流れザメ
2026-07-11 20:18:35
2274文字
Public ビマヨダ
 

雨季、カフェにて

現パロビマヨダ。仲良しめ。
ヨダのストッパーをしてるビマが見たかったんです。

 雨宿りに入ったカフェは、場末の店ながら中々雰囲気の良い所だった。
 しとしとと振り注ぐ雨を窓際の席で眺めいたビーマは、静かな店内に突如上がった男の悲鳴に視線を向ける。
 斜め前のボックス席で、二人の客がトランプを使ったゲームに興じていた。
 一人はビーマと共にこの店を訪れたドゥリーヨダナ。もう一人は、傍らに競馬新聞や競輪雑誌を積んでいる如何にもギャンブルが好きそうな風体をした初老の男だ。
 賭事を好む者同士なにか通じ合うものがあるのか、このカフェの常連だというその男は手慰みにトランプを弄る自分の手元をドゥリーヨダナが見ていることに気が付くと、わざわざ席を立って「兄ちゃん、暇つぶしに一勝負どうだい?」と声をかけてきた。
 自信満々に声を掛けてきたのだから、さぞや腕に覚えがあるのだろう。
 突然の雨でデートの予定を崩され、機嫌を損ね掛けていたドゥリーヨダナの気晴らしに丁度いい。
そう思って止めること無くドゥリーヨダナを送り出したビーマだったが、うめき声を上げながら頭を抱えてテーブルに突っ伏している男の姿を見て少し後悔した。
 ギャンブラーには二種類いる。
 勝負の流れを読む事に長けて計算的に勝利を掴むもの者と、後先を考えずに自分の直感を信じて賭けを行う者。
 男は後者だった。
 二人がカードゲームを始めてから三十分ほど経っているが、未だに男は一度もドゥリーヨダナに勝ていない。
 負けた方が相手に店のメニューを一品奢るとでも取り決めたのか、ドゥリーヨダナの周りにはコーヒーやらケーキやらサンドイッチやらの皿が所狭しと置かれていた。

 (兄貴といい、あの男といい、どうして賭事に向いていないヤツに限って自信満々に勝負に挑むんだ?)

 男と同じにようにギャンブル好きだが下手の横好きでもある兄ユディシュティラの事を思い出し、ビーマはため息をこぼす。
 ふと、男が顔を上げてビーマの方を見た。

『助けてくれ』

 情けなく八の字に垂れた眉の下で、今にも泣き出しそうに潤んでいる瞳がそう訴えかけてくる。
 当初のビーマの目論み通り、連勝続きのドゥリーヨダナは露骨に機嫌が良くなっていたが、あれではもはや弱い者イジメだ。
 賭けを仕掛けてきたのは男の方からなので正直助ける義理は無いのだが、自分よりも年嵩の者が素直に助けを求めてきているのにそれを無視するのはビーマとしても心苦しいものがあった。

 (仕方ない。そろそろ止めるか)

 そう思って立ち上がろうとした時、急に視界が明るくなった。
 窓の外を見れば雨雲が晴れて隙間から青空が覗いている。
 丁度雨も止んだらしい。
 ビーマは自分とドゥリーヨダナの荷物を手に取り、二人の元へと近づいた。

「おい、そろそろ行くぞ」
「待て待て、今良いところなのだ」
「良いから。早く行かねぇと映画に間に合わねぇだろ」

 粘るドゥリーヨダナの手を引き、ビーマは向かいに座る男に笑いかけた。

「付き合ってもらって悪かったな。ありがとう」
「い、いやいや!こちらこそ良い暇つぶしになった!」

 引き攣った笑みを浮かべながら男がそう返す。
 その顔にはありありと『助かった』と安堵の色が滲んでいた。
 まだ遊び足りないと言いたげなドゥリーヨダナを席から立たせ、ビーマはレジへと向かう。
 一部始終を見ていたオーナーの「お支払いはご注文なされた分だけで大丈夫ですよ」という言葉に甘え、二人分の支払いを済ませて店を後にした。
 一歩外に出ると、雨上がり特有の湿気と匂いが全身を包み込む。
 小さな水溜まりに靴を濡らしながら本来の目的地である映画館へと向かっていると、隣のドゥリーヨダナが顔を綻ばせながらこちらを見てきた。

「お前のことだから、あの男が負けて注文した分も代わりに払うのかと思っていたぞ」
「そこまで親切にはなれねぇよ。テメェがイカサマしてたなら払ったが、あれは単純にあの男が弱かっただけだろ。自業自得だ」
……ビーマお前、ユディシュティラが相手の時もそうだが、時々賭けをしている者に対して異常に厳しい時があるよな」
「何を今更。お前だって俺が賭け事嫌いな事知ってんだろ」

 取り繕うことなく素直に返せば、ドゥリーヨダナは「それは、そうだが……」と口籠る。

「嫌いな割には、わし様にはギャンブルはするなとは言わんな?」
「言ったらやめてくれんのか?」
「絶対やめんが?」
「だろ?なら言ったって仕方ねぇだろ」

 軽口を叩き合いながらも二人は足を動かし続けている。ビーマはすぐ隣で揺れるドゥリーヨダナの手をそっと握ると、驚いたようにこちらを見た彼に笑みを向けた。

「お前が俺との約束を守って他のヤツにイカサマをしない限りは、お前の趣味にとやかく言うつもりはねぇよ」
「な……っ、はぁ!?いつそんな約束をした!」
「しただろ。俺達が付き合う事になった時に。『お前がどうしてもと頭を下げるなら、他の者達を餌食にするのを止めてやってもいい』って」
「ちがっ、あれはお前が誠心誠意わし様に尽くすなら、その対価に一つぐらいお前の望みを聞いてやってもいいと物の喩えで言っただけであって……っ、そもそもさっきは相手が弱すぎてイカサマなんぞ使うまでも無かっただけだ!別にお前の為に正々堂々戦っていた訳ではない!!」

 顔を赤くしたドゥリーヨダナが腕を大きく振る。
 手を振り払おうとするその動きに抗うように、ビーマはドゥリーヨダナの手を握る指に力を込めた。 
 映画館はまだまだ先だ。