mk98LL
2026-07-10 11:03:50
10339文字
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こころが星を渡るころ

『七夕』テーマの名夏!
天の川は星の川なので、そこを織姫と彦星が渡るために天界水軍が船を出したりカササギが橋をかけたりと様々な伝承があるようですが、夏目の世界にならこのカササギは妖怪としているんじゃないかなと思う。そんな妄想と名夏ニュアンスをいい感じにこねこねしてみました。あと、会いたい人には会えるうちに会っておかないと、割と簡単に会えなくなっちゃうんだよなぁという思いと自戒も込めて。

※誹謗中傷や意見は受け付けません
※全ては作者の脳内で見た夢であり妄想です

【こころが星を渡るころ】

 
 藤原家に電話があったのは、その日の放課後であった。
 両手やカバンの中に友人達から贈られた誕生日プレゼントを持って学校から帰宅した夏目が、玄関で靴を脱いだタイミングでベルが鳴る。どことなく虫の知らせじみたものを感じて受話器を取れば、聞き慣れた年上の友人の声がした。
『やぁ夏目、ギリギリの連絡になってすまないね。やっぱり、先日話した仕事が立て込んでしまって……
 本日は七月一日。月の始まりであり、夏目の誕生日でもある。
 梅雨のせいで雨続きだった空模様も今日ばかりは回復の兆しを見せ、「夏目くんをお祝いしているみたいね」と友人の多軌に言われたのもあり、少々浮ついた気持ちもあった。けれど電話の向こうの声を聞いた途端、その気持ちはほんの少しばかり下へ傾く。けれど夏目は努めて明るく、電話の向こうで顔をしかめているであろう名取へ明るい声を送った。
「そんな、謝らないでください。忙しくて当日は難しいって事前に聞いてましたし……そもそも、電話で十分なんですから」
 夏目の誕生日は直接お祝いがしたいから、と前々から口にしていたのは名取だった。祓い屋兼人気俳優という多忙なスケジュールを何とかやりくりしようとしている彼に、夏目は手紙や電話でも十分だと返していたが、名取の意思は固かった。それが数日前から俳優スケジュールの雲行きが怪しくなり、やはり当日は難しいというのが今回の電話の内容らしい。
『この調子なら来週には会いに行けると思うから、プレゼントは手渡しさせてほしいな。本当にごめん』
「無理はしないでくださいね。その気持ちだけで嬉しいです」
『会った時に改めて言うけど、当日だからね。……夏目、誕生日おめでとう。友人として君を祝えること、とても嬉しく思うよ』
「大袈裟ですね……けど、ありがとうございます。名取さん」
 どこか気障でこちらが赤面してしまうようなことを言う人だけれど、今回は素直な嬉しさから頬が熱くなる。なんだかだんだんと気恥ずかしくなってきて、夏目はとってつけたように「来る時はまた連絡くださいね!」と言って電話を切り上げようとした。
「本当に無理はダメですよ! 名取さんとは、会おうと思えば会えるんだし」
『おや、嬉しいね。会おうと思ってくれるんだ?』
「え、あの、今のは言葉の綾というか……もう、名取さん!」
『はは、照れなくてもいいのに。それじゃ、私と会うまでくれぐれも厄介事に首を突っ込まないでいてくれよ?』
「ッ照れてませんし突っ込みません! それじゃあ!」
 チン! と少しばかり力を入れて受話器を置き、プレゼントを抱えて自室へと向かう。部屋の空気を入れ替えながら用心棒とは思えない態度で座布団の上でくつろいでいたニャンコ先生は、夏目の帰宅に寝返りを打つと、その荷物の方に気怠げだった目を輝かせた。
「来たか! 待っていたぞ貢ぎ物!」
「先生にじゃなくて俺にだよ。……けど、はい。これは田沼と多軌から先生にだよ」
 プレゼントの中から贔屓にしている和菓子屋の店名が印刷された紙袋を取り出して渡せば、ニャンコ先生はほぅ、と興味深そうにそれを受け取って中を開いた。七辻屋の様々な種類の和菓子が詰め合わせてある。一緒に取り付けられていた小さなカードは多軌が用意したのか可愛らしいもので、そこには田沼が書いたメッセージが添えられていた。
『ポン太もいつも用心棒お疲れ様。これやるから、夏目のプレゼント横取りしないでくれよ 田沼』
「ふん、生意気なガキめ! だがまぁ別で用意とは気が利くではないか、褒めてやろう」
(横取りを見越して用意されてるのは情けなくないのか……?)
 さっそく袋から取り出した饅頭をはぐはぐと勢いよく食べ出すニャンコ先生の白大福のような背中を見つめ、夏目は余計な一言を胸にしまう。ニャンコ先生が嬉しいならいいか、と自身もまた貰ったプレゼントを一つずつ確かめながら、嬉しさに頬を緩ませるのだった。
 その日の夜。滋と塔子にも好きなおかずや小さなケーキでお祝いされ、幸せいっぱいの胸は温かなまま、夏目は布団に入って眠りについた。
 七月一日は穏やかな幸せとともに過ぎ去り、そのまま二日を迎える──とはいかなかった。
 最初に聞こえたのは、窓を叩く音。ついで「もうし、もぉーし! なつめさまー!」と涙交じりの声。何事かと身を起こして電気を付ければ、時計は深夜二時過ぎを告げている。
「何なんだ……こんな夜中に」
「くわぁ~。気配は小物だ、ほっといて寝ろ」
「でもこんなに窓を叩かれちゃ、そのうち塔子さん達も……うわ、そんなガンガン叩くな! 今開けてやるから」
「まったくもー、お人好しめ! さっさと済ませるぞ」
 部屋の窓を開けると、夏の風が入り込んでふわりとカーテンを揺らす。暗い外に向かって「誰だ?」と声をかければ、窓枠の上部から部屋の中を覗き込むようにしておずおずと顔をのぞかせたのは、黒い頭と白い胸の体を持つ鳥の妖怪だった。つぶらな黒い瞳とぴこぴこと動く尾羽が可愛らしく、喋るたびに嘴がカクカクと動く様はよく出来たロボットのようだ。けれどその黒い翼は月明かりを跳ね返して金に銀に輝いており、とても美しい羽根をしていた。
「人にとってはお休みの夜分に失礼いたします……夏目様とお見受けします」
「たしかにこやつは夏目だが夜分と分かっているなら明日にしろ。あと面倒事は受け付けんからな。よし寝るぞ夏目」
「おぉ、小生意気な下僕の肉饅頭も噂通り! 夏目様、お願いがあってまいりました!」
「話を聞けこの鳥頭! だいたい下僕の肉饅頭とは誰の事だ!」
「こんなところで騒がないでくれ! お前も、とりあえず話を聞くだけだ。おれに出来ないことはしないからな」
 部屋に引き入れられ座布団に座った鳥の妖怪は、カチガと名乗った。天のとある神にこの時期だけ仕え、仲間と共に空高く舞い果たすお役目があるのだとそれはそれは尊大な態度で語るのに、ニャンコ先生がピンと耳を立てて眠そうに伏せていた身を起こした。カチガの存在に心当たりがあったらしい。
「なるほど。お前、七夕の天の川に橋を架けるカササギだな? この時期になると各地から集まって来て、一夜の橋を架けるという」
「七夕? 天の川に橋を架ける? それって、織姫と彦星の……
 まるで、人間もよく知る七夕の伝承のようだ。夏目がそう声に出すとカチガはまさにその通りです! と胸を張り、しかし次の瞬間にはしゅんと背中を丸めておろおろと視線を彷徨わせ始めた。
「実はその……今年もお呼びを受けて仲間と共に空へ向かっていたのだが、その途中で数羽群から逸れてしまった奴がいるのです。この町で迷子になっていると思うのだが、私だけでは探しきれませぬ。そこでだ夏目殿! どうかお力をお貸しいただけないだろうかッ!」
「断る。仲間の迷子探しなど自分らで何とかしろ! 付き合いきれんわ、さっさと追い出せ夏目」
 夏目の返事よりも早くニャンコ先生が却下して、もう知らんとばかりにお気に入りの座布団でくるりと丸くなる。続いてカチガから縋るように潤んだ視線を向けられた夏目はすげなく断るなど出来ず、もう少し話を聞こうと問うた。
「迷子になったのは何羽くらいいるんだ? 探し出さないと大変なのか?」
「はい。およそ十五羽ほどの新顔なのですが、皆で飛んでいるときにこの辺りで野生のカラスに襲われ大混乱になり、その時に散り散りに……
「妖怪の鳥でも野生のカラスに襲われるんだな……
「新顔は先達の我らで囲み、橋の中ほどを担うのです。このままでは、織姫様と彦星様に例年より不安定な橋をお架けすることになってしまうのです! カササギの我らの名誉のためにも、お二人のためにもどうかどうか……!」
 おんおんと泣き伏せて頼むカチガになんとか力になってやりたいという思いは湧き上がるものの、夏目はしばし悩んで、やはり出来ないと首を振った。
 相手が妖怪では町中に迷子ポスターを張ることもできないし、何より自分は一日の大半は学校にいる。話しぶりからして期限は七夕の夜まで、となれば一週間も猶予がない。軽々に引き受けることは出来なかった。
「お力を、お貸しいただけぬのですか……?」
「あぁ、悪いけど俺には難しいよ。そうだ、知り合いの妖怪達には手が空いた時に話しておくから、手伝ってくれると思う」
「そんな……あの夏目様ならと思って……来たのに……
「どんな噂を聞いたのかわからないけど、俺は人間だしやる事があるんだ、学校とか……。だから」
…………ぬと言うなら」
「えっ?」
 畳に伏して動かないカチガの声が、くぐもってボソボソと不明瞭に響く。聞き取ろうと夏目がわずかに身を乗り出したその時。
「──協力せぬというのなら……『お前が、運命の相手と一年に一度しか会えぬように呪ってやる』ーッ!!!」
「え……えぇ!?」
 がばりと伏せた身を起こしたカチガは、涙やら鼻水やらで酷い有様になった顔をキッと歪ませる。豹変したように夏目を指差して、捨て台詞を叫ぶや否や開けっ放しにされていた窓から「うわーん!」と泣きながら飛び出していった。丸まっていたニャンコ先生も目をきょとんとさせて窓から外を覗き込み、あっという間に小さくなっていく鳥の姿に呆れたようなため息をつく。
「やれやれ。またぞろ面倒なことになったようだな」
「な、何だったんだ一体。結局、迷子は大丈夫なのかな」
 窓とカーテンを閉めなおしながら布団へ戻る夏目に、ニャンコ先生はフンと鼻を鳴らして「阿呆め」と悪態をつく。深夜に叩き起こされた挙句あんな捨て台詞を吐かれた後でさすがの夏目もムッとして睨めば、猫の大妖は細い目をさらに細めて夏目を見た。
「あの捨て台詞の時から今この瞬間まで、どうにも妙な妖気をお前から感じる」
「え?」
「売り言葉に買い言葉と気を抜くなよ。あれは天のカササギ、この時期は一応神使の類だ。あぁいう連中は、簡単な言葉でも呪いを成す」


 *****

 
 ニャンコ先生の言葉を抱えてよく寝直せないまま目覚めた夏目は、少し早めに家を出た。通学路の途中で河童を見かける川辺に立ち寄れば、運良く出会うことができた。「夏目の親分!」と元気に挨拶してくる河童にカササギの件と迷子探しの事情を簡単に話して、犬の会へ伝言を託す。放課後に改めて彼らに頼みに行こうと決めて、夏目は流れていく河童の背中を見送った。
 目前に夏休み前の定期テストを控えている学校は、机に向かうクラスメイトの姿が目立つものの概ね騒がしさは普段と変わらない。みんな、テストの先に待つ夏休みの方に心が向いているらしい。
 カチガの残したものが『呪い』だとして、それがどう作用するのかと警戒していた夏目が拍子抜けするほどに、その日の学校はいつも通りあっという間に放課後を迎えた。西村や田沼達に昨日のお祝いの礼と、用事があるからと先に帰る旨を告げて足早に学校を出る。何か言いたげだった田沼と多軌には、事が落ち着いたら改めて説明しようと心に決めた。
「聞いたよぉ夏目。また面倒ごとに巻き込まれたんだってねぇ。しかもこの時期のカササギが相手だって?」
「夏目様の場合、どちらかというと首を突っ込んだんだのでは……あーいえいえ何でもございません!」
「ま、河童から事情は聞いてるよ。みんなで探したら早速もう一羽見つけて、空に飛ばしたんだよ。お礼は期待していいかい夏目ぇ?」
「お礼、オ・レ〜!」
 夏目の知り合いの妖怪達こと通称『犬の会』の溜まり場である廃神社に赴けば、そこにはヒノエや中級の妖怪達が屯していた。事が首尾よく進み出しているらしい報告に、夏目はほっとして礼を言う。ヒノエの期待するものについては想像して少々顔が引きつったが、彼らのおかげで全てがうまく済んだら、もちろんお礼はしたい。やはり酒だろうか、どうやって用意しようと考えながら日暮の家路を急ぐのだった。
 夕食と風呂を済ませた夏目は、しばし時計を眺めてからよし、と意気込んだように家の受話器を手に取りボタンに指を這わせる。メモなど見なくとも押せるようになったそれは、名取のマンションの電話番号だ。人の家に電話をかけるにはもう遅い時間だが致し方ない。突然とある妖怪が名前を返してもらいに来たり、ちょうど家の庭に例の迷子カササギが一羽迷い込んできて塔子にバレないようニャンコ先生と捕まえたりと、ドタバタとしているうちにすっかり夜が更けてしまったのだ。
 電話をかけて、向こうで呼び出し音が鳴る。数コール待つ、出ない。やはり忙しいのだろうか、そもそも寝に帰っているようなマンションなのだし、と電話を切ろうと受話器から耳を話しかけたところで「はい、名取です」と応答する声が聞こえた。常よりもだいぶ低く、苛立ちすら覗かせるようなその声は、間違いなく昨日も話した友人のものだ。
「名取さん! 遅くにすみません、夏目です。今大丈夫ですか?」
……えっ、夏目!? あ、あぁ大丈夫だよ。すまない、今帰って来たところで……うわ、着信履歴がすごいな。もしかして何度もかけてくれたのかな?』
「いえ? おれが今日かけたのは今だけで……それより名取さん、少し相談したいことが──」
 名取の言葉に首を傾げたものの、あまり気にせず夏目は本題に入ろうとした。しかし帰ってくる反応はなく、受話器から少し離れたところで名取の声が次々と聞こえてくる。「瓜姫、かまわないから追い返せ!」「柊、そっちは受け取っておいてくれ」「笹後、とりあえず祓い屋関連のものだけ分けておいてくれ」「まったく、一体何なんだ朝から……!」とやけに切羽詰まっているようだ。
「あの、名取さん? 大丈夫ですか?」
『あぁ、気にしないで。突然今朝から祓い屋も俳優も関係なく予定が詰め込まれるようになってね。季節外れの繁忙期みたいなものなんだろうけど、どうにもおかし……ッ今度は何だ? は? 野良の妖怪? 何で祓い屋の俺に助けを求めになんて来るんだ!? と、とにかく外で話だけ聞いてくれ、誰でもいい!』
 尋常でなさそうな名取の環境に、夏目はぞわりと肌が粟立ち胸がざわめくのを感じた。不可解な力が働いたかのように、次々と予定が舞い込んでいるなんて。まさかそれは──。
『本当にごめん夏目、この分だと来週も会いに行けるか怪しいんだが……君は何かあったのかい?』
「あ、あのっ名取さん。すみません、それもしかしたら俺のせいかもしれなくて!」
『君のせい? 一体どういう事だい、何が──……
 真剣味を帯びた名取の声が本題に入ろうとしたところで、突然ブツっという耳障りな音と共に、その声が途絶えた。
……名取さん? もしもし、名取さん!?」
  名取の声が突然消えて、電話の向こうからは代わりにツー、ツー、と通話が切断された音がする。慌ててもう一度掛け直してみたが、流れてくるのは『おかけになった電話番号は──』とおなじみの無機質な案内音声だけで、名取の声が再び聞こえることはなかった。
「やはり、あの捨て台詞が呪いを成就させたようだな」
 何度掛けても繋がらない電話の前で立ち尽くしている夏目の元へニャンコ先生がやってきて、経緯を聞きふむ、と短い腕を組んだ。その言葉で思い出すのは『一年に一度しか会えぬようにしてやる』とか何とか叫んでいた、カチガの声。周囲の友人達に何も変わった様子がないから、やはりただの捨て台詞だったのだろうとすっかり油断していた。まさか名取に呪いが振りかかるとは。
「先生、どうしよう。名取さん、今帰って来たところだって言ってたし先生なら」
「私は夜間タクシーではなぁーい! 落ち着け夏目、こうなったらカササギ探しの手伝いにさっさと加わった方が良いだろう。カチガとやらに従うのは癪だが、見たところ単純そうなやつだった。あやつの中で問題が解決してお前が感謝されれば、呪いも幸へと転じるだろうさ」
 ニャンコ先生の言葉に頷き、夏目は明日からさっそくカササギ探しに積極的に加わることを心に決めて布団に入った。何度か窓の外に名取の紙人形が飛んできてやしないかと夏目は夜中に身を起こしたが、特に何の気配も感じることはなく。やがてうとうととして、気付かぬうちに眠りについた。


*****


 その日から、夏目は登下校中でも空に、屋根の上に、木々の間に目を凝らし、放課後は町の至る所を駆け回ってカササギ探しに精を出した。顔見知りの妖怪には手当たり次第に声をかけて事情を説明し、協力を仰ぐのも忘れない。
 犬の会をはじめとした妖怪たちの手伝いもあって、七月三日から夏目も加わったカササギ探しは順調に進んでいった。状況は途中でカチガの耳にも入ったらしく、最初に頼み込んで来たとき以上の泣き顔で「ありがたや夏目様~」と拝まれたのは余談である。ついでにその時点で呪いを解いてくれと頼んではみたものの、カチガ自身に夏目を呪った自覚がなかったらしく、やはり無事に七夕の夜を迎えるしか解決方法がなさそうだった。
「よし、これで残るは一羽! どこにいるんだ?」
 順調に進んだカササギ探しであったが、最後の一羽を残して急な難航に見舞われた。
 一度地に足を付けたカササギは、誰かの手によって空に押し上げられなければ天に辿り着けないらしい。よって自力で勝手に天に戻っているということはなく、また降り立った場所から遠くへ移動することもしないため、この町にいるのは確実。けれど、どうにも好奇心旺盛な個体なのか逃げ足が早いのか、あちこちからの目撃証言が届くだけで捕まえたという報告は上がらない。
 たった一羽が見つからないまま時が過ぎ、ついには七月七日の放課後を迎えてしまった。
 友人たちの誘いも断って、夏目は町を駆け回る。町の郊外や山間は妖怪たちが念入りに探してくれているため、夏目は住宅街をや通学路を中心に見て回っていた。並ぶ屋根の上、橋の下、水の少ない川辺。もう何度か探した場所だが、あの胸の白い特徴的な鳥の姿は見当たらず、夏目の中にだんだんと焦りがこみあげてくる。見つからないこと以上に、ここに至るまで名取と連絡が取れていないという事実が、夏目の心をじわじわと追い詰めていた。
「名取さん……
 いつもなら、こんなことが起きたときには真っ先に相談する年上の友人。同じものが見える彼ならば、簡単に事情を説明すればきっとすぐに手伝ってくれただろう。たとえ彼自身がそうできなくても、何らかの方法で夏目の力となってくれたはず。けれど今は。
「一年に、一度しか会えない」
 そんなことになったら、どうしよう。名取さんと、もう会えなくなってしまったら。
 織姫と彦星のようだなんて、そんなロマンチックな伝説になぞらえている場合じゃない。今のままでは夏目は名取に、もしかしたら一生会えないのではないかとさえ感じていた。
 脳裏にカチガの声が響く。『お前が、運命の相手と一年に一度しか会えぬように呪ってやる』。ならば夏目にとって名取が、名取にとって夏目が、『運命の相手』だとでもいうのだろうか。けれど、もうそんなことはどうでもいい。たとえそうだったとして、この先の会えない時間を想像しただけでこんなに苦しいのなら。こんなに悲しいのなら。運命の相手なんて肩書は少しも欲しくなかった。たとえ運命の相手じゃないという証明になったとしても、それでもいい。今、会いたい。大切で、大好きな人に。
 名取に、会いたい。
 心臓が、大きな手に捕まれて搾られるように痛む。会えなくなるなんて嫌だ。胸を押さえて蹲ってしまいそうな体を叱咤して、夏目は大きく顔を上げた。
……えっ」
 再び歩き出そうとした視界に、ひらりと一瞬白いものが現れ消える。慌ててそれを追おうと周囲に視線を巡らすと、夕日の赤さえ宵の黒に飲まれつつある空から黒い点が近付いてきて、夏目から数メートル離れたところにある木の根元に降り立った。ちょこちょこと歩き回り呑気に地面をつついているのは、どう見てもあのカササギ。探し求めていた最後の一羽だ。
「いた……!!」
 これを使うと便利でございますよ、と途中でカチガから分けてもらった専用の捕縛網を投げれば、背後から忍び寄る夏目に気付き逃げようとしたカササギを何とか捕まえることが出来た。
 まだ星が目立たない空の下を待ち合わせにした廃神社で待っているはずのカチガに届ければ、カササギの長たる妖怪が自ら仲間を空に返すのをともに見送る。そして噎び泣きながら何度も何度も夏目に頭を下げて礼を言うのを、いいからさっさと行けとニャンコ先生が空に向かって放り投げんばかりに怒るのを宥めるのだった。
「夏目様~! 本当にありがとうございました!このご恩は忘れません~!」
「あぁ! 橋のお役目、頑張れよ!」
「夏目様の祈りが、今宵の空に届きますように~! お達者で~……!」
 他のカササギよりも立派なカチガの姿と声の余韻がようやく消えたとき、一陣の夏の風が夏目の体を吹き抜けた。その瞬間、それまで感じてもいなかった体に纏わりついていた何か、が過ぎ去った風にさらわれて消えたような気がした。特に変化はない体を見下ろして首を傾げていると、ニャンコ先生が鼻をひくひくとさせて夏目を見上げる。
「うん? 妙な妖気が消え失せたな。あのカチガとやらの言霊の呪いが浄化されたのだろう。今なら名取の小僧に連絡が付くかもしれんぞ」
「あ、そうだった。そういえばさっき……
 名取の名前を出されて、先ほど視界の端を掠めた白い何かを思い出す。すぐに空から降りてきた最後のカササギに気を取られてしまったが、あれは間違いなく見慣れた名取の紙人形だったはずだ。
 追いかけなければ。まだあのあたりを飛んでいるだろうか。それとも紙人形だけではなくて──。
「──あ、」
……やっと見つけた。やっぱりまた厄介事に巻き込まれていたようだね」
「名取さん……!!」
 小高い丘にある廃神社への階段を昇って姿を現したのは、最後のカササギ以上に夏目が待ちわびていた人物だった。勢いよく駆け寄ってきた夏目に名取は一瞬瞠目し、それからふっと優しく笑って帽子と伊達眼鏡を取り払う。
「急に仕事が舞い込んで私自身はおろか式たちも君への使いに出せないし、家の電話は急に壊れるし。せめて紙人形だけでもと思ったのに、ことごとく局所的な大雨に降られて飛ばせなくてね。まったく、呪われてるのかと思ったよ」
「うぅ……すみません、それ本当に呪われてたんです……
「どうやらそのようだ。まったく君は……でも、その様子じゃもう解決したのかな」
 ぱちん、と片目をつぶって器用にウインクして見せる名取は、仕事に忙殺されていたとは思えないほどにいつも通りでさすが人気俳優だと思わせる。ふと夏目は気付いた。呪いが解かれたのが先ほどなら、名取の多忙はどうなったのだろう。
「それがね、データが破損して明日朝一で撮り直す予定だったシーンが急に直ったって連絡来たり、撮影予定だったスタジオでボヤ騒ぎがあったりして……今も、祓い屋仕事の前に君の顔だけでも見れるかなって来たんだけど、さっき式紙が来て依頼自体がなくなったんだ。仲介役の不手際らしいから、報酬は半分貰えるみたいだけどね」
「うわぁ……
「それはあれだな、ご都合主義ってやつだな」
 さっそく呪いが幸に転じまくっている。いや、呪いが消えたからこそ、元通りになったというべきなのだろうか。天の力の威力にドン引きな夏目とニャンコ先生に名取もまた苦笑して、おもむろに夏目の肩を抱き寄せると「送るよ」という言葉で彼を促した。すっかり暗くなりつつある家路を歩きながら、夏目は名取に今回の事の経緯を説明し始めるのだった。
「それで、どんな呪いを吐かれたんだい?」
「え? あぁえっと……会いたい人に会いにくくなる、みたいな」
「へぇ、私に会いたいと思ってくれてたんだ?」
「そりゃ、こういうことがあったらおれがまず頼るのは、ニャンコ先生以外なら名取さんですから。……名取さん?」
「いや、突然素直になられるとこう……くるものが、ね」
 季節の時期的な問題なのか、七夕の夜が天気に恵まれた記憶は、夏目の中にあまりない。けれど今夜、二人の頭上に広がる夜空には、まるで丁寧に一つずつ吹き飛ばされたように、星を隠す雲は見当たらなかった。
 明かりのついた藤原家が見えてくる。寄っていくかと声をかけたが、今ならまだギリギリ電車があるからと名取は首を横に振った。呪いによって生まれた多忙はほぼ解消されたとはいえ、彼が忙しい日々の中に身を置いていることは変わりないのだ。
「今日は急だったから、次こそ君の誕生日をお祝いするよ。プレゼントも持ってくる」
「はい……楽しみにしてます。俺も、今だけじゃ全然話し足りません」
 今週末は、空いていますか?
 いつもなら名取が口にするような誘い文句を、今日は夏目が声に出す。名取の袖を控えめに、けれどしっかりと掴んで、次の約束が決まるまでは離すつもりもなかった。
 また今度、とそう遠くない日付を指定して再会を約束する。二人の頭上には、とある恋人達の距離を遠ざけながらも永い時をかけて見守り続ける、星の大河が煌めいていた。
 きっと今夜は、逢瀬のための橋がかかっていることだろう。
 
 
終.