。

「先輩が例え、皇子でも、庭師だったとしても、前世の話なんですよね。もうよくないですか。そんなこと忘れて、僕と恋愛しましょうよ」

唇を突き出して、目を閉じる。早くと言う代わりに、唇の縁を人差し指で2回叩いた。先輩はまた急に叫びだし「俺を誘惑するな!この裏切り者!」と言って、道具を片付けて部室まで逃げるように消えて行った。

……裏切り者、ね。」

花壇の方を見ると、小さな芽が揺れていた。



 あんなに人とは関わりたくないって言っていたくせに、今日は隣に黒髪の人がいる。ガハハと大きな声で笑うガサツそうな男で、きっと彼と同じクラスの人なんだろう。二人は楽しそうに笑っていた。
 ずっと見ていたせいで、先輩と目が合ってしまった。僕は、声を掛けられる前に目を逸らした。

「彼は、授業でたまたまペアになったんだ」

 放課後。雑草を引き抜きながら先輩は早口で言う。まるで言い訳をしているみたいだ。

「普段から話している訳ではない。今日はたまたまペアになったから話しただけで、世間話程度のたわいのない話しかしていない。園芸部なんでしょ、あぁそうだ、今度なにか見せてよ、あぁ機会があれば。なんて永遠に果たされることのない約束をしただけで、何もない」
「約束、したんですね」
「社交辞令だ」
……先輩、彼のこと覚えてないんですか」

先輩の手がピタリと止まった。不思議そうに僕の顔を見てくる。

「俺のクラスメイトだ」
「皇子の護衛騎士だったじゃないですか。彼」

僕が前世の話をしていることに気付いたのだろう。先輩ははあと溜息を吐いた。

「変な設定を足すな。彼は私の前世には関係ない」
「ありますよ。彼です。裏切り者にさせたの。貴方にお金を渡して、僕から手を引けって、でも、貴方はお金を受け取らなかった」

声が、震える。前世のことなんて、もうどうでも良かったのに、先輩が中途半端に覚えているから、止まれなくなった。

「先輩はいつもそう。僕の言葉じゃなくて、彼の言葉を聞く。僕は皇子って立場を捨てても、庭師として泥だらけで働く貴方と一緒にいたかった。それが僕の幸せだったのに。例え、貴方が病に侵されていても、ずっとそばで、最期まで、一緒にいたかった、……裏切られたなんて思っていない!そんな風に勝手に人が恨んでるみたいに、自分が皇子だったなんて記憶を捏造してまで罪悪感を覚えているなんて馬鹿みたいです」

 先輩のネクタイを引っ張って顔近づけさせると、そのまま唇を重ねた。

「先輩は俺のこと好きですよ。じゃなきゃキスなんて何回もしないですよね。キスだけするなんて最低だな、このヘタレ野郎!もう知りません!ばあーか!」

 今度は僕が逃げるように走り出す。ムカつく。全部、ムカつく。
 僕のこと恋人にしてよ。今度こそ、一緒にいられるって思ったのに。前世から不器用なところは変わらないのに、日傘を買ってくるところ、好きな花の苗を植えてくれたこと、全部、中途半端に優しくて、腹が立つ。



翌朝。教室がざわついたと思ったら、先輩が大きな花束を持ってやって来た。あまりも注目を浴びているから、僕は先輩の手を引っ張って、あの花壇まで連れて行く。

「すまなかった。あの日のことも、これまでのことも。しっかり全て思い出した。庭師だったのは俺だ」

彼は頭を下げて言う。彼の手にしている花束は、色とりどりの花々で、綺麗だった。先輩はそこから赤いバラを一本抜き取る。

「あの日、素敵なバラをありがとう。君が大切に育てていたと、彼……君の護衛騎士から聞いた。私は金銭を受け取る代わりに、あのバラを受け取ると、王都を離れて田舎の静かな場所で短い最期の時間を過ごした。1日足りとも、君を忘れたことはなかった。君の幸せを願いながら、君を幸せにするのが自分でないことが悔しかった。君が、俺を恨んでいることも望んだ。そうじゃないと自分が許せなかったから」

 あの日、あの場所。緑が豊かな場所で、彼が手にしている花束みたいに色とりどりの花が咲き乱れていた。忘れていたはずの前世の景色が目の前に広がって行く。

「そして、今。もう一度新しい関係を始めたい。俺は君が好きだ。前世からも、今の君も。……だから、その、えぇーと、……

先輩は急に歯切れ悪く、この花束は、なんて説明をしていく。この後は何を言うか全く考えていなかったんだろう。最後まで格好つかないところも、なんだか彼らしい。

「先輩、やっとですか。……前世から、待ちくたびれました。先輩、キスしてください。……恋人としてキスを」

目をつぶって、唇を突き出す。

「これからは、何回でも誘惑に負けられるな」

先輩の言葉がおかしくて、僕は思わず笑ってしまった。そうすると先輩も思いっきり笑うから、僕らは、お互いに顔を見合わせて笑い合った。