紫呉葛
2026-07-08 00:56:18
7562文字
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【二次】147日後の話

煙る雨音の二次創作。ネタバレ有り。原作読了推奨。何でも許せる人向け。視点はごちゃまぜ。

白い雲を溶かしこんだ快晴の薄い青。
露を吹き飛ばした風が草を揺らす昼間。
譲は一寿に連れられて、愛犬と同伴できるカフェに来ていた。
犬好きが集まる、コーヒーと軽食が美味い隠れ家のような店。
二人が座った席は明かりを取り込む大きなガラス壁から併設のドッグランが一望でき、客の愛犬達が元気に駆け回っているのが眺められる。
「今日は俺の奢りだから、好きな物たくさん頼んでね、ゆず兄!」
「じゃあ遠慮なく頼ませてもらおうか」
ランチとケーキのセットを注文して、二人で小さな誕生日デート。
料理が届くまでの間に会話に興じるのも好ましいが、配信者という人に楽しみを提供する者の側面を持つ一寿が抜かるはずもなく。
まして、大好きな相手ともなれば、最良の喜びを提供したいというもの。
この店を選んだ最大の理由が訪れる。
「撫でても、良いのか?」
譲が珍しく声を弾ませている。
店主の愛犬で人懐っこいと評判の看板犬が傍までやってきて、撫でてくれと要求してくる。
動物を飼える環境ではなく、触れる機会の無い日々ばかりだ。
譲が膝を折り手を近付けると、その看板犬は撫でやすいようにと頭の位置を動かしてくる。
ふわりとした温かさと手触りの良い毛並み、骨の硬さが指先に伝わる。気持ちよさそうに目を瞑り、尻尾をゆったりと大きく振る看板犬に、譲もついつい表情を緩めてしまう。
席で頬杖をついて眺めている一寿も嬉しそうに微笑んで。
看板犬は犬にも人気なようで、他の客の愛犬達が集まって来る。心地良い雰囲気が伝播したのだろう、譲はすっかり囲まれてしまって身動きがとれず、しかし穏やかな笑い声を零している。
………?」
譲が周りの犬達をゆるりと眺めていると、不意に視線を感じてそちらに意識を向ける。
数歩離れた所、視線がかち合ったのは、ネームプレートがついた首輪の一匹の中型犬。
あれは、霊だ。
顔はあると分かるのに、目の形や鼻の色などの細部がぼんやりとしか認識できない。それがこの世のモノではないことを示している。
あれは触れてはいけない。
視線を逸らし、気付いていないふりをする。目の前の体温に集中する。
ごろんと横たわり腹を見せてくる看板犬に、ここまで触らせてくれるとはと驚きつつその愛想の良さに引き込まれ手を滑らせる。
たっぷり撫でて、看板犬はもう充分だと言わんばかりにゆっくりと体勢を変えてきた。指を離せば満足そうに尻尾をゆらゆらと立ち去る。
後を追って一匹また一匹と犬達も離れて行った。
こんなにも犬に触れたのは、愛犬以来だと譲の口の端に笑みが浮かんだ。

譲が席に戻る。
犬の霊はその場に残り、譲を見つめてはいるが近寄ってはこない。
いいや、あれは近寄れないのだろう。
時々ちらりと横を見ては、怯えたように震えている。
「俺の取り込んだモノを怖がっているんだよ」
怯えられる視線の先、一寿が譲の考えを声にする。
呆れも悲しみも無く、淡白に。普段の見えているモノに対して向ける態度で。
同情は無く、しかし無碍な排斥はしない、譲にはそんな一寿を頼もしくも思っている。
―――こいつがいる限り、俺は踏み外すことは無いだろう
この様子ならば不用意な接触さえしなければ問題ないようだ。
そうだ。どれだけ似ていても、触れてはならない。
「それに、今は気にするものが違うでしょ?」
料理が運ばれてきた。
「美味そうだな」
「俺ももうお腹ぺこぺこ、早速食べようよ!」
食欲を唆る料理によって、二人は本来の目的である楽しい時間に戻った。

カトラリーがさえずり、笑い声を交え、内側を満たす。
だが、二人の時を止めるのは一本のコール音。
一寿のスマホに仕事の関係者の電話番号が表示されている。
今日についてはどうしても急を要する場合のみこの番号を使うよう指定していた。つまり緊急の用件。
突っぱねたいところだが、そうもいかない。
せっかくのデートなのにー!と叫びそうな気持ちを抑え込み一寿が唸る。
「俺のことは気にするな。必要なことなんだろ?」
譲が用件を済ませて来るよう促す。
今回の二人きりの一日に対して、一寿がどれだけ楽しみしていたのかは日々の端々で感じていた。
譲としても、それだけ想われていることも祝われることも長く共に居られることも嬉しいことだ。
だが、心の引っ掛かりを抱えたままではその笑顔の眩しさも鈍ってしまうもの。
主役の言葉なら、迷いも減るだろう。
グッと堪えるように眉根を寄せて一寿が譲に目を合わせる。
「ありがとう、ゆず兄!すぐに戻ってくるから!」
そう言って、一寿は腰を上げて。
「ねぇ、ゆず兄」
前に乗り出し、変装用の帽子を客側にかざして、もう片方の手を譲の頬に添えて。
「!」
思いがけない一寿の行動に瞠目する譲。
唇が離れて、我に返って。
「こんな所で!」と嗜めるよりも先に、
「行ってくるね!」と一寿は離れていった。
気恥ずかしさだけでは、嬉しさが隠しきれなくて。
触れた柔らかさの余韻を留めるように、外へと通じる扉にその背が消えるまで見つめてしまっていた。

譲は一寿を待つ間、ゆったりとコーヒーの程よい熱さを舌に広げ、犬達のはしゃぐ様子を眺めていた。
なるべく向けられ続けている視線を意識しないようにしながら。
困った、所謂目を付けられた状態だ。
あの霊が気になってしまう。犬だから、というわけではない。
あの一瞬で、記憶が掘り返されたからだ。
昔飼っていた犬に似ている。
毛色も顔立ちも違うのに、愛犬を彷彿させる。
大切な家族だった。共に居た時間が懐かしく、失った時の悲しみがじわりと胸を焼く。
昇華できていたはずの感情は、引っ張られてしまったのか刺さった棘のような些細な痛みを伴う。
小さな鳴き声が足元から聞こえてきて、ついそちらを向いてしまった。
犬の霊が近寄ってきていた。
悪意は無さそうで、その瞳が何を抱いているのか見えてしまって、手を伸ばした。
「お待たせ!」
その空気を断ち切ったのは、一寿の声。
犬の霊は、掻き消えるように姿を消した。
寸前で止めた己の手を少し見つめ、何をしているんだと軽い自己叱責を心にしつつ、譲は顔を上げた。
「おかえり」

楽しいひと時に水を差した用件を早急に終わらせるべく、店の外に出た一寿。
ガラス越しに、ちらりと店の中にいる譲を心配する。
彼の近くには、まだあの犬の霊が居る。
人間の霊ならあれで退くが、動物の霊はどうかわからない。取り込んだ『獣』の匂いで寄ってこないと予想はしているのだが。
唇を重ねたのはマーキングのようなもの。
『一寿/俺』のモノだという主張。
―――実際俺のモノだし!
だけど、霊側は近付かなくても人間側から寄ってしまう可能性は無きにしも非ず。
「ゆず兄は犬が好きだからなぁ」
あの日の彼の愛犬に似ている。気配や波長の類が。
それに加えて譲は面倒見の良い兄のような人だ。その優しさに付け込もうと隙を窺っている奴等も零ではない。
譲が弱い人間だとは思っていない。だが彼は一般人だ。人間の常識外や弱味を狙われれば一溜まりもない。
他の誰かに盗られるのは、嫌だ。
犬の霊を見た時から妙な胸騒ぎがして落ち着かない。
一寿は軽く頭を左右に振って暗い考えを追い払う。
さっさと電話を済ませてしまおう。
そうしていつもより少し早い口調で用件を済ませた。
通話を切り、何とかなりそうだと安堵の一つ息を吐いて、中に戻ろうと扉に手をかけた。
不意に何かボソボソと呟く声が聞こえた。
一人の人影がふらふらと歩いている。
あれも霊だ。
犬の散歩コースのように同じ場所を回り続けている徘徊型。
何かを探しているような奴は幾らでもいる。賑わう場所にはよくある事だ。自ら関わる必要も無い。
人間の霊が呟く微かに聞き取れた固有名詞は、しかし何の意味を持つのか興味は無く。
―――早くゆず兄の所に戻ろう
扉をくぐり、「お待たせ」と声を掛けた。



一寿立案のデートプランによる次の店へと譲は並んで歩を進める。
アスファルトを踏む、二組の靴底、そして四本の脚。
あのカフェに居た犬の霊がついて来てしまった。
知らないフリをしていればそのうち諦めるだろう。
元の場所に戻るよう言い聞かせたい気持ちはある。
「ダメだよ、ゆず兄」
しかし、一寿の声が引き止める。
……あぁ」
わかっている。振り返ってはいけない、目を合わせてはいけない、触れてはいけない。
わかっている……あの犬は寂しがってる。
おそらく今までは見える者に出会わず、他の犬がたくさん集まる中に居たからあの場から離れなかった。
だが今回、見えてる二人に気付いてしまって、構って欲しいと着いてきているのだろう。
瞼を伏せ少し俯き気味な譲を見て、一寿が気を逸らそうと別のカフェの話題を振る。
「次のお店はコーヒーの香りが独特なんだって」
「そうか、それは楽しみだな」
無理やり話に乗って意識しないよう努める。
犬の霊は二人の背中を見ていた。

信号に差し掛かる。
歩行者側は、赤。

急に、譲の視界が影すら飲み込む霞に包まれる。
瞬きをすればその白色はすっかり晴れて。
目の前には小さな草むら、その中にお座りで待っている一匹の犬。
暖かくて、楽しかった感情が溢れる。
足が、自然と前に出る。
……!」
愛犬を撫でようと、会いたかったと。
………ぃ!」
腕を伸ばそうとして、身体が強張った。
「ゆず兄!!」
ハッと意識が覚める。
呼びかけられて、そちらを向くと、灰簾石の紫を纏った瞳が心配そうに覗き込んできていた。
信号機は、青色を明滅させている。
「どうしたの!?」
「すまない、なんだかボーっとしてしまって」
一寿の顔を、此方が現実なのだと、認識した瞬間に先ほどまで視えていたモノの方が幻だったのだと理解する。
何気なく視線を、横断歩道の白と黒の先に向ける。
対岸には、あの犬の霊が光の無い真っ黒な双眸で譲を見つめていた。
………
譲の異変の原因を視界に捉え、一寿が表情に怒りを乗せる。
ただ見ているだけなら、干渉しないようにしようと思っていた。
だが、一線を越えかけている。
このままでは、謙が彼岸に連れて行かれるかもしれない。
そんなことはさせない。
《ゆず兄は俺のものだ》
取り込んできたモノ達がドス黒いモヤとなって滲み出てしまったのだろう。
犬の霊は怯えるように震えると、霞のように姿を消した。
「行こう、ゆず兄」
普段よりも硬い声。
一寿は譲の手首を掴んで、強めに引く。
……あぁ」
重くなった足を無理やり前に出して譲もついて行く。


散歩にうってつけな公園の近くにさしかかる。
犬連れもちらほら見える。

一寿の話しを聴いている。はずなのに、思考が途切れ途切れになっている。
譲としても、ぼんやりとしてしまっている自覚はあった。
合間に何度も思い出すのは、飼い犬と過ごした光景。家族との温かい思い出。笑い合った日々。
あの犬の感情がわかる。家族を失った悲しみを。
さみしい
さみしい
ひとりはさみしい
ひんやりとした感情を思い出してしまった。
記憶が黒く滲んでいく。
笑っているはずのその人の顔が黒く抜け落ちて。
呼びかけてくれたその声が水の中のようにくぐもって。

『おれがいるよ』

寄り添ってくれたのたのは……『愛犬』だった/本当にそうか?

突き刺すようなノイズに一瞬、一人の青年の顔が映り込む。
ぞわりと背筋を悪寒が撫で上げた。濡れた服を着ているかのような重みが全身に掛かる。
踏み入れてしまった。境目に。
落ちるように引き込まれて。
譲が足掻くように手を伸ばす。
一寿が助けようと手を伸ばす。
その指先は掠って。
一寿が黒いモヤに埋め尽くされて視界から消えた。

温かい陽気が髪を撫で、爽やかな風が道に誘う、散歩にうってつけな天気。
小さな、青や黄色や黄緑の様々な色の花びらが揺れて舞う、端の見えない花畑。
犬の鳴き声がして振り向けば、そこには『愛犬』が居た。
飼い主に、遊んでくれと眼差しで訴えてくる。
尻尾を大きく振って、口角を上げて、人の顔を見ては嬉しそうに。
なんだ、お前は此処に居たのか。
寂しかったよ。

『おれがいるよ』

ずっと一緒に居ると言ってくれた
俺の大切な大切な……


「ゆず兄!!!」
彼岸と此岸の境目に譲が飲み込まれた。
手を掴むことは叶わなかったが、一寿は閉じる寸前の境目に滑り込むことができた。
重たく息苦しささえ感じる黒に近い緑の空、ぼんやりと霞む墨汁の黒の雲。
本来なら赤く燃えるような花が褪せた灰色で地を塗りつぶしている。
漂う強烈な甘い香りに噎せそうになるのを堪えつつ一寿は顔を顰めながらも周囲を見渡す。
花畑の中に一つの黒い影。
駆け寄ればやはり譲が居た。
「ゆず兄!!そっちに行っちゃダメだ!!」
譲はまるで雨の夜に項垂れるように重そうな背を向けたまま動かない。声が届いていない。
一寿は必死に走るが、距離が縮まらない。もう少しで指先が譲に触れる所まで来たのに。肩を掴んで引き留めることすら出来ない。
彼があれ以上先に進めば、彼岸に渡り二度と戻れなくなる。
助けるには、元凶となっている犬の霊を消すしかない。
譲の前でそんなことをするのは残酷だと重々承知だ。
彼が愛犬を失った時の悲しげな表情を覚えている。
それでも、やらなければ譲を守れない。
一寿が目標を睨め付ける。
取り込むための『手』を伸ばして。
………マロ」
譲が愛犬の名を零した。
躊躇ってしまった。動きを一瞬止めてしまった。
その隙を突かれて一寿の足が縫い留められる。
無数の犬の影がズボンの裾を噛んで引っ張って、さながら主人を守ろうとするように。
腕で払おうとするが、袖にも噛みつかれて。
大きな大きな犬の亡霊が、一寿を噛み砕かんと鋭い牙が並ぶ大口を開けて頭上を覆い陣取る。
だが一寿も怯まない。
………約束、したんだ」
一緒に居るって。
動きは制限されているが、力は一寿の方が上だ。
体質を利用すれば解決できる。だがそれは犬の霊に寂しさを抱えさせたまま終わらせることになる。
あの犬は悪霊でも怪異でもない、本当にただの、大好きな飼い主を求める寂しがりな犬だ。
一寿としても、そんな奴を消し飛ばしたくはない。
だけどこのままでは大切な人を失うことになる。
譲を彼岸に踏み込ませる訳にはいかない。
そんなこと、許さない。
ドス黒いモヤが一寿から巻き起こる。
紫がかった瞳が狙いを定めた捕食者のように鋭くなって。
だが、それよりも先に。

「ごめんな」

譲が、再び口を開いた。
一歩、前に足を進める。
また一歩、犬の霊の方に歩み出す。
「俺は、お前の傍には居られない」
一寿に背を向けて。
伸ばすことの阻まれている手から離れて行く。
呼びかける声から遠ざかって行く。
そうして、
譲は犬の前に片膝を着いた。
そして、微笑む。
「お前の飼い主にはなれないんだ」
犬の霊の動きが止まった。
腰を上げ振っていた尻尾が、閉じかけている大きな口が。
真っ黒な双眸が、少し寂し気に微笑む譲を真っ直ぐ見上げている。
「お前も寂しかったんだろ?俺も寂しがりやだから、わかるよ」
脳裏に駆け巡る、過去。
愛犬を失った悲しみ。家族を失った苦しさ。胸に抱えた空虚。
そして、
『おれがずっとゆず兄と一緒にいる』
そう言ってくれた少年の、約束してくれた青年の、温かく愛おしい笑顔。
「けど今は大切な人が傍に居てくれる。そっちには行けないんだ」
背筋を伸ばし、真っ向から犬と視線を合わせる譲。
犬が悪意でやっていないことは感じ取れている。
それでも一寿にしていることは許せることではない。
だからこそ、誠意を持って伝える。
この犬はずっと飼い主を想っている。それだけ良き主人の元に居たのだろう。
けどこの犬を慰める術は無い。飼い主代わりになって彼岸に渡る訳にはいかない。
言い聞かせる。伝わるはずだと直感が告げている。
犬の霊は尻尾を下げて、頭を下げて。
亡霊が霧散し一寿が解放された。
「良い子だな」
撫でる代わりに、譲は声と笑顔に目一杯の褒めを込めた。

譲を連れて行こうとする気も、一寿への警戒も、無くしたのだろう。景色が此岸の元居た場所に戻った。
それでも、犬の霊はこの場に座り込んだまま。
何とかしてやりたいが、犬の飼い主なんてわからない。成仏させようにも、人間ではないので対話は難しい。
譲と一寿が二人並んで唸る。
「飼い犬だったんだよね?付けられた名前とか分かれば良いんだけど
「名前……そうだ首輪!」
最初にネームプレートが付いてるのを見たはずだと譲がしゃがんで犬の霊の首輪を覗き込む。
辛うじて読めた文字を声に出す。
その言葉を何処かで聞いたと記憶を手繰る一寿が表情を明るくした。
徘徊していた人間の霊が呟いていたものだ。
「飼い主が見つかるかもしれない!」
二人と一匹は最初のカフェに続く道を進む。
すると、同じ経路を延々と巡り続ける霊はまたその道の上に居た。
犬の霊が人間の霊の匂いを嗅いで、気付いて、吠える。
その声が聞こえた人間が動きを止めて、振り返った。
きっと、あの飼い主は犬の名を呼び、犬は飼い主に向かって鳴いただろう。
再会した一人と一匹は、影の無い夕日の向こうに消えていった。

「よかったな」
視界をほんの少し滲ませて、譲が見送る。
まだ胸の奥が焼けるような息苦しさを残っている。
「ねぇ、ゆず兄」
一寿が譲を真っ直ぐ見つめる。
「俺がずっと一緒にいるから」
約束したでしょ?と、笑みを向けて。
引き込まれる。捕まえられる。
その不思議な感覚が、今は愛おしい。
「あぁ、ありがとな、一寿」


己の手の平を見つめる譲。
犬のふわふわとした感触が恋しくて。
それを一寿が察知する。
「だったら、俺を撫でてよ!」
「さすがにそれは
躊躇う譲の手を掴んで、自分の頭に誘導する。
その強引さに負けて、ゆっくりと頭をなでる。
ふわふわとした髪が気持ち良くて、譲としてもこの感触が好きだった。
撫でられている一寿は恥ずかしげ無しどころか、心地良さそうに嬉しそうに笑って。
つられて表情が緩んでしまった。

「一寿、俺の誕生日だから、もう一つ要求しても良いか?」
「何?何でもするよ!」
「お前と……
「もちろん!」

二人きりの時間を、手を繋いで。

日が沈み、夜の黒の中を。
ライトの白い光を頼りに、共に歩く。


「ゆず兄、誕生日おめでとう!」


エンド