cr1me1
2026-07-06 23:48:32
4797文字
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XXsick

イトビリ(?)短編 /ビリーとチーム六分街(主に🐍)in学生寮

 パエトーン兄妹に用意された部屋は学生寮だった。おかげで事情を詳しく知らないオーレリア学院の学生と、寮生活を支援するボンプとの共同生活を送らねばならない状況であることが災いして、ビリーは書類上に留まらず、確かに周囲から『家電』と認識されていた。
 といっても、地上育ちが多い学生は薄ら半信半疑で、完全に信じ切っているのは寮母として働くボンプくらいのものなのだが。
 寮母ボンプであるボンナはメイド服を纏ったお淑やかな大型ボンプで、学生寮の管理をしながら学生たちの世話をしている。そしてロスカリファという狭い世界で過ごしているからか、少なくとも新エリー都のボンプよりも純粋だ。
「ウンナ、ウンナナウンナ(ビリーさん、手伝ってくれませんか?)」
「ん? おう、いいぜ」
 四角四面とまでは言わないが、純粋さゆえに大人の言葉をあまり疑わない。散々世話を焼いてきた学生の戯言は上手く流せても、よりによって外務計策局の総務官が欺くなんて発想はないのだろう。それが口先の冗談だけでなく、書類上そうなっているのだとしたら尚更だ。そのためビリーはこうして『家電』として家事の手伝いに声を掛けられることが多かった。
 とはいえ手伝いに呼ばれるのは主に寮内の掃除だ。大型ボンプと言っても、耳まで含めたところで妹店長より小柄なボンプである。高いところの掃除は物理的に手が届かない。その点ビリーは人類基準だと大柄な部類のため、手伝うのも吝かではなかった。
 ウォールライト、額縁、窓枠、冷蔵庫にウォールシェルフ、振り子時計。
「ウンナウンナ、ウンナナウンウン(私でもあの子たちでもこうは行かないから、ビリーさんが手伝ってくださると本当に助かるわ)」
「これくらい朝飯前だぜ。家庭補助用高性能多目的設備の名にかけてな!」
 実際にそんな名称の家電があるのかどうかは知らないが、今のビリーはそのような名前で登録されているそうなので。ビリーは宣言通り、アンバー・ホールの衛生を守っている。
 ボンナを誤魔化すのは難しくないが、問題は学生たちだ。
 ごみをまとめるボンナを横目に時間を確認すれば、そろそろ学生たちの昼休憩に差し掛かろうとしていた。自炊する学生は少ないが、それでも寮に戻ってきて食べる者たちは多い。今のうちに寮の一階から退避しておくべきだろう。
「じゃあボンナ、俺様は地下の掃除してくるぜ」
「ウンナ!(ありがとう!)」
 そそくさと階段を下り、廊下を通り抜けてパントリーのドアの横の壁に背中を預ける。地下一階にはドライエリアが作られていて、柵があるとはいえ通りから覗き込もうと思えば覗ける場所だから、あからさまにサボるわけにはいかない。かといって、パントリーには食糧を求めて下りてくる学生も居るからここで時間を潰すのは悪手だ。
 学院から数人が寮に戻ってきた足音を聞いたらドライエリアの掃除を始める、というのが最近のビリーの家電として暮らすルーティーンである。
 部屋に籠ったり外出したりしてもいいが、地上との通信が制限されている環境下ではやれることも少ないし、今のところパエトーン兄妹もおかしな事件に巻き込まれている様子はない。邪兎屋の仕事がなく、インターノットで依頼を探したりアルバイトで出稼ぎしたりするわけにもいかない現状、寮の仕事の手伝いはそれなりにちょうど良い暇潰しなのだ。
 ロスカリファに来る以前なら、こういうタイミングでスターライトナイトの最新情報を探しにネットサーフィンをしたり、休日の予定を確認してライトに声を掛けたりしたものだが。
……
 ヴェリナたちがロスカリファへの渡航の準備をしている間、邪兎屋の仕事がないビリーはと言えば、静養する店長を見守り、気落ちした様子で日常業務をこなすもう一人の店長を気分転換に誘ったり、ビデオ屋の用心棒ついでに店員として働いたりしていて、兄妹を気に掛けるライトとも連絡こそ取っていたが、顔を合わせたのは結局あれが最後だ。
 ライトは出来た後輩だし、本編を見せて布教し、新作映画が出たら共に映画館に観に行き、グッズの購入列やコラボカフェにも付き合わせてきたわけだし、ビリーがロスカリファに居る間のスターライトナイトの新情報もそれとなくキャッチしていてくれたりしないだろうか。
 ――まあ、そこまで求めるのは酷だ。そもそもライトは郊外暮らしなのだし。ビリーの趣味に付き合わされることに抵抗がないというだけの男だし。
 などと思考を回していると、がちゃりと目の前のドアが開かれた。「うわッ」と声が上がる。
「こんなトコで何してんの? イカつい知能構造体があーしを出待ち?! あーしこの後ヴェリナさんと約束あるんですけど!」
「ちげーよ! ちょっと時間潰してるだけだっての!」
「ふーん、暇ってコト? 暇ならあーしの代わりにヴェリナさんのテーブルマナー講座受けてみたくなったりしない?」
「あー、ヴェリナさんと飯に行くのか。固形物食えねぇ俺が覚えてどうすんだよ……
「もちろんご飯はあーしが食べるし! ビリーのぶんのお茶までぺろりだかんね」
「あーんでもして食わせろってか? 冗談キツいぜ」
……うげぇ、そう言われると結構キツいかも。てかあーしの方から願い下げだし」
 相変わらずよく口の回る女だ。これが明らかに社会的な立場が上の相手に対してもあまり変わらないのだから、もはや感嘆の域にまで達する。治安官はそういう教育を当然されているものだと思っていたが、存外個性的な人材も受け入れているらしい。
 タダでティータイムを楽しめると思ってヴェリナの誘いに乗って以降、シーシィアは時折こうしてヴェリナと食事に行っていた。シーシィア的にはタダ飯の機会を逃したくないのだろう。この時間から出るということは昼食のはずだが、果たしてあの何かと忙しい総務官には本当に昼休憩なるものが存在するのか、甚だ疑問である。
 ぱたりと自室のドアを閉めたシーシィアは、何故かじっとビリーを見た。首を傾げてみせると、よく手入れされた艶やかな爪がびしりとビリーを指す。
「そういえばそのマフラー、無敗のチャンピオンとオソロじゃんね。最近よく触ってるけど、やっぱビリーも無敗のチャンピオンリスペクトな感じ?」
「え? ああ、いや……
 指摘され、初めてビリーは自身の指の動きを認識した。
 考え事をしながら、意図せず赤いマフラーに指を掛けていたらしい。まさに思い浮かべていた後輩の癖を真似しているかのようで、ビリーはおずおずと手を下げる。
 無敗のチャンピオンへのリスペクトも何も、初代はビリーだし、二代目のライトは後輩だ。カリュドーンの死神と初代無敗のチャンピオンの伝説を気に入っているらしいシーシィアに余計なことを言うと宥めるのが大変そうだから、ここは上手く誤魔化した方が良い。
「赤って言ったらやっぱ正義の色だからな!」
「あ~……アレね、アレ。重度のオタクだもんねぇ……あーしには恋する乙女みたいな仕草に見えたけど! ま、でもビリーと恋って縁なさそうだし~」
「ハァ? 乙女……?」
「なにそのジト目! あーしの感覚がヘンってこと?! ぼーっとしてる時に謎の雰囲気出し始めるビリーがヘンなせいじゃん!」
「は!? 謎の雰囲気ってなんだ!?」
「知らない! ってか無自覚だったワケ!?」
 信じらんない、と大きく開けた口を手で隠すシーシィアに、ビリーはがりがりと髪を掻いた。ヒートシンクの役割を持つそれが放っている熱は平常時より高い。あの頃はマフラーをこうして気に掛ける癖などなかったことを思えば、これは明らかにあの後輩の癖だ。
 機械人の記憶領域は、人類のそれと違って劣化することがない。ビリー自身がその時見聞きした通りの映像が正確に、何一つ違わずに再生できる。
 ビッグダディから貰ったそれを唯一のよすがのように扱っていた時期のライトも、ビリーが去る時に縋るように握っていた手も、ビリーが改めて巻いたマフラーに向ける視線も、全て。
 考えれば考えるほど駄目になっていく予感がして、ビリーは意識して声を張る。
「こういうコスチュームは、細かい仕草でも活かしてこそってもんだろ!」
……え、なに、恥ずかしがってんの? マジで言ってる?」
「ちげーよ普通にカッコいいだろああいう仕草! いや別にライトの仕草はまあイケメンだから許されるやつだけど、ッあ~もうヴェリナさん相手に遅刻すんぞお前!!」
「ちちちち遅刻ぅ?! ぎゃーっ絶対あの人一秒遅れでもチクチク言ってくるぅ!!」
 どたばたと階段を駆け上がっていくシーシィアは、途中で躓く足音を交えながら寮を出ていった。その音を聞き届けたビリーは、そのままずるずるとしゃがみこむ。床も壁もビデオ屋よりは厚いとはいえ、今の会話がボンナの耳に入っていないと良いのだが。
 三十秒ほど排熱に努めたところで、学院の方からチャイムの音が響いてきた。あと五分もすれば、寮の一階には学生たちが集まることだろう。
 こんなところでしゃがみこみ続けているわけにはいかない。地上から来た者が多い学生たちからは、こんな背丈の人型機械人が家電扱いをされていることも含めて、未だにおっかなびっくりといった様子で距離を置かれている。身分を偽っている関係上その方が楽ではあるが、そういう目を向けられ続けるのは居心地が悪いのだ。
 多少は家電らしく振舞った方が楽になると分かっていて、まだビリーは動けそうになかった。
……恋する乙女みたいって、なんだよ……
 あんなことを言われなければ、仮に同じ言葉を言われたとて気にしなかっただろうに。
 ――なら新しいマフラーは、せいぜいキツく結んどいてくださいよ。
 ふるりと頭を振って記憶の再生を止めれば、遠く、学院の方から学生たちのざわめきが聞こえてくる。話し声、足音、ボンプの声。一つ、二つ、寮のドアが開く音。ボンナが迎える声。
……はぁ」
 オイルを差し忘れたみたいに動かしにくい身体をどうにか立ち上がらせて、ビリーはドライエリアに出た。降り注ぐ日差しが緑を鮮やかに透かす。見上げた柵の向こう、最近のビリーの行動を知っていて覗き込んできた兄妹が手を振った。
「ビリー! お疲れ様!」
「おう、そっちこそお疲れさん!」
「僕たちは今日少し帰りが遅くなるけど、学院に居る予定だから何かあったら連絡してくれ」
「了解!」
 彼らも自炊はあまりしないタイプだから、このままどこかの店で昼食を済ませるのだろう。ビリーもひらりと手を振り返せば、兄妹たちはそのまま消えていった。物珍し気に見てくる学生たちの視線は気付かない振りをして、箒を手に取る。
 兄妹たちには違和感を持たれていなかったようだし、考え事でもしていない限りビリーは普段通りに振る舞えているのだろう。まあ、それもこれもシーシィアが二人に今日のことを零したら話は変わってくるのだが。
 シーシィアと違い、兄妹たちはビリーとライトの関係性も、赤いマフラーの由来もある程度知っている。アキラはあまり突っ込み過ぎないでくれそうな気もするが、リンはシーシィアと一緒に盛り上がる姿が想像出来た。所謂恋バナというやつだ。
 機械人相手にか、と呆れたくなるけれど、ニコに言わせれば女はそういう話がいくつになっても好きらしいので、あまりぐちぐち言っても仕方ないのだろう。
 それで彼らの気分を晴らせるなら構わないとも思うが、年長者として最初の手合わせも受け持った身ながらそういうネタで揶揄われるのは勘弁してほしくもあって、ビリーはろくに掃く気になれない地面から視線を持ち上げ、天を仰ぐ。
 どたばたと忙しないのが常であった邪兎屋の日常が、無性に恋しくて仕方なかった。